「も
しも再びこの世に生まれたら、私は自分の創ってきたものを全部壊してしまうであろう」。
これは今から120年前、スポーツの国際化とそれによる国際間の理解増進と平和を目的として古代オリンピックの精神を継承すべく、
公平と平等の旗印のもと近代オリンピックを復活させたクーベルタン男爵が母国フランスを追われ亡命先のスイスで失意のうちに
死ぬ間際に言い残した言葉だ。
紀元前8世紀、ギリシヤに於いて都市国家間の紛争を防止し、平和維持の為に始まった古代オリンピックも回を重ねる毎に優勝者には
郷土の英雄として数々の特典が与えられるようになり、これが買収や八百長などの腐敗を招き、紀元前4世紀頃より祭典は見せ物化し、
遂に紀元393年古代オリンピックはその幕を閉じたのだ。
それから1500年の歳月が流れ、1896年、クーベルタン男爵が20世紀最大の発明といわれた近代オリンピックを見事に復活させた。
然し、これも残念なことに古代オリンピック同様、回を重ねる毎に曾ての崇高なオリンピック精神は無視され、国家間や選手間の相互理解や
世界平和とは全く無関係に勝利至上主義や国威発揚を計ることがそのすべてとなり、その結果スポーツマンシップやフェアプレイの精神は消滅し、
ドーピング、人種差別、経済的不平等、国別メダル獲得競争の熾烈化、八百長、五輪参加者の男女比と性的差別、スポーツHIV等の
健康問題等の弊害を引き起こした。
(1)ドーピングについては興奮剤、鎮痛剤、鎮静剤、筋肉増強剤、遺伝子ドーピング、血液ドーピング、用具ドーピング等々、
手を変え品を変え様々なドーピングが噴出し、それらは麻薬より遥かに質が悪く、最早、世界反ドーピング機関(WADA)の手には負えなくなっている。
即ち、ドーピングを検査する為の試薬に反応しない筋肉増強剤の開発が次の大会のメダルにつながるということは、私の知る限りでは二十数年前から常識となっており、
従って試薬を変えて最新の技術で検査すれば過去にドーピング検査を逃れた選手達も摘発されるのは当たり前のことだ。
(2)灼熱のオリンピック
10月10日より開催された1964年東京オリンピックは大会期間中の日中の平均温度は19.1度。5年後のオリンピックは7月24日より8月9日迄、
その間の東京の平均温度は地球温暖化により35度以上、その上、湿度は70〜80%。マラソンを含めて冷房設備の無い会場での競技は
気狂い沙汰でかなりの選手が熱中症に罹り死人が出る可能性も否定出来ない。
新国立競技場は空調を利用した冷房機器の設置を見送り、その代わり医療体制を整備する等と寝惚けたことを言うが、
むしろ遺体安置場を設置してはどうかと思う、組織委員会が掲げる「アスリート、ファースト」が聞いて呆れる。
私の関係している馬術競技は気温35度の中、白い砂馬場の照り返しを受けて、黒の乗馬服を着て乗馬ズボンに長靴を履き、
帽子を被り手袋をはめて演技しなければならない。
メダル欲しさの騎手はまだ我慢するとしても、湿度の低いヨーロッパから来る馬は気温35度と湿度70〜80%の中での演技は
口のきけない馬にとって正に地獄の責め苦だ。
国際馬術連盟の「馬のスポーツ憲章」には「馬のウェルフェアあるいは安全が確保出来ない気象条件においては競技は実施してはならない」
と明記されている。
日本馬術連盟はこの件でどう対処するのか、会場となる馬事公苑には冷房機器の設置の予定はないという。
私は日本馬術連盟へ冷房設備の設置を強く申し入れているが、望み薄だ。
一体何故この時期にオリンピックを開催するのか、それは莫大な放映権料を支払う米国のテレビ界の事情で、多くのプロスポーツがある米国で
他のビッグスポーツイベントと重ならない形で放映出来るのが7月末から8月にかけてだからという理由だけだ。
