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TECHNONET REPORT 2009.1

テクノネット レポートは,材料・技術に関する様々の話題を,独自の視点で取り上げます。
 2009年の第1回は,レアメタルなど,希少金属代替材料の研究がどのように進んでいるか,1月に開催された「元素戦略/希少金属開発第3回シンポジウム」を取材,日本における研究開発の現状をレポートしました。


元素戦略/希少金属代替材料開発
第3回シンポジウム


我が国の物質材料科学の新展開
2009年1月27日 東京大学安田講堂にて開催


はじめに
 元素戦略/希少金属代替材料開発,いったいどのようなことが行われているのか,興味をもって標記シンポジウムに行ってきました。いまは,経済の急速な落ち込みのなかで一時高騰した希少金属(レアメタル)注1)の価格も落ち着いたせいか,希少資源の枯渇を大きな問題にすることは少なくなりましたが,ほんの1年ほど前には石油資源の高騰とともに,あらゆる天然資源において,資源の確保が大きな話題でしたし,基本的に資源枯渇問題は依然として残っています。
これから,低炭素化社会に向うなか,切り札的存在として期待される燃料電池をとってみても,その生産にレアメタルは欠かせません。また,液晶ディスプレイ,ハイブリッド車など様々な先端産業分野においてレアメタルは不可欠な材料となっています。その資源はある特定の地域に偏っています。しかもなぜか,地域紛争にかかわりの多い国が産地なのです。石油がそうであるように。また,レアメタルに限らず,多くの鉱物資源は有限であり,しかもたいていはやはりある特定の地域に偏っており,これまでのツケで,資源の枯渇が問題となっています。資源の安定供給は産業にとっての基盤のようなものですが,それが特定の場所に偏っていることは,問題の火種をいつも抱えているようなものです。
 ですから,希少資源の代替資源の開発は,大きな課題となっているのです。これに対して日本がとっている戦略の骨子となるのが,『元素戦略プロジェクト』『希少金属代替材料開発プロジェクト』です。内閣府,文部科学省,経済産業省,JST(科学技術推進機構),NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が連携して推進しているプロジェクトです。
 資源のない日本としては,代替材料の開発をいち早くすすめ,この分野のトップにたつことは意義の大きいことですし,なにより希少資源に頼ることなく,新しい材料開発の方向に道筋をつけることは,大きな意義を持っています。
 省エネルギー,省資源に関しては,日本は世界に先駆けて取り組んできていますが,その成果をこういった希少資源の代替材料開発に結び付けることができれば,その意義は大きいと思います。

資源の有効利用について
 このプロジェクトは2つの方向性を持っています。ひとつは,希少資源の有効利用です。この技術は,これまで日本が取り組んできた省エネ,省資源の技術と結びつきます。資源リサイクル技術がその典型であることはいうまでもありません。最近,都市鉱山,エコロジカル・リュックサック注2),などという言葉を耳にすることがあります。私自身は,こうした新しい言葉を使うことで何かわかった気分にはなれないと思いますが,資源を効率よくしかも環境負荷の少ない形で利用することの重要さを強調する意味で,使われているのだと思います。環境,エコの分野では,こういった「コトバをもてあそぶ」ところがあると感じるのは私だけでしょうか。
 それはさておき,都市にある大量に捨てられたもののなかに有効資源があることは誰でも知っていることです。それが回収できるかどうかは,回収コストをいかに安くできるかにかかっているのではないでしょうか。私たちの子供の頃は,道端に落ちている,釘や鉄くずを拾い集めるだけで,少しの小遣い稼ぎができました。昭和20年代のことです。資源を有効にという掛け声はいいのですが,この基本的な難しさに対してどう対処するかに方向づけをする必要があると思います。
 シンポジウムでも,講演の半分近くが,回収・再生に関連する話題が取り上げられましたが,回収・再生が事業として成立するためには,どのような課題をクリアしなければならないのか,そのためのモデルをどう構築するかにとどまっているように思えました。
 また,代替材料の開発が難しければ,できるだけ少ない量で機能を発揮させ,有効利用を図るかも課題になります。この点も大きな研究テーマです。


代替材料の開発へ ナノテクノロジーとの結び付き
もう一つは,代替材料の開発です。この分野になると,まさに研究テーマということになり,今回のシンポジウムでは,プロジェクトの成果が紹介されました。元素戦略では,平成19年度採択の7テーマ,平成20年度採択の5テーマ,希少金属代替材料開発では平成19年度採択の5テーマについて,その紹介が行われ,詳しい発表はポスター展示で行われました。その詳細は,ホームページをご覧ください。
 希少金属代替材料開発といっても,希少金属に代わる別の金属を探すということではなく,希少金属が持っている機能を,別の材料でカバーできないか,というのが大きな狙いですから,それが元素戦略ということになります。
 そして,ここで登場するのが,ここ数年,材料開発の最もホットなテーマであるナノテクノロジー,材料のナノ構造の制御です。いまや,ナノテクはあらゆる材料研究分野で主要なテーマになっていますが,逆にナノであることの意義がぼけてきている感もあります。
元素戦略ですから,素材のサイズはナノであることは間違いないのですが,その機能といった場合はそう簡単にいかないことが指摘されるようになりました。ナノレベルから,機能を発揮するためのバルクへのボトムアップ,ナノからバルクへつながる機能発揮のための秩序形成など,様々なテーマがあります。




