東京の空に15日間、赤々と燃え続けた聖火が、巨大な国立競技場をつつむ夕闇の中に消え、すべての競技を終わった第18回オリンピック東京大会は、
24日夕刻大成功のうちに閉会した。「世界は一つ東京オリンピック」の標語のもとに、参加94力国、史上空前の大会といわれアジアではじめて、
もちろん日本ではじめてということで、開催国の日本はもとより、世界各国から寄せられた期待は絶大なものがあったが、結果は、
その期待を上回る成果を収めたといって過言ではないだろう。
昭和39年10月25日の毎日新聞の社説は、こう書いている。
更に、その閉会式の興奮と感激の様子を「まったくスケジュールに無いことが起きた。若いエネルギーが最後の一瞬にはち切れたのだ。
日章旗を手にした福井誠旗手が、各国選手団に肩車されて、行進していく。国立競技場の閉会式は「世界は一つ」をそのまま描き出すような光景だった、と。
又日の丸の旗の後には国も人種もない。赤や青の色とりどりのブレザーコートの各国選手団が、喜び溢れた顔で思い思いにつづく。
厳しい勝負の世界を乗り越えたその喜びが溢れていた。ランニング姿で走るひょうきんな選手もいる。日本の福井旗手を肩車にして行進する選手団。
その一つ一つに大歓声と笑いと拍手が沸き起こった。
この“すばらしき群像”こそ“世界は一つ”の理想を実現してくれる人達だった。
緑の芝生に選手団が旗手のうしろに一団となる。旗手はフィールド中央の式台を中心に半円形を描いた。日はとっぷりと暮れた。
“光”を基調にした式は盛り上がっていく。と閉会式の模様を見事に表現している。
役員席から見たその夜の光景を私は一生忘れることはない。「オリンピックは素晴らしい、今回は馬の故障(フレグモーネン)で出られなかったが、
何時かきっと選手として参加してみせる」、と密かに思った。
その閉会式のあった日の午前中、国立競技場では閉会式を見ようと来場した数万人の大観衆の前で、
オリンピックの最終種目となる馬術の大賞典障害飛越競技が行われ、緑の芝生の上、30個近い彩り豊かな大障害に各国選手は、
人馬ともに持てる能力を十二分に発揮してその競技を競い合った。結局フランスのドリオラ選手が優勝したが、第一次走行と第二次走行の間にオリンピック中、
唯一、勝負に関係なく、前日世田谷の馬事公苑で開催された大賞典馬場馬術競技の優勝者、スイスのシヤマルタンの馬場馬術の供覧(見せる馬術)が行われた。
日本では関心が薄いが、オリンピックの最終日、総合競技場で閉会式の前に馬場馬術競技の優勝人馬の演技が披露され、
数万の観客はその妙技に酔い痴れるのだ。
然し、残念ながら現在では閉会式当日の大障害飛越競技も馬場馬術優勝者の供覧も総合競技場で行われることはない。
話しは若干横道にそれたが、閉会式の締め括りはブランデージIOC会長が式台に上がり、天皇陛下ならびに日本国民・東京都及び東京大会組織委員会に対し、
深い感謝の意を表して第18回オリンピックの競技大会の閉会を宣し、ここに記念すべき「平和の祭典」は無事終了した。
然し、この大会期間中、ソ連(ロシア)の3人乗り宇宙船が宇宙飛行に成功し、同じくソ連の政変や中共の核爆発等世界を震憾させる大事件があり、
英国では13年ぶりに労働党政権が出現する等、いろいろな事件が相次いで起こったが、「オリンピックは政治に左右されることはない」
という精神が幸いにも明確になったと新聞は報じている。
そして最後に新聞は、本大会が大成功のうちに終了し4年後のメキシコに無事バトンを渡したことは、
平和への偉大な貢献であったと自負していいと思うのである、と結んでいる。
然し、それから52年後の今日、世界情勢は政治的・経済的にあまりにも問題があり過ぎる。
