23.誤解 |
「待ってくれ、誤解だ」 「着いて来ないで!」 完全オフの休日。 天気は曇りでお出掛けにはいまいちだ。 勉強を教えると言う面目のデートにリョーマを誘い、人で溢れる街中を歩いていたら、安っぽいドラマの一場面に出くわしてしまった。 「何あれ?」 「カップルの喧嘩のようだな」 これは作り物ではなく、そこら辺に蔓延している、とある一組のカップルが織り成す修羅場なのだが、周囲の目を気にしないで繰り広げられているから、まるでどこかにカメラでも仕込んであるのではないかと疑ってしまう。 周りも足を止めて三流ドラマの一場面を見ていた。 「…あの人、恋人に誤解されるようなコトをしたんだ。何したんだろ?」 思わず口から出てしまった疑問を手塚が聞き逃さなかった。 つい先日、昼休みの貴重な2人きりの時間を『告白』という手塚にとっては最も鬱陶しい出来事に阻まれてしまった。 屋上へと続く階段を上がっている最中、隣のクラスの女子から呼び掛けられた。 そのうちリョーマが来るので、無駄な時間を取られる事に苛立ち、手塚は相手には知られないように心の中で舌打ちをしていた。 『あのね、私…』 簡単な自己紹介の後で女生徒にとってはメインイベントだろう愛の告白が始まり、その数分後、リョーマが階段を上がって来たのは知っていた。 あまりにもリョーマが好き過ぎて、気配だけでわかってしまう。 そんな自分に失笑してしまいようになったが、ここで変に笑うのは女生徒に対する侮辱かもしれないと必死に堪えて聞いていた。 だから途中まで聞いていたのも知っている。 既にリョーマという最愛の恋人がいるから、女生徒にはしっかりと断り、リョーマに聞こえるように名前を言わないで愛の言葉を口にした。 しかしリョーマはこの件について何も言わなかった。 言い出し難いから言わないのか、言っても仕方がないから言わないのか。 それはリョーマにしかわからないので、手塚も何も言わず普段通りの2人の時間を過ごす事に集中した。 すうすうと膝の上で寝ているリョーマの髪を撫でて一時の幸福に浸っていたのだが、実はあれも一種の誤解を与えてしまったのではないか? 「リョーマ」 「やっぱり、携帯のメールとかかな?でもさ、恋人を疑うなんて最低だよね」 手塚の呼び掛けが聞こえなかったのか、リョーマは眉をひそめてカップルの姿を追い掛けていた。 それは怒って歩いている彼女を追い掛ける彼氏に対しての同情なのか。 それとも自分自身に言い聞かせているのか。 「リョーマは俺を疑ったりするのか?」 「へ?何か疑われそうなコトした」 「いや、俺は誠実に真剣にお前だけを想っている」 「…ちょっと、恥ずかしいんですけど」 周囲の誰もいないから聞かれてはいない。 その辺は安心できる。 しかし、いきなり言われると心の準備が出来ていないから照れてしまう。 頬を朱色を染めるリョーマは、手でパタパタと顔に風を送っていた。 そんな可愛らしい仕草に、手塚は瞬きを惜しみながら見てしまう。 「この前、お前は遅れて来たと言っていたが、聞いていたんだろう?」 「…あ、気が付いてたんだ」 一体何を言い出したのか。 リョーマは小首を傾げたが、瞬時に思い当たる事件が頭を過り、頭から消したはずの光景が一気に浮かび上がった。 大好きな恋人が知らない相手に告白されている場面。 悲痛な表情はほんの一瞬で、すぐに何時ものリョーマに戻る。 「あの人、何か怒ってたような気がするけど、何を言ったの」 階段を下りて来た女生徒は手塚と同学年だった。 リョーマの横を通り過ぎるその顔には怒りの感情が出ていた。 「相手が誰なのか訊いて来るから、君に教える必要はないと言っておいた。それだけ納得してくれれば良かったのだが、しつこく詰め寄って来るから、いい加減にしてくれと言ってしまった」 ちょっと本気が入ってしまったに違いない。 たった1人に恋する乙女を演じていた女生徒はその態度に憤慨し、その場を去った。 「…思い通りにならなかったから怒ってたんだ」 手塚は有耶無耶な態度はしない。 それは誰に対してもだ。 決して相手に誤解を与えないように、はっきりと拒絶する。 素晴らしい決断だが、それは相手にしてみれば別の感情を与えるキツイ言葉にも聞こえる。 「お前には誤解を与えてしまったのか?」 「ううん、全然」 告白されている瞬間は、不味い場面に鉢合わせしたとドキドキした。 恋人がいると言っている時は、名前を出すのでないかとヒヤヒヤした。 だけど、2人きりになればそんな感情はすっかり気配を消した。 「誤解する暇なんて俺にはないよ」 手塚がリョーマに対する大きな愛情によって、誤解する時間なんて与えてくれない。 誤解の『誤』の字さえも、リョーマには無縁の文字だ。 きっとこれから先もそんな場面に出くわすかもしれない。 手塚の気持ちが薄れてきたとしたら、リョーマは初めて誤解するかもしれないが、今は無用の言葉。 「それに、俺は…国光を信じているから」 好きになったのは同時だった。 先に告白したのは確かに手塚だったが、手塚が言わなかったらリョーマが告白していただけの事。 想いは常に平行線だけど、その線は上昇を続けている。 「リョーマ」 思いの丈を込めて抱き締めたい衝動に駆られながらも、それは2人きりになった時にのみ実行する愛情の行為で、今はそのタイミングではない。 カップルの修羅場はまだ続いていたが、手塚とリョーマは折角の休日を楽しむ為にその場から離れた。 |
誤解していない。