14.手を繋いで



好きな食べ物は焼き魚に茶碗蒸し、梅とキムチ味のえびせんべいとファンタグレープ。
趣味は全国名湯の入浴剤入りのお風呂に入る事。
性格は生意気で負けん気が強いが、意外と努力家なところ。
これが越前リョーマ。

好きな食べ物はうなぎの蒲焼きを具にだし汁を掛けたうな茶。
趣味はアウトドアで、登山や釣りやキャンプ。
性格は常に冷静沈着で、忍耐強い努力家。
これは手塚国光。

運命的な出会いから数ヶ月、この胸の想いをぶつけて2ヶ月、学校内だけの関係以上の付き合いから知り得た情報があった。
他人の全てを知るなんて生半可な事では無く、1つ、また1つと相手を知るたびに想いの丈が深まっていく。
夏の日差しを浴びて青々としていた葉が深みのある夕焼け色に変わるように。


「手塚会長、この案件は決定と言う判断でよろしいですか」
「そうだな」
カチカチと時計の針の音だけが唯一の音だった生徒会室に人の声が流れ込み、この声を皮切りに静かだった室内が明るくなる。
「やっと、終わった〜」
ん〜と、椅子に座ったまま背伸びをして、書類を片付け始める。
「今日も遅くなっちゃったわね。手塚君もテニス部が忙しい時なのにね」
「それはお互い様だろう。女子バスケ部も大会が近いだろう」
「仕方ないわ。部員はたくさんいても生徒会は私達しかいないんだから」
生徒会の面々は、それぞれが部活動の部長や副部長の職に就いていて、本来なら部活の練習に重点を置かないといけない時期なのに、急に入って来た年間行事の会議によって、練習が疎かになってしまっていた。
代わりに自主的なトレーニングを欠かさないようにしているが、やはり実際にコートに入り、ラケットを振るわないと満足できない。
「テニス部はルーキーの越前君がいるから、部長としては気分が楽になるわよね」
机の上に散らばっている書類を片付け、書棚に戻していく生徒会の面々の中からいきなりリョーマの名前が出てきて、思わず手塚は肩を揺らしてしまった。
約束をしていれば部活が終わった後に会えるが、同じ校内にいるのになかなか顔を合わす機会が減ってしまった恋人の顔を思い出す。
生徒会の仕事が終わる時間は部活終了時刻より遅い為、待たせるのは悪いからと手塚はリョーマに先に帰るように伝えていた。
リョーマも手塚の忙しさを周囲から聞いていたので、わがままは言わずに手塚の言うとおりにしていた。
寂しそうな目をしていたのが印象的だったが、生徒会の仕事さえ終わらせれば、寂しさは即行で消してやれる。
今は我慢の時だと、手塚は自分に言い聞かせて生徒会の職務に身を投じていた。
「でもさ、手塚って何か雰囲気変わったよな」
「あ、私もそう思ってたんだ。何かあったの?」
手塚の変わりようはちょっとやそっとでは気付かないが、こうして近くにいる事によって、どこなく纏っている雰囲気が柔らかくなったように感じられた。
ただの勘違いならそれだけで済むが、常に頑なな無表情だった手塚の顔に、何かを思い出したのか、時々柔らかな笑みが浮かぶのを見逃さなかった。
「…いや、特には」
「ふーん、やっぱり後輩にいい素材が入ったからかな〜」
「テニス部ってば3年は手塚を筆頭にして凄いのが多いけど、2年生で使えるのは桃城と海堂くらいだけだろ。やっぱり1年にいいのがいないとキツイよな。越前は手塚並に上手いんだろう?良かったな」
「越前君って帰国子女だから英語はペラペラだし、テニスは本当に上手だし、それになによりカワイイよね〜」
「うん、越前君って男の子なんだけど、何だかすっごくカワイイんだよね」
キャッキャッと盛り上がるのは書記と会計を務めている女子の面々。
若くても歳を取っていても、可愛いものが好きなのは変わらない。
「片付けが終わったら帰っていいぞ。鍵は俺が掛けていく」
このままだと延々と自分かリョーマに関する話題で盛り上がりそうなので、止めさせるのに専念しておいた。

