18.嫉妬



「…気にしちゃいけないってわかってるけど」

昼休み、昼食を一緒に食べると約束していたが、暫く待っても手塚はやって来なかった。
「何か用でも入ったのかな?」程度にしか考えておらず、これではただ時間が過ぎていくだけなので先に食べてしまった。
食べ終えてからも手塚が来るのを待っていたが、屋上の扉が開く気配は無く、リョーマは空になった弁当箱を持って校内に戻って行った。
階段を降りていると、誰かが喋っている声が聞こえてきた。
声の主は女生徒のもので、誰に対してお願いをしているようだった。
嫌な時に降りて来ちゃったな、とこっそり覗き込んでみれば、そこにいたのはリョーマが待っていた手塚と、おそらく上級生と思われる女生徒の姿だった。
横顔しか見えなかったが、可愛いと言うより綺麗な顔付きだった。
手塚の手には弁当箱がある。
きっと屋上へ向かっている最中に、この女生徒に呼び止められたのだろう。
「だって、付き合ってみないとわからないでしょう」
「そちらの言い分だけを聞き入れる事はできない。それに先ほどから何度も言っている」
「だから、試しにデートくらいしてくれてもいいじゃない。あの子はとても良い子よ」
言い争いのようにも聞こえる内容は『告白』だろう。
しかも、女生徒は誰かの告白を代弁しているだけのようで、只管にその友人の良い所をアピールしている。
リョーマは降りる事も、屋上に戻ることも出来ずに、その場に座り込んでしまった。
これでは2人の会話を盗み聞きしている状態。
どうしようと、悩む。
「手塚君だって彼女の1人くらい欲しいでしょ?」
女生徒の声にビクっと肩が揺れる。
男同士で付き合っている2人にとって『彼女』なんて存在は有り得ないもの。
何を言うのか気になるところだが、リョーマはこれ以上聞いていられないと、足音を立てずに階段を上がり、ゆっくりと扉を開けて屋上へ戻って行った。


昼休みは長い。
屋上からグラウンドを見下ろしてみれば、学生服姿で楽しそうにサッカーをしている男子生徒の姿が見える。
ガシャンと音を立ててフェンスに凭れて空を見上げる。
「…彼女か」
芽生えた恋心を消し去る事は出来なかった。
だが、手塚もリョーマと同じ感情を持ち、こうして恋人としての関係を続けている。
キスは何回もしたが、やっぱり照れ臭い。
だけど、嫌じゃない。
ふわふわとした良い気分になれるから。
「…国光はどうしたのかな?」
はぁ、と短い溜息を吐く。
「手塚君だって彼女の1人くらい欲しいでしょ…だってさ」
あの場で女生徒が喋っていた言葉を反芻する。
手塚国光と言う人物は女子からも男子からも人気があり、教師の信頼も厚い。
部活動では部長職に就き、学校内では生徒会長の職に就いている。
付き合いたいって思う女生徒の気持ちはわかる。
わかるけど…。
「何か、ムカつくんだよね」
初めは落ち込んでいたのに、今では苛々とした気分になってきていた。
確かに『彼女』ではないが、しっかり付き合っているんだから、「付き合っている相手がいる」とはっきり言ってしまえばいいだけだ。
どうして言わなかったんだろうと、後ろ足でフェンスを蹴る。
「あ〜、何かイヤだなー」
胸の中はモヤモヤだけど、気持ちはイライラ。
あの女生徒の顔を思い出すとムカムカ。
負の感情だけが今のリョーマを占めている。
「…これって嫉妬ってコトなのかな?」
友人の代わりに恋の告白。
本人ではないとしても、これは完璧な告白場面なのだ。
女子からモテモテなのは悪くなく、むしろそんな相手と付き合っているなんて鼻高々。
言いたいけど言えない。
だから、こうして告白場面に出くわすのは、良い気分になれない。
女子から男子、男子から女子。
これらは至って普通の光景で、誰が見てもそれほど気にしない。
だけど、男子から男子なんて気持ち悪いだけだ。
気分が沈む。
「早く終わらないかな…」
楽しそうにサッカーをしている生徒を羨ましそうに眺めているど、開かれないと思っていた扉が開いた。
「待たせたな」
入って来たのは待ち人である手塚だった。
他には誰も入って来ないところを見ると、話し合いは終わったようだ。
「…もう、終わったの?」
「やはり聞いていたのか」
「聞きたくて聞いたわけじゃないからね」
盗み聞きして事を隠さない。
状況が状況なだけに、リョーマが屋上から校内に戻って来る可能性はあった。
「ああ、わかっている。遅くなって済まなかったな」
手塚もわかっていたから、特に何も言わずに遅れた事だけを謝る。
「先に食べたら?時間があんまり無いよ」
「そうさせてもらうか」
手塚はリョーマの横まで歩くと、座って弁当箱を広げて食べ始める。
「…デートするの?」
残り少なくなった所でリョーマが口を開いた。
「はっきり断った。俺にはお前がいるのだからな」
「あの人に言ったの?」
ドキッとする。
「いや、余計な詮索をされるのは御免だからな。気になる相手がいるとだけ言っておいた」
「ふーん…」
無難な回答だと思う。
思うけど、まだそれだけではぐちゃぐちゃになった感情は整理できない。
「不満か?」
「ううん、そうじゃないけど。俺、何かモヤモヤとかムカムカしてて何か変なんだ」
この辺が、と言いながら胸の辺りを掌でなぞる。
「…俺の責任だな」
空になった弁当箱を片付けて横に置くと、手塚はリョーマの肩を引き寄せて胸の中にしまいこんだ。
「ちょ、ちょっと、ここ…」
「大丈夫だ。誰も来ない」
大丈夫だといわれても、扉が開かれたら、抱き合っている姿を見られてしまう。
焦るリョーマだが、手塚はリョーマを離さない。
「…国光」
「お前だけだ…俺が好きなのは」
頼まれてもデートなんかしないと、はっきり言ってきた。
「うん」
優しく抱き締められて、ぐちゃぐちゃになっていた負の感情が解けていく。
予定が鳴る頃にはすっかり上機嫌になっていた。


付き合っていく過程でこうした問題は何度も起こるかもしれない。
その度、色んな感情が表に出てしまうかもしれない。

だけど、きっとすぐに解決してしまうのだろう。
ささくれていた心が、手塚の手によって簡単に治ってしまうように。





あまり嫉妬してない…。