16.公園 |
「どこに行こうかな」 部活も無く、珍しくデートの約束をしていない休日。 家にいてもつまらないからと、リョーマは昼前に家を出た。 たまには電車でも乗ってみようかと駅に向かい、目的も無いまま財布の中を見て、入っている小銭で買えるだけの距離の切符を購入した。 エスカレーターでホームに下りれば、これから遊びに行くらしい家族連れや友人同士、恋人同士が少し距離を置いて立っていた。 リョーマは誰も立っていない先頭車両の位置まで歩き、ポツンと立っていた。 周囲から見れば寂しそうな感じにも思えるかもしれないが、団体行動が苦手なリョーマとしては気楽な場所だと、白い雲が浮かぶ空を眺めていた。 暫くするとアナウンスが流れ、電車がホームに入ってくる。 下りる人は少なかったが、元々乗っている人も疎らで、リョーマは横長の座席の隅に腰掛けていた。 耳に響く笛を号令として発車し、ガタンゴトンと揺れる電車の中、リョーマは前方の窓から外の景色を見ていた。 (…たまに1人になると、何をしていいのかわかんないや) 手塚と付き合うようになってからの休日は2人で過ごす事が多く、こうして1人になると時間を持て余してしまう。 父親相手に長時間もテニスをしていたあの頃。 ゲームをして時間を過ごしていたあの頃。 休日に何をしていたのかを思い出してみれば次々と出てくるが、どれもこれも何だか酷く遠くに感じる。 (…国光は何をしてるんだろ) こちらからは誘わなかったし、向こうからも誘われなかったから、もしかしたら手塚には何か予定が入っていたのかもしれない。 だから誘わなかった。 あまり深く考えると、悪い方向に行ってしまいそうで、一駅分だけじっくりと考えただけで頭を切り替えた。 (そろそろ降りようかな) 駅に止まるその度に乗客の顔ぶれが変わっていく。 電車に乗っているだけもつまらないからと、次の駅で降りる事にした。 「あ、ここって…」 降りた場所は初めて手塚と出掛けた駅だった。 人波に攫われそうになる自分を、手を繋ぐ事によって離れないようにしてくれた。 ふと、握られた大きな手の感触を思い出す。 初めての感触は、何度も繋いでいる今でも鮮明な記憶だった。 今日も相変わらず駅構内に人は多く、ぶつかりそうになるのを上手く避けながらスタスタと歩く。 「さてと、どうしようかな」 駅を出ても特に行き先も無いリョーマは、あの日、2人で歩いた道を辿ってみる。 まずは大型スポーツショップ。 リョーマが行き付けにしているスポーツ店に、使い慣れたグリップテープが売り切れていた事から始まった約束。 購入したらお別れかなのかと気落ちしたが、それから和食メインの店で昼食を共にし、今度は手塚行き付けの書店に行って、近くのカフェにも入った。 デートをしているようで、本当に楽しかった。 だが、それだけでは終わらなかった。 最後に手塚に連れられて入った場所は大きな公園。 どうしてこの公園に誘ったのかは今でもわからないが、この場所こそが2人の始まりの場所だ。 (…あ、アイス) あの日と同じ場所でアイスを売っている。 やはり年配の女性が見事なヘラ使いでアイスを綺麗な花の形に仕上げ、目を輝かせている子供達に渡していた。 何もかもがあの時と同じ。 違っているのは隣に手塚がいない。 (…不思議だな。俺ってこんなに寂しがりやだっけ?) 1人の方がよっぽど気楽で良かったのに、誰かといる事が当たり前になると、何だか寂しくなってしまう。 自嘲気味に笑いながら長い遊歩道を歩いていくと、手塚からは告白をされ、自分からも告白をしたベンチに到着した。 「ここから俺達は…」 お互いの呼び方も変わった。 見つめる視線の熱も変わった。 何もかも、生きているこの世界すらも変わった。 (ううん、違う) ここは付き合う事の始まりだったが、2人の始まりは入学式だ。 咲き乱れし桜の花弁が舞散る中での出会いは、恐らく運命だったに違いない。 一目惚れだった。 片想いだと思っていた。 だけど、一目惚れも片想いもお互い様で、何時告白しようかと悩んでいた。 悩んでいた手塚は、自分の方が地理に詳しいからこの公園で想いを告げる決心をして連れて来たのだろう。 入口から近い遊歩道には噴水もあって親子連れが多いが、ここまで歩くと人気が少なくて、誰にも邪魔されないとても良い場所だった。 都会の喧騒を忘れさせてくれるこの場所で、愛の告白。 (…何かロマンチックだね) 乙女的な考えに到達すると、クスクスと笑い出して、電線などの遮るものが無い大空を見上げた。 