この「馬耳東風」も今回で230号となり20年続いたことになる。
私の拙文を懲りもせずに掲載して頂いた日本設備工業新聞社に心より感謝している。
第1号は1990年の5月で、その表題は「馬の調教、女房の調教」というものだった。
今から半世紀前、私の結婚式に出席された昭和の
間垣平九郎
と言われた遊佐幸平
先生は、その祝詞の中で「西村、女房の調教は馬の調教と同じ気持でやれ」と言われ、同席されていた竹田宮殿下
(現JOC会長の実父)から、「遊佐君、そんな不謹慎なことを言ってはいけない」と。嗜められていた。
然し、金婚式も疾うにすぎた今日、つくづく女房の調教の方が何十倍も難しいと痛感している。
もっとも馬の調教は、まったくの新馬から私が手がけた馬が9頭、その外に調教の出来た馬に乗せてもらって私が馬から
調教されたのが7頭いるから女房もそのくらい乗り替えることが出来たら、口がきけるだけに女房の調教の方が簡単かも知れ
ないが、最早それは手後れである。
それはさておき、この「馬耳東風」を書かせて頂いた切っ掛けは、馬の事を書くという約束
で始まったものなので、今回は昔の日本の馬について書こうと思う。
毎週日曜日の大河ドラマを見ていると、戦国時代の武将達が颯爽と馬に乗って登場するが、実際
はそんなに勇壮なものではなかったように思われる。
何故ならば、当時の馬は現在の馬と比べて非常に小柄で、以前NHKの「歴史への招待」という番組で戦国時代の我が国の馬の
体高130cmのポニーに当時の武将が身につけていた鎧・兜・馬具及び武具等の総重量に匹敵する約45kgの砂袋を大学の馬術部の学生
の身につけさせて実験したところ、最初はかろうじて駈歩(ギャロップ)が出たもののすぐに速歩(トロット)になり、結局1.5kmし
か走ることが出来ず10分後には気息えんえんとして辛うじて歩くのが精一杯となった。
従って、侍大将が「吾に続け!」と槍や鉄砲をかついだ雑兵や足軽を従えて駈け出しても、結構足軽達は御主人様の横で走ることが
出来たばかりか、敵と交戦する頃には大将は、遥か彼方にとり残されてしまい、止むを得ず大将は馬上にスックと立ち上がり
大音声で「やあやあ遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ、吾こそは…」ということになったのだ。
今から50年程前、鎌倉の材木座でおびただしい人骨と馬の骨が発掘されたが、それは今から670年前の元弘3年、新田義貞が戦った
古戦場で、その馬の骨によって当時の馬は体高140cm弱、体重280kg前後だったことが判明した。
因みに源義経の愛馬青海波は141cm、鵯越
の畠山重忠の馬は141cm、280kgだと伝えられており、従って重忠が馬の前肢に肩を入れて急な坂を下り
たことも可能だったと思われる。
又、時代はくだり、明治天皇の愛馬「金華山」は145.4cmで、その剥製が現在、神宮外苑の聖徳記念絵画館に残されているが、
今から僅か130年前の明治11年、パリ万国博覧会が開催された折、時の内務卿、大久保利通は我が国古来の2頭の馬
を出陳させた。
これは我が国は古くから世界に誇る馬の産地であり、なかでも木曽義仲と鎌倉軍との宇治川の合戦の「いけずき・するすみ」の
古事もあることから、自信をもって和種馬2頭をパリに送った。
果せるかな、その2頭はヨーロッパ人の注目の的となり、買手が殺到し、已むを得ず万博終了後2頭ともフランスに寄贈する
こととなった。
我が国では、これぞ全世界に日本の馬の優秀性を立証出来たと大満足であった。
ところが実情はまったくその逆で、当時のフランスの新聞によると、「この生き物は馬に非ずして猛獣なり、我が欧州にては
今から150年前まではこの種の馬を遺存せしが、今は絶滅せり、是れ真に動物学上有益な研究資料なり」と評され、改良を
施されていない世界の珍獣として注目されたことが判明、この2頭は結局パリ動物園においてその天寿を全うした。
又これと同じようなことは今から110年前の北清事変(中国の秘密結社、義和団の乱)の時、一緒に戦った米・英・露・独・仏・オランダより、
日本軍は馬のような格好をした猛獣に乗っていると酷評された。
たしかに当時の軍馬は未調教の上、去勢されておらず気性は荒く、音に驚いて兵隊達を大いに手古摺らせた。
その事態を憂慮した明治天皇は勅諚(天皇の命令)によって日露戦争の最中、国家的事業として
馬匹改良に着手し、馬政局を新設して優秀な輸入洋種馬と
在来の和種の交配により今日のような立派な馬が生産されることとなった。
以来、今日まで天皇の勅諚が行なわれたという話しは聞いたことがない。
最近の政治家達のドタバタ劇を見るにつけ、少なくとも「民」の字の付く政党なら、「国民の為に一致協力して日本国民の為に働け」
等という勅諚がほしい処だが、これは現状では無理というもの。
いずれにしても万博の馬のように世界中の笑いものにならぬよう今の政治家達に頑張ってもらいたいものだ。
以上
(武市銀治郎著「富国強馬」参照)