事実IOCにとって放映権料が財政の屋台骨である以上、米国メディアの仰せに従わざるを得ない。
然し、新国立競技場の工期が延びたり不備があれば、その頼みの綱の放映権料が支払われない恐れも多分に出てきた。
曾て、米国のメディア王と言われるマードック氏は近い将来間違いなくスポーツ大会やリーグはメディアが運営することになるだろうと
豪語していたが、正にその言葉が現実の姿となって表れてきた。
(3)天災
次に心配なのは地球温暖化等による集中豪雨による大規模水害の懸念と近い将来首都直下地震や南海トラフ巨大地震の発生と
それによって引き起こされる津波だ、間の悪いことに大会期間中は日本の台風の季節と重なっている。
1945年以降千人以上の死者行方不明者が出た巨大災害は12回起きているが最近特に日本全国で火山活動が活発化しており、御嶽山、
口水良部島、箱根、桜島、霧島連山の硫黄山と
矢継ぎ早に火山の噴火が続きその上富士山でも噴火したら東京の交通は完全に麻庫して、それこそオリンピックどころではない。
(4)サイバー攻撃
ロンドン・オリンピックでは約23億件のサイバー攻撃があり、5年後の東京では文字通り桁違いの攻撃が予想されるという。
そのサイバーセキュリティ戦略は果たして大丈夫なのだろうか。
(5)テロ対策
政府はテロリストの入国防止対策の一環として法務省入国管理局がテロリストとその関係者や協力者に特化した顔写真データベースを作成し
来日外国人の入国審査時に撮影する顔写真を紹介するシステムを導入するというが、28競技の行なわれる各競技場、
又スポンドフォロイ(休戦を運ぶ人)という意味の聖火リレーやマラソンの道路等テロの標的はどこにでもある。
そんな生温いことでテロを防止できることは到底考えられない。
(6)新国立競技場
新国立競技場は上限1550億円と調子の良い事を言うが、当初の予定を大幅に遅れて始まる工事、元々人手不足、建築資材高騰傾向の強まる中、
期間内に完成させるためには更なる多額な出費は容易に想像がつく。
さらに競技場の見直しは新国立競技場のみに止まらずオリンピック後も使用する恒久施設やオリンピック期間限定の仮設施設等
そのどれをとってみても整備費の見直しや新設取りやめなどの計画見直しが相次いでいる。その背景には新国立競技場同様、
整備費が当初と比べ大幅に膨張することが明らかになっている。
それを考えると馬事公苑の冷房設備は絶望的でその結果不参加の国もあると思う。
(7)エンブレム
この原稿を書いている時エンブレム撤回のニュースが飛び込んできたが、これも新国立競技場同様遅きに失するの感を否めず全世界に
大恥を曝した挙句これも多額の無駄使いとなるばかりかオリンピックの「スポンサー離れ」によりオリンピック委員会の台所はますます厳しくなり、
その付けは総て血税で賄われることになる。
私は2003年8月号の「馬耳東風」に、「五輪の未来はあるのか」と題して書いて以来、計20回にわたりオリンピックは世界の平和の為に
開催すべきであると書き続けてきたが、結局今回の東京オリンピックは総てが不充分の見切り発車となり、運営面、競技面に於いて
史上最悪のオリンピックの熔印を押されその上日本は莫大な借金を抱えるはめになるだろう。
「ケチ」の語源は「怪事」であり不吉な前兆、不詳の出来事を表わすというが、
5年後の東京オリンピックが無事に幕をおろすことが出来るか否か。次回は今から5年後10年後の赤字大国日本が果たして世界地図に
その名前が残っているか否か、そしてそれを防ぐには如何にすればいいか、について書こうと思う。
前日本賜術連盟理事
前日本近代化五種・バイアスロン連合会常務理事
前日本馬場馬術選手会名誉会長
以 上