今私の書いている原稿が活字になるのは約2ヵ月後でその時オリンピックを取り巻く世界情勢がどうなっているか、神ならぬ身の知るよしもない。
然し、この雑誌が出版される頃始まるリオデジャネイロ大会は、世界中から約50万人の観光客や関係者がブラジルを訪れると予想はしているが、
ジカ熱の感染を恐れ、又世界保健機関(WHO)の提言もあって観先客は半減するであろうし、ブラジル大統領の汚職問題に揺れ、
一般市民はインフレと失業率の上昇等経済不況でオリンピックどころではなくなっていることだろう。
IOCは何とかしてオリンピックの若者離れ現象に歯止めを掛けようと、東京大会の追加5種目の一括承認をしようとしたり、
特別参加の難民選手団を承認したりしているが、IOCはそのような姑息な手段を使わず、オリンピックの原点にかえって、
現代オリンピックのあり方を再検討すべきなのだ。
即ち、国際オリンピック委員会は一大宗教団体でなければならず、オリンピック教の御本尊は「世界平和」であり、
近代オリンピック教の御本尊「勝利至上主義」では世界平和に逆行することになり、オリンピックの精神から大きく逸脱しているといわざるをえない。
ところで4年後に迫った東京大会は世界経済が直面するリスクヘの対応だとして消費税率10パーセントヘの引き上げの再延期を表明、
社会保障費の財源不足をどう穴埋めするのか、又、オリンピック招致に関連した裏金疑惑は37億円にも及ぶ疑いが浮上し、
ホスト役の東京都知事は公私混同で完全に都民の支持を失い、毎回書いているようにテロ対策、サイバー攻撃対策、
マグニチュード7級の首都圏直下型地震への備えや、真夏の競技場の高温多湿対策、そのうえ遅々として進まぬ福島原発対策や東北地方と熊本の復興、
それらに要する莫大な費用の拈出方法はどうするのか、打ち出の小槌等あるわけもない。
又、仮に米国でトランプ大統領が誕生でもしたら、米軍の駐留費負担金を今年10月からの年度予算として1.3兆円を直ぐに支払えというだろう。
オリンピックの付けが回って経済危機に陥っているギリシヤの借金総額は40兆円、日本はその30倍の1、200兆円、
ギリシヤは国を切り売りして借金を返済するというが、日本に切り売りする土地は無い、まさか沖縄や北海道を売るわけにもいくまい。
「百
害あって一利なし」のオリンピックの施設建設の為に3兆円も無駄遣いをする余裕は今の日本にはないはずだ、
いかなる非難を受けようとも一刻も早くIOCにそれらの事情を説明し東京大会を返上すべきだ。
IOCはオリンピックの開催は経済発展を後押しすると毎回の如く繰返してはいるか、それに実証的な裏付けはまったくない、
開催国が莫大な借金を抱え込むのは明らかだ。
いろいろと物議をかもしたエンブレムは、お通夜の夜、家の軒先に掲げる高張提燈の紋所を連想させる。
オリンピックを目指そうとする若者達は、真のスポーツの在り方を正しく理解して、二流三流の未熟な指導者の犠牲になって大事な人生を無駄にしてはならない。
仮に天性の素質に恵まれて競技スポーツが上達したとしても、世界一を決めるのは断じてオリンピックではない。
世界一を決めるのは世界選手権以外にないことを肝に銘ずべきだ。
真のスポーツを理解しないマスコミの餌食になってはならない。
以上、巨大な風車に立ちむかう「ドンキホーテの呟き」として4回にわたり書いたが、最後に佛教詩人、坂材真民の詩を御披露して終わりたいと思う。
「二度とない人生だから戦争のない世の実現に努力し、そういう詩を一篇でも多く作ってゆこう 私か死んだら あとをついでくれる若い人たちのために
この大願をかきっづけてゆこう」 以上。