20.大失敗 |
「言い訳は聞かない」 「…はい」 とある日、リョーマは部活に遅刻をした。 しかも、授業中には居眠りをして、昼休み時間に職員室に呼ばれた。 遅刻したから昼休みは約束していなかったので、その光景を目撃した手塚は、授業終了後の練習の後で、手塚はリョーマを部長らしく説教を始めた。 「来週には試合もあるのだぞ。それなのにレギュラーのお前がこのような怠慢な行動を取るなど言語道断だ」 遅刻と居眠りの罰は、グラウンドを走らせる事だった。 走り終わる頃には練習も終わっていて、部室の中は手塚とリョーマの2人だけ。 恋人として優しくしたいのだが、ここは厳しくしないと意味がない。 リョーマは俯いた状態で手塚の話を聞いている。 反省しているのか、右から左に聞き流しているのかはわからないが、兎に角リョーマは大人しくしている。 初めに『言い訳は聞かない』と宣言したからか、リョーマが手塚に反論する事は初めから終わりまでなかった。 説教が始まって十分ほどが過ぎた頃、部室の扉をノックする音が響いた。 忘れ物でもした部員が戻って来たのかと手塚が扉を開けてみれば、そこには顧問の竜崎と身なりの良い初老の女性が立っていた。 「竜崎先生、何か?」 初めて見る顔に手塚は困惑気味だった。 「ああ、リョーマに用があってね」 と、その初老の女性と部室の中に入って来るが、その女性はリョーマの姿を見るなり深々と頭を下げてきて、リョーマは安堵した表情で笑っていた。 一体何が起きているか不思議でならない手塚は、竜崎へと視線を向ける。 「…昨晩、リョーマが助けたんだと」 それだけでは説明不足で手塚は更に混乱してしまう。 「この子が倒れた私を見つけてくれなかったら、今はこの世にいなかったかもしれませんね」 にこやかにゾッとするような言葉を口にする女性は、自分の身に起こったで出来事を話し始めた。 「では、越前があなたを見つけ、病院に付き添ったという訳ですね」 「同居している娘夫婦は海外旅行に行っていてね。他に誰もいないと伝えたら、この子がずっと側にいてくれて本当に有り難かったわ」 ちらりとリョーマを見れば、視線を逸らしながら遭遇した出来事を話す。 練習が足りなくてランニングをしていたリョーマは、散歩中に持病の発作が起きて倒れていた女性を発見したのだった。 周囲には自分以外に誰もおらず、あまりにも苦しんでいたので救急車を呼んだのはいいが、見つけてしまった以上、救急車に乗せてさようならも出来ず、到着した救急車に一緒に乗り込んで処置が済むまで病院にいた。 赤の他人だと説明して帰ろうかと思ったが、どうしても気になるし、もしもこれが自分の大切な人だったらと考えると変えられず、処置室の外で待っていた。 茜色だった空が月と星の輝きだけの暗闇になるまで。 発見が早かった事と、適切な処置で何とか回復した女性は医師から自宅に戻っても良いと言われ、待っていたリョーマに何度も礼を言い、タクシーに乗せてリョーマの自宅に向かった。 途中でリョーマから連絡をもらって居間で待ち構えていた両親と菜々子に説明をして、後日礼をすると言い残して帰ったが、既に時間は午前2時を過ぎていた。 先に菜々子は寝てしまったが、またそれから両親とリョーマとで話をしていたから、リョーマがベッドに入ったのは午前3時を過ぎていた。 朝練がある日は午前6時に起きなければいけないが、流石に3時に寝て6時に起きるのは難しく、何とか身体を起こしたが部活には遅刻してしまった。 保健室で仮眠でもすれば良かったが、授業自体をサボるのは何となく避けたい。 しかし、授業中はどうしても眠気に勝てずに何度も居眠りをしてしまった。 担任は母親から理由を聞いていたようで、リョーマを呼び出して「辛いのなら今日は帰ってもいい」と労いの言葉を掛けられていたのだが、手塚は遅刻に加え居眠りをした部分だけを耳にしてしまったようで説教を受けていた。 「ここに通っていると教えて頂いたので学校にもお礼を言いたくて訪ねてしまったの」 にこやかに笑う女性は、素晴らしい教育をしている学校側にも礼を言おうと青学にやってきて、校長と話をしてからリョーマが所属しているテニス部の顧問である竜崎にも声を掛けた。 リョーマが遅刻をして授業中に居眠りをしていると知っている手塚がまだ部誌を届けていないので、まだ部室に残っているだろうと竜崎は女性を連れて部室に来たのだった。 「…なぜ、もっと早くに言わなかったんだ」 竜崎と女性が出て行った部室の中で、手塚は溜息を吐いてリョーマと向き合う。 人助けをしての遅刻なら罰を与える必要などない。 「だって、遅刻と居眠りは本当だし…どうせ言っても信じてくれないと思ったから」 あまりにも真実味がない出来事を誰が信じてくれるのか。 リョーマは手塚にさえも真実を言えずにいた。 「お前の嘘など、すぐにわかる」 「…それに、言い訳がましいし」 「時と場合によるだろう」 今回の場合は言い訳なんて言葉で片付けられない。 命にかかわる人助けをしたのだから、遅刻だって居眠りだって見逃しても良いほどだ。 というか、今回の場合はリョーマに非はなく、むしろ説教をしてしまった自分が恥ずかしいと、手塚はリョーマに頭を下げた。 「え、何で?」 驚いて手塚に頭を上げさせる。 「申し訳なかった」 リョーマの性格を知っていたから、人助けをしても誰にも言わないに違いない。 菊丸辺りなら武勇伝のように鼻高々と周りに話すだろうが、リョーマは違う。 「国光…」 「どうして俺に話してくれなかったのだ」 連絡を入れてくれれば、何とか出来たかもしれない。 「だって国光の事だから、俺を帰らせてあの人に付き添っていたでしょ。全然関係ないのにそんな事させられないよ」 手塚の性格を知っていたからこそ、リョーマは手塚に相談すらできなかった。 大好きな人だから心配なんて掛けられない。 「次にこのような状態に陥ったら、迷わずに俺に相談するんだぞ」 「…次なんてあったら困るよ。眠いし、国光には怒られるし、人助けは悪くないけど俺としては最悪だよ」 それだけを言うと、向き合っている手塚の胸に頭を預ける。 「リョーマ?」 完全に俯いているので表情は見えない。 「俺、すっごく怒られ損な気がする」 「…そうだな」 本来なら怒るどころか褒めなければならないのだ。 「だから、慰めてください」 見下ろしたリョーマの耳は真っ赤になっていた。 手塚はそんなリョーマが可愛いと、ギュッと抱きしめていた。 帰る途中、買い食いをあまり感心しない手塚だったが、珍しリョーマを誘ってくファストフードに寄っていた。 |
リョーマの失敗は手塚に相談しなかった事。
手塚の失敗は真実を知らずにリョーマを叱ってしまった事。