22.しらんぷり |
困った。 何でこんな場面に出くわしたんだろう。 昼休みは屋上で一緒にお弁当を食べようと約束した。 チャイムが鳴って、皆が動く出すと同時に弁当の包みを持って教室を出たリョーマは、手塚との約束の場所である屋上へと急いだ。 屋上は滅多に生徒が来ないから、2人が会うには丁度良い場所。 しかも今日は天気もいいから、最高な昼休みになりそうだと、ちょっと浮かれ気分で屋上へと続く階段を上がっていると、途中で人の声が聞こえた。 珍しいなと思う。 学校の中は休み場所がたくさんあり、ちょっと薄暗い階段で立ち話なんて好まない。 何やら事件かと思ったが、どうやら話しているのは女子のようで、横を通り過ぎても平気なのか確かめる為にこっそりと覗き込んでみると、そこにいたのは声の通り女生徒だけど、話している相手の制服は男子の学生服だ。 リョーマがいる位置からでは顔までは見えないけど、雰囲気から何となく告白のような気がして、その場に立ちつくしてしまう。 「…私と付き合って欲しいの」 やっぱり告白だ。 そう思い、邪魔をしては悪いから少しの間だけ下りて待っていようと足を動かそうとしたが、告白された側が声を出した瞬間、リョーマは息を飲んだ。 「悪いが君の気持ちには応えられない」 その声はリョーマには聞き覚えのあり過ぎる人、手塚国光の声だった。 おそらくは屋上へ行こうとしていたところを呼び止められて告白されたのだろう。 なんというバッド・タイミングだ。 恋人の告白の場に居合わせてしまい、リョーマは困惑していた。 逃げたくても気になって逃げられない。 手塚はリョーマと恋人関係にあるが、それは秘めた関係だから誰も知らない。 恋人がいると言えば、追求される。 手塚なら追求されても上手く誤魔化すだろうけど、何と答えるのか気になってしまう。 「…だって手塚君は誰とも付き合っていないんでしょう?」 ついさっきフラれたはずの女生徒は、自分がフラれるのがどうにも納得できないらしく、手塚に恋人の有無を確かめて来た。 女生徒としては『付き合っている相手はいない』と返って来るのを期待しているのだろう。 そう言われたら『軽い気持ちで試しに付き合ってみない?』と言って、恋人の座を戴こうという魂胆が見え見えだ。 「誰の情報か知らないが、俺には恋人がいる」 「えっ?うそっ、手塚君、誰かと付き合っているの?付き合ってって言われたの?」 本気で驚いている女生徒の声にリョーマはビクリと肩を揺らした。 まさか名前を言うんじゃないだろうかとドキドキしている。 「俺から告白をした」 「手塚君が…告白を…」 まさかの発言にショックを受けているような声。 「ああ、この世で最も愛する相手だ」 はっきりと女生徒に向かって付き合っている相手を愛していると言った手塚に、リョーマは顔を赤らめる。 手塚と付き合っているのはリョーマだ。 だから手塚の『最も愛する相手』はリョーマしかいない。 そろそろ女生徒は階段を下りてくるだろう。 このままここにいると手塚に聞いていた事がバレてしまう。 別に悪気があって聞いていたわけじゃないけど、何となく良い気分ではないはずだ。 ついでに火照った頬も冷ましたいと、リョーマは一先ず階段を下りた。 音を立てずにゆっくりと下りて、2人の声が全く聞こえなくなってからホッと息を吐いた。 それから数分後、階段の前を歩いている振りをしているリョーマの横を、手塚に告白した女生徒はちょっと不機嫌そうに通り過ぎて行った。 たった数分間に何が起きたのか。 リョーマは急いで階段を上がれば、手塚は既にそこにはいなかった。 階段を下りて来たのは女生徒だけだから、屋上に居るはずだ。 一つ飛ばしで階段を駆け上がり、屋上へ続く重たい扉を押し開ける。 途端に広がるのは青。 まるで空に浮かんでいるような錯覚を覚えながら屋上の床を歩いた。 「今日は遅かったな」 少し離れ場所でフェンスに凭れかかるように座っていた手塚。 リョーマを視界に入れた手塚の顔は、何事もなかったかのように晴れ晴れとしている。 「…ちょっと先生に呼ばれちゃって」 本当は何分も前に来ていたけど、ここは嘘を吐いてみた。 嘘に引っ掛かるようなタイプではない手塚も、恋人の言葉には疑いを覚えないのか、やんわりと笑みを浮かべていた。 「そうだったのか。休み時間がなくなってしまうから早く食べよう」 「うん」 隣に座って弁当を広げる。 2人の弁当は中学生にしては渋いカラーのおかずが詰まっていた。 菊丸辺りが見たら、「わっ、年寄りチックな弁当だにゃ」とでも言いそうだが、手塚もリョーマも好きだから気にしない。 「今日はいい天気だな」 「そうだね、眠たくなりそう」 「授業中に居眠りするなよ」 「…どうだろ?」 「…食べたら少し眠るがいい」 お喋りをしながら昼ご飯を食べた後、リョーマは手塚に誘われるまま膝を借りて昼寝を始めた。 告白については何も言って来ない。 リョーマもあえて何も言わない。 手塚があの女生徒に何を言ったのか本当は知りたいけど、ここはしらんぷりを決め込んだ。 「…リョーマ、好きだ」 うとうとしているリョーマの頭を撫でている手塚は、静かにそう呟いた。 手塚があの女生徒に何を言ったのかなんて気にする必要はなかったんだと、リョーマは先程の光景を頭の中から完全に消去するかのように眠ってしまった。 |
知りたいけどここはしらんぷりで。