傘寿の同期会
(2010年11月号)

3ヶ月程前、私の小学校の同級生から突然電話があった。又誰か死んだのかと思ったら私達が小学校を卒業してから 67年が経って大半の人が傘寿(満80歳)となるので、それを記念して同期会を開こうと思うので君にも一役買って もらいたいと言うのだ。
 面倒臭いから嫌だといったら、6〜7年前の同期会の際に配布した同期会の名簿の最初の頁に君が80歳になったら 目出度いから、ぜひ同期会をやるべきだと書いているという。
 そんな事を書いた覚えはないと言ったら早速その証拠の名簿が送られてきた。
 そこまでされては断るわけにもいかず、嫌々引き受けることにした。

そこで先ず前回の名簿を見てみると、1組から4組まで全員で234名のうちで今でも小学生の時と同じ住所に住んでいる 人は僅かに18名、そこで、取り敢えず懐かしい母校を見学してから徒歩で12〜3分の所にある源頼朝の妻の政子の創建 と伝えられている多摩川浅間神杜の結婚式後の披露宴会場を借りて同期会をすることにした。
 次に新しく名簿を作る関係から同期会の案内と出欠の有無を調べる為に返信用の葉書を郵送したところ108名が 死亡又は行方不明で出席者は57名ということになった。
 又、皆の思い出話しの種になるかと私達が過ごした6年間の年表を調べてみると、

 1年生−盧溝橋事件・日中戦争開始(S12)
 2年生−独、オーストリアを併合
 3年生−第二次世界大戦勃発
 4年生−日独伊三国同盟
 5年生−太平洋戦争勃発(真珠湾攻撃)
 6年生−東京初空襲
 卒業年−アッツ島玉砕・山本五十六戦死、雨の神宮外苑学徒出陣壮行会

 となっており正に我々の小学校時代は戦争に始まり卒業の年には敗戦色濃厚となっていた時代だったことがわかる。
 以前、最近の大学生の中には日本とアメリカが嘗て戦争をしたことを知らない者がいて驚いたという話を聞いた ことがあるが、やはり学校で自国の歴史をはっきりと正しく教える必要があると思った。
 滅びゆく民族とは

 1.自国の歴史を忘れた民族
 2.理想(夢)を失った民族
 3.全ての価値をもので捉え、心の価値を見失った民族

 だと言った人がいたが、これは私の持論でもある。
 自国の歴史を知らず、将来の夢と意欲を失い、心の価値を見失った今の日本はいずれ財政破綻して行政機能や 社会生活が麻痺して、どこかの国に巨額の借金をして、いずれその国の植民地となり世界地図から日本の名前が 消えるだろうと言づた人がいたが、当たらずと(イエド) も遠からずの感がある。
 それはさておき、今回の同期会は皆小学生の子供に返って非常に和やかに、そしてお互い話しに夢中になって 半分以上も料理や飲み物を残して大盛況のうちにお開きとなった。

ところが会の最後に一人の世話人が「次回は88歳の米寿の時にやろう」と言い出し、見たところ出席者の中で西村が 一番元気そうだから次も君がやってくれと言い出した。
 7回も手術をした私の身体があと8年間も持つかどうかわからないが、実は私がかつて仲人をしたお寺の住職に 91歳まで生きていないと与えてもらえない戒名を自分が考えて、その戒名を認知してもらっているから、 その時がきたら考えてみようという事で一件落着となった。
8年後にまだ生きていたら、やってもいいと思っている。
 唯、長生きの遺伝子のスイッチを入れる方法として1日千キロカロリー程度食事をしてストレスを溜めないこと だと言った人がいたが、一応元気で体も動き、ボケない秘訣は、

 1.体を動かす(歩く)
 2.指先を使う(指は脳の出先機関)
 3.よくおしゃべりをする(舌の運動)
 4.常に頭を使う
 5.外見を気にする
 6.好きな事をして楽しむ
 7.常に前向きに考える
 8.細かい事も他人に任せない

 とまあこの様なものだと思っている。
 彫刻を創り、毎月「コア」に拙文を載せて頂き、たまに馬にも乗り、毎月定期的に会社に行って数字を見ていると、 認知症にもならずまだ何となく生きていられそうな気もする。
 そして本当に肉体的にも精神的にも年をとって老衰のため徐々に食が細くなって口から食べる事が出来なくなった時、 高濃度の点滴や胃に管を通して栄養補給をする胃瘻(イロウ) 等によって無理やりに延命治療はせず自然に平穏に人生の幕引きは自分でやりたい。

この世で一番幸せなことは、精一杯生きて心安らかに最後を迎えられる事だ。
 職業には引退があるけれど、生き方に引退はないのだから、本当の寿命が来る迄は何としても現役でいたいと 切に思う。
 「生涯現役・臨終定年」その様な事を考えさせられた80歳の同期会であった。

以 上