19.お散歩



デートの約束をした。

手塚への告白事件の後、リョーマのささくれていた心は落ち着いたはずだったのに、ふと思い出して胃の辺りがムカムカとしてしまうと手塚に話したのが切っ掛けだった。
約束を言い出したのは手塚だった。
自分の心は四方八方に向かわず、一直線にリョーマの元に向かっているのだから、恋人が不安に感じているこの現状を打破したい。
それにはどうすべきか。
「今週土曜日の午後は空いているか」
「練習の後だよね…暇だけど」
「デートしないか」
まずは離れている時間を減らす事から始めようと、土曜日の練習の後でデートをしようと言い出した。
即答出来ないリョーマに、手塚はほんの少しだけ眉をしかめる。
「用が入っているのか?」
「ううん、大丈夫。嬉しくて…」
照れたように笑うリョーマに、手塚も頬を緩めた。
毎日のように昼食時と部活に顔を合わせているのに、デートとなると長い時間一緒にいられる。
週末が来るのがとても楽しみになっていた。

「何だ?何かご機嫌だな、越前」
「別に…」
嬉しい気持ちはテニスにも出ていて、練習相手の桃城から問われたが『デートする』からなんて口が裂けても言えない。
それにそんな事を口走れば、相手が誰なのか追及されるに決まっている。
手塚との交際はまだ秘密だ。
何と言っても、この日本で同性間の恋愛はまだ禁忌的なものがある。
しかも手塚が相手なんて言えば、部活にも支障が出る。
誰にも言えないのはちょっと悔しいと思う時もあるけど、いつかはこの関係を皆に話す日が来るだろう。
その時、どんな反応をするのかは楽しみであり、それでいて怖い。
「おーい、次行くぞー」
「ういース」
ぐるぐると様々な感情が駆け巡るが、表情にもプレイにも一切出さずに、リョーマは桃城との練習を続けていた。

こうして迎えた土曜日。
天気はまずまず。
練習はいつもと変わらず全員参加で滞りなく終わった。
ただ、手塚とリョーマだけはどことなくソワソワしていたが、普段の様子と全く変化がなかったので誰も気が付かなかった。
練習が終わったのは丁度12時だった。
このまま行動を共にするのは気が引けたので、着替えて家に帰る。
待ち合わせの時間は14時。
待ち合わせの場所は駅前。
昼食はそれぞれ食べてくる事にした。

先に駅前に到着したのはリョーマだった。
自分で珍しいと思ってしまったが、待ち時間までまだ30分もある。
早く会いたいから早く来たけど、相手が時間通りに来るとしたら意味のない行動となるが、リョーマが駅前に到着して数分後に手塚は現れた。
「…早いな」
「そっちこそ」
待ち合わせの時間までまだ25分もある。
お互いに気持は同じだったのだ。
2人は顔を見合せてクスッと笑った。
「デートってどこに行く?」
「…実は考えていないのだが、どこか行きたいところはあるか」
「一緒にいられるならどこでもいい」
「そうか」
デートに誘ったはいいが、行き先は全くの白紙だった。
朝からなら色々と行き先を考えられるが、時間も限られているので下手に遠くに行けず、映画にしても観たい作品がなければ行っても仕方がない。
買い物も特にない。
テニスは頭になったのでラケットを持っていない。
「…じゃあさ、歩こうよ」
悩む手塚にリョーマは提案する。
「散歩か?」
「そ、それであの公園に行こうよ」
行き先が決まらないのなら、のんびりと過ごすのも悪くない。
ベンチに座ってお喋りも悪くない。
歩き始めた2人は公園がある方向へと歩き出す。
恋人同士でも自然体の2人だから、歩いていても誰も気にしない。
男女のように手を繋いだり腕を組んだりできないのが悔しいところだが、周囲の目というのは突然攻撃を仕掛けてくるので、下手な動きは出来ない。
「またあのアイスを食べるのか」
「どうしよっかな〜」
テクテクと歩く。
ただ歩いているだけ。
それだけで嬉しくなるのはどうしてだろう。
不意に手塚の顔を見上げてみれば、手塚も口元に笑みを作っていた。

ああ、同じ気持ちなんだ。

手を繋がなくても、腕を組まなくても、心はしっかりと繋がっている。
だからこんな散歩でも、2人にとっては楽しいデート。

公園の中は相変わらずで、2人が座るベンチはまるで指定席のように誰も座っていなかった。
リョーマはやっぱりアイスを買い、手塚は自販機でペットボトルのお茶を買った。
ベンチに座って休憩。
「歩いたからアイスが美味しい」
ヘラで掬ってバラのような形になっているアイスはソフトクリームと違うから、一枚ずつ口の中に入れて溶かしていくと、冷たさと甘さが口の中に広がる。
幸せそうなリョーマの様子に、手塚はペットボトルのキャップを捻った。
3分の2ほどを一気に喉に流して一息吐いてみれば、リョーマはニコニコと笑っていた。
「どうした?」
「ううん、デートって楽しいね」
「そうだな」
散歩して休憩するのがデートと言えるのかわからないが、リョーマが喜んでいるのならそれでいい。
「今日さ、練習中もずっと嬉しくて、何か練習に身が入らなかったんだ」
「お前もか」
「まさか、国光も?」
「どうしても気になって、ついつい視線でお前を追い掛けていた」

本当に同じ気持ちだった。

公園で暫く休憩がてらお喋りをして、2人は駅前に戻る。
日曜日の明日も練習はあるから、夜まで一緒にはいられない。
赤みが差してきた西空に、そろそろタイムリミットが近づいて来たのだと知らさせる。
「明日の練習はちゃんとするから」
「俺も明日は部長らしく振る舞う」
まるでお互いに誓うように宣言してから、少しの間だけ見つめ合っていた。

帰る前に偶然を装いながらちょっとだけ手を触れ合わせる。
その温もりだけで今は充分な幸福感を味わえた。




久しぶり過ぎて、どんな2人だったか忘れていた。