「…帰ろっと」 キャッキャッとはしゃぐ子供の声に、物思いに耽っていたリョーマはベンチから立ち上がり、何事も無かったかのように歩き出した。 1人で来たのだから、もちろん帰りも1人。 だと、思ったのに。 「…リョーマ?」 スポーツショップの前を歩いていると、背後から聞き覚えのある声が掛けられた。 こんなにも人が多いのだから、見知った顔を見つけるのも一苦労なはず。 空耳かと無視しようとしたが、その声は少し多くなって再び聞こえてきた。 まさかと思いつつも振り返ってみれば、想像通りの姿がそこにあった。 「国光?何でここに?」 「それは俺のセリフだ」 お互いにちょっとだけ驚いた顔。 会うはずもない人に会ったのだから、驚くのは無理も無いが、これはかなりの驚きだった。 人の流れを避けるように、手塚はリョーマの腕を引っ張って店側に寄る。 「俺は先生から頼まれて、ここに来たのだが」 「俺は家にいてもつまんなから、ちょっとブラブラしてただけ」 手塚はスミレからの頼まれ事でこのスポーツショップにやって来て、用を済ませて帰ろうとした矢先、偶然通り掛ったリョーマを見つけて追い掛けた。 「何か、偶然って言うにはタイミング良すぎだね」 これは偶然なんかで片付けて良いものではない。 やっぱり出会いが運命なら、こうして約束をしていなくても出会ってしまうのは運命。 だったらいいなと、リョーマは頬を緩ませた。 「ふっ、そうだな。そういえば、昼は済ませたのか?」 「まだだけど、国光は」 「俺もまだだ。良かったら、あの店に行ってみないか」 「賛成」 店の名前を言わなくても、手塚が誘っている場所は美味しい和食の店しかない。 「入れるといいね」 前に行った時よりも時間は昼食時間のピークを迎えていた。 混んでいない事を祈りながら店に移動すると、時間も時間だから数組が店内で待っていたが、2人なら充分に入られる個室だけが空いていた。 待っている数組の全てが4人以上のグループだったので、待っている人には申し訳無さそうにしていたが、心の中では「ラッキー」とガッツポーズ。 通されたのは畳の部屋でテーブルは掘り炬燵。 店員から渡されたメニューを見るが、頼んだものは前と同じものを2人分。 お茶とおしぼりを置いて店員が出て行くと、リョーマは嬉しさを隠しきれずにニッコリと笑い、先ほどまでいた場所を教えていた。 「さっき、公園に行って来たんだけど、やっぱり気持ちのイイ場所だね」 「そうだったのか」 「国光も行きたくなった?」 「いや、お前とこうして付き合う事が出来たのだからな」 「どういう意味?」 「以前にクラスの女子が、あの公園のベンチで告白すると想いが成就するという噂があると言っていたからな」 「…じゃ、公園に連れて行ったのって」 「噂に賭けてみたわけだ」 「何か、国光らしくない」 散々考えていた『公園に連れて行った理由』が、クラスの女子が話していた噂話からだったのを知ると、呆気に取られたリョーマは大きな目を丸くした。 「そうか、たまには他力本願も必要だぞ」 「それが国光らしくないっていうの」 人の手など借りずに、全てを自分の力でこなしていたかのように見えた手塚にもこういう面もあるのだ。 付き合ってみないと、その人の本質を知り得ない。 もっと、知りたい。 もっと、もっと、自分にしか見えないところを見せて欲しい。 どうしても好きな人の事になると貪欲になる。 手塚は少しずつこの関係を身体ごとの深い繋がりに変えていこうとしているが、身体の関係には恥じらいがあるリョーマは、この関係自体を深くしていきたかった。 「…ね、食べたら、また公園に行ってみない?俺、あのアイス食べたいんだ」 「ああ、構わない」 「ありがと」 そうして、自分の知らないもっといろんな事を教えてもらおう。 代わりに訊かれたら、教えてあげよう。 もっと、もっと、好きになりたいから。 もっと、もっと、好きになってもらいたいから。 きっと時間が立てば、そのうちに男としての本能が表に出てくる日が来てしまうだろう。 強く求められたら、少しずつけど応えられるようにしていこう。 決意も新たに、リョーマはこの偶然に近い手塚との時間を有意義なものにしようと決めて、運ばれてきた食事を頂いた。 1人で過ごす休日だったのに、気付けばいつもの休日になっていた。 |
1人になった時に思い出すのはただ1人。
そんな時に会えたら、すごく幸せ。