ナノテクノロジーと元素戦略 機能代替の手法と可能性 
材料と全面代替戦略 NIMSにおける取り組みからその可能性を探る より





<ポスターセッション> 括弧内は研究リーダー

元素戦略 平成19年度採択課題
1. 亜鉛に替わる溶融Al合金系めっきによる表面処理鋼板の開発(東京工業大学 水流 徹 )
2. アルミ陽極酸化膜を用いた次世代不揮発性メモリの開発(物質・材料研究機構 木戸 義勇)
3. サブナノ格子物質中における水素が誘起する新機能(東北大学 岡田 益男)
4. 脱貴金属を目指すナノ粒子自己形成触媒の新規発掘(日本原子力研究開発機構 西畑 保雄)
5. 圧電フロンティア開拓のためのバリウム系新規巨大圧電材料の創生(山梨大学 和田 智志 )
6. ITO代替としての二酸化チタン系透明導電極材料の開発(東京大学/神奈川科学技術アカデミー 長谷川 哲也)
7. 低希土類元素組成高性能異方性ナノコンポジット磁石の開発(日立金属NEOMAXカンパニー 広沢 哲)

平成20年度採択課題
1. 高分散貴金属ミニマム化触媒の物質設計およびプロセシング(熊本大学 町田 正人)
2. 貴金属フリー・ナノハイブリッド触媒の創製(北海道大学 魚崎 浩平)
3. 貴金属代替分子触媒を用いる革新的エネルギー変換システムの開発(九州大学 成田 吉徳)
4. 材料ユビキタス元素協同戦略(東京工業大学 細野 秀雄)
5. ケイ素酸素系化合物の精密合成による機能設計(早稲田大学 黒田 一幸)

希少金属代替材料開発 平成19年度採択課題
1. 透明電極向けインジウム使用量低減技術開発(東北大学 多元物質科学研究所 中村 崇)
2. 透明電極向けインジウム代替材料開発(産業技術総合研究所 柴田 肇:金沢工業大学 南 内嗣:高知工科大学 山本 哲也)
3. 希土類磁石向けディスプロシウム使用量低減技術開発(東北大学 杉本 諭)
4. 超硬工具向けタングステン使用量低減技術開発(産業技術総合研究所 小林 慶三)
5. 超硬工具向けタングステン代替材料開発(産業技術総合研究所/ファインセラミックスセンター 林 宏爾)

こうやってテーマをみると,目標がはっきりと据えられているのがわかります。たとえば,ITO(インジウム・スズ酸化物)代替材料に関するテーマがいくつかあげられています。レアメタルのインジウムを使わずに液晶ディスプレイなどに用いる透明電極材料が実現できないか,というテーマです。候補としては,ここでは二酸化チタン,酸化亜鉛などがとりあげられ,そのほかにも,水酸化マグネシウムなども候補に上がっています。しかし,これまでディスプレイの進展とともに歩んできたITO膜に代わる材料の開発は容易ではありません。しかも,大量にディスプレイに使われるものを置き換えるに至るまでは,まだまだ課題も多いものと思われます。
 ITO膜という素材を使いこなし,今日まで持ってきたのは,主として企業の研究者,技術者ですが,代替材料の開発においては果たしてそこまでを視野に入れているのかどうか,気になります。プロジェクト研究という性格上,しかたのないことかもしれませんが,代替材料開発に必要な基礎技術,元素戦略とは何かをもう少しクリアなものに,基礎研究との接点を明瞭にする必要があるかもしれません



参考資料
注1)希少金属,レアメタルとは――
経済産業省がレアメタルとして指定している31種類の金属 
  
レアアース(希土類)は化学的な性質が近い17元素の総称。したがって,レアメタルは元素の数としては47になる


エコロジカル・リュックサック
ある製品や素材に関して、その生産のために移動された物質量を重さで表した指標。最終的な目標であるサービスに関連付けて、製品の全ライフサイクルにわたって集計される物質量(MIPS: material input per service)を論じるために導入された概念で、1994年にヴッパタール研究所(当時)のシュミット=ブレークが提唱した。
例えば1トンの銅を得るためには鉱石、土砂などの自然資源500トンを移動する必要があり、この場合のエコリュックサック値は500と表される。同じ重量の商品でも、その材質(木製か銅製かなど)によって、物質の移動量にどの程度の差があるか比較可能とするための指標。



元素戦略について,その概略を簡単に知ることのできる小冊子がWEB上でダウンロードできます。
 「元素戦略アウトルック」 NIMS発行



取材,執筆 八代啓一
                        


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