アスペンへの道
アスペンは日本から直行便が出ていないため、途中乗り換えとなるが今回はアスペンまでの便がとれず、ダラス経由でデンバーに行き、そこからバスの24時間の移動になってしまった。わずか4日間スキーをやるために24時間移動するのもどうかと思うが、カリフォルニアから来たスキーヤーによれば、僕たちが来た後寒さで道路が凍結し、3日間デンバーで足止めを食ったそうなので、僕たちはまだ幸運だったかもしれない。
高山病
今年のアスペンは寒かった。朝の気温は氷点下20℃を下回り、風も強かったため滑っていると手にあかぎれができてしまったほどだった。またゲレンデの標高が高かったため、母は高山病にかかってしまった。寒くて水分を摂らなくなってしまったことが災いしたらしい。そんなときに頼りになったのがツアーガイドだった。アスペンのスキー場には無料のスキーツアーを引き受けてくれるガイドがいるが、心配したガイドがずっと食後母親のことを介抱してくれたのだった。このおかげで彼女は元気を取り戻し、翌日アスペンで一番広いスノーマススキー場を十分堪能することができた。
アスペンの物価
アスペンには6年前に行き、当時スキー場の規模やサービスにも驚愕した。アスペンの街中のバスはすべて無料。広大なゲレンデは毎日整備がなされ、無料の飲み物も置かれている。ただし、そのぶんリフト券は異常に高い。年末年始の1日のリフト券は今シーズン87ドル(約一万円)。6年前と比較して4割も上がったが、街中は以前よりもスキーヤーの数が多く、渋滞も多く見受けられ、かつての静けさも失われた。これだけ値段が上がってもアスペンに来る客は増えているのは意外だった。
アスペンの食事
食事の時間がくると憂鬱になる国。アメリカ。ここアスペンも例外ではない。その中で前回訪れた際おいしかった店に行ってみるとその店はつぶれていた。近くの観光案内所で別の店を紹介してもらう。すばらしくまずくサービスの悪い店だった。翌日は他のスキーヤーが薦めてくれた町のはずれの店に行く。味はまずまずだったが、帰り雪の吹きすさぶなかバスに乗りホテルに着いた。大晦日は一人でバーに行った。あたたかい酒を飲むのは日本だけと思っていたが、こちらにはシナモンとレモンを煮込んだホットワインがあった。またウイスキーのお湯割をホットトット゜と呼ぶことを初めて知った。
スキーをしない客
アスペンでは1泊220ドル(約25000円)のホテルに宿泊した。これでもアスペンの中では一番安い部類に入る。こちらは食事代も高く、昼は約20ドル、夜は50ドル程度は覚悟しておかないとならない。寝食だけで1日3万円以上の費用がかかるにもかかわらず、このホテルではスキーをしない客も多く見受けられた。特に中年女性が一人で宿泊していることが多い。彼女たちは美容院、ネイルアートにしばしば通いウインドーショッピングに行き、暇さえあればホテルのリビングで他の客とずっとおしゃべりしていた。彼女たちは何しにここまで来ているんだろうねとたまたま知り合ったイギリス人に尋ねると「金を使いにきているのさ」と即答された。ちなみにもっと裕福なアメリカ人はチャーター機を使いアスペンに入り、別荘で年末年始を過ごす。これらの別荘はなんと一軒300万から500万ドル(約3.5〜5.8億円)もするらしい。
日本に対する印象
アスペンでは日本に来たことのあるアメリカ人が多く、日本に対する印象も概ねよい。中には「タクシーが歩行者に配慮し、ヘッドライトの照明を落としてくれることに感動した」と日本人の礼儀正しさに触れる者もいてうれしい。彼らはみな日本のサービスや食事の味は一流だが物価は高いと言う。しかしよくよく聞いてみると、彼らはたいてい良いホテル(ホテルオークラが多い)に泊まるため、これらの感想を持つのはごく当然といえる。ただし、「日本で有名なもの」と聞くと「ソニー、ホンダ、トヨタ」等の企業の名前やあげられたのは興ざめだった。初めてアメリカに来たとき「トランジスタのセールスマンか」としばしば尋ねられたが、そのイメージはなかなか払拭できないようだ。