「おっと、今日は見たい番組があったんだ。じゃ、お先に」
さくさくと後片付けを済ます。
1人が帰れば、次から次へと帰って行き、数分後には生徒会室には手塚だけが残った。
自分以外の誰もいなくなった室内は温度も下がったかのように涼しくなり、喋っていた時には気付かない小さな音もやけに大きく感じる。
「もうこんな時間か…」
ふと見上げた時計はこの会議が終わった時から既に30分以上が過ぎていた。
時計の針は進む事を忘れない。
外もすっかり暗くなって、星が瞬いている。
部活だってとっくに終わっている時間だ。
「今日も会えなかったな」
顔を思い出すと胸の中が熱くなる。
会いたい気持ちはあるが、自宅まで押しかける勇気は無い。
帰ったら電話をしようと決めてからバッグを肩に担ぎ、室内の電気を消して鍵を掛ける。
誰もいない薄暗い廊下を歩き、煌々と明かりが点いている職員室に鍵を返してから、外に出る為に靴を履きかえる。
ふう、と大きく息を吐いてから外に目を向けると、学ラン姿の小柄な誰かが誰を待っているようにガラスの扉に凭れているのが視界に飛び込んだ。
こんな誰もが帰ったような時間に誰を待っているのかと見つめていると、視線に気付いたのかその誰ががこちらを振り返る。
「部長」
つまらなさそうな表情だった顔が手塚を見た途端に明るくなる。
「越前、こんな時間にどうした?」
会いたくて仕方なかった相手が目の前にいる。
実は会いたいと思っていたから、思い過ぎて幻想でも見ているのかと、何度も瞬きしてみたが、一向に消える事は無かった。
「…最近、会えないからちょっと待ってみた。あ、でも、10分くらいだから」
「10分?」
練習が終ってからなら10分なんて事は無い。
並びながら歩いていると、リョーマの方も今日は図書委員会の仕事で部活には参加できなかったと説明され、仕事を全て終わらせて帰ろうとしたら、次々と生徒会のメンバーが帰って行くので、ちょっと待っていれば一緒に帰られるかもしれないと、リョーマは手塚が来るのを待っていた。
「…越前」
こんな可愛い事をされて、嬉しくないはずが無い。
電灯の明かりと夜空に輝く星の明かりだけの帰り道。
少しくらいのコミュニケーションなら今日は構わないかもしれないと、手塚はぶらぶらとさせているリョーマの手を包むようにそっと握ってみた。
いきなり手を掴まれたからか前を見ていたリョーマは勢いよく顔を上げた。
見る見るうちに顔を赤く染めていく。
お互いの舌を絡ませるディープなキスをするような間柄なのに、手を繋ぐだけの行為でこんな初々しい反応をするのだろうか。
こうして愛しさが強まっていくのをこの可愛い恋人は知らないだろう。
少しだけ握る力を強くしてみれば、リョーマも同じだけの力で返してくれたが、もぞもぞと手を動かすので、実は嫌だったのかと離してみれば、すぐにリョーマの方から握ってくれた。
しかも、指を絡ませる恋人特有の繋ぎ方に。
「…こっちの方がいい」
暗くても恥ずかしそうに笑っているのがはっきりと見えた。

2人が別れる道に差し掛かると、お互いに惜しみながら手を離す。
本当は離したくない、離れたくない。
だが、今はまだこうしてお互いの住む場所に帰らなければならない年齢。
別れを切り出すのはとても辛いが、これは手塚の役目でもあった。
「今日はありがとう」
じっと見つめ合う事、数秒。
さようならの言葉の代わりの別れ言葉を切り出す。
「何でお礼?」
きょとんと首を傾げる。
「待っていてくれただろう。とても嬉しかった」
「え、そんな…」
ふわりと笑みを向けられて、リョーマはあちらこちらに目を泳がせる。
これも一種の照れ隠しなのはわかっているから、手塚はその笑みを続けてしまう。
「…俺が会いたかっただけだし」
左右に泳がせていた目を最後に手塚の顔に照準を合わせると、赤くなったままの顔でちょんと爪先立ちになり、弧を描いていた手塚の唇に自分の唇を押し当てていた。
くっ付けるだけのキスだったが、久しぶりの触れ合いに心がざわめく。
「リョーマ…」
「…明日は参加できる?部長がいないからつまんない」
「ああ、生徒会は一段落ついたからな。それより、リョーマ…」
「…国光」
名前を呼ばれたからには名前で呼び返す。
これが恋人としてのやり取り。
そして、もっと恋人らしいキスをしようと、電信柱の影に隠れるようにして2人は抱き合いながら唇を合わせた。
「…ん、国光」
「リョーマ」
唇を触れ合わせながら、お互いの名前を呼び合い、離していた手を胸の位置まで上げて深く重ねる。
じんわりと心が温まる気持ちの良いキスだった。


手の温もりと、唇の感触を胸に今日も1日が終わった。




想う時に会えたら幸せ。