矜  持(きょう じ)
(2008年10月号)

つい1週間ほど前、孫娘が大学受験の為に論文を書かねばならないが、なかなか良い考えが 浮んでこない、と相談に来た。
 どの様な題だと聞くと、「矜持について述べると同時に、矜持の精神を持って生きた人物を小説の中から選び、 その生き方について論ぜよ」という。
 78年間も生きてきて、恥ずかしながら私は「矜持」という熟語の意味を漢然とは知ってはいたが 矜持について論文が書ける程明確に理解してはいなかった。
 早速「広辞苑」を引くと、「自分の能力を信じて抱く誇り、自負、自分の仕事や才能に自信や誇り を持つ事」とあった。
 瞬間私は満18才になったばかりの女の子に、どうしてこの様な難しい論文を書かせるのか、学校の先生の気が知れない と思ったが、取り敢えず頭に浮んだ小説の主人公は何故か人道主義的、理想主義的な人世観を基調にした作風の小説家、 山本有三の「路傍の石」の愛川吾一だった。
 それは、貧しさの故に中学校に行かせてもらえないと半ば自暴自棄になって汽車の来る鉄橋にぶら下がって死にかけた 吾一に、担任の次野先生が言った言葉を思い出したからだ。

 「吾 一というのは、我は一人なり、我は此の世に一人しかいないという意味なんだ、愛川吾一というものは此の広い世界に たった一人しかいないのだ、一生ってものは一度しかないんだぜ、人生は死ぬことじゃない。生きることだ、自分自身 を生かさなくってはいけない。たった一つしかない自分を、たった一度しかない一生を、本当に輝かし出さなかったら、 人間、生まれてきた甲斐がないじゃないか」。「いいかこの言葉を忘れるんじゃないぞ」。
 あまりにも有名なこの小説は、昭和12年から「朝日新聞杜」と「主婦の友」に連載したもので、貧しい生まれの少年 吾一が、苦難に耐えて誠実にそして誇りを持って強く生きる姿を描いたものだが、作者は当時の官憲の圧力を嫌って 「ペンを折る」という一文を残して未完のままで終わっている。
 作者はその後の吾一にどの様な人生を歩ませたかったのか何とも惜しい話しだ。

いずれにしても、先生がこの「矜持」について書かせることで何を学ばせたかったのか、子供達に自分の持っている能力と いうか、他人にはない才能を再発見させたかったのか、定かではないが、自分自身の掛け替えのない個性に気付いて、 その個性を深く見つめる事が、つまるところ自分自身を知ることになり、そのことは子供達にとっても決して無駄なこと ではないと思う。
 ここで又私は「路傍の石」の中で学校を馘首された次野先生が吾一に言った言葉を思い出す。
 「学校ってものは身体と身体のぶつかり合う処だ。先生の魂と生徒の魂とがぶつかり合う道場だ、それで初めて生徒は 何ものかを体得するのだ。一生忘れられないものを身につけるのだ。そうでない学校なんて学校じゃない。人 間のはきだめだ」。
 「大体今の学生は忘れる学問ばかり有難がって、みんな忘れてしまうくせに、そんなものを、やたらと詰め込もうと 思ってやがる」。
 「矜持」という題で論文を書かせることによって、先生と生徒の魂のぶつかり合いを真剣に考えていたのだとしたら、 今時珍しい先生だと誉めてやりたい気分だ。
 恐らくその先生は「お食事券」ならぬ「商品券」を送って教員の採用試験に合格しよう等とは夢にも考えた事は なかったろう。
 然し、この処毎日の如く報じられる大分県の汚職事件を見るにつけ、教育界の構造は昨日や今日に始まったことではなく 日本全国至る所で行われていたに違いない。
 この世界はそうしたものなのだ、皆が一般常識としてやっていることなのだ、と心が麻痺して「慣れっこ」 (習慣、慣習)になっているのだろう。
 然し、この様な風習は何も教育界だけのものではなく、いろいろな世界で大手をふって一般常識として通用しているもの なのだ。
 然し、子供達の未来を預かる教育現場での出来事としては事が重大だ。
 慣れるとは心を貫くと書くが、それが獣偏(けものへん) の「()れる」となると人間以下の畜生道に落ちることを意味する。
 せめて教育者ぐらいは畜生道に落ちてもらいたくないものだ。

以前、ノーベル賞を受賞した女性の科学者が、「人は何があっても自分の才能をないがしろにしてはいけない、 その才能はいつかきっと心の楽しさを与えてくれる」とテレビの中で言っていた。
 自分の才能を伸ばしたいと願うことは大切だが、雨の日も風の日も、熱があっても学校の試験の時でも、この数年間 一度も休まずに往復2時間かけてバレー学校に通い続けている孫娘の筋肉と骨と皮ばかりの姿(野菜と海藻類しか受け付け ない身体になっている)を見るにつけ、この「矜持」の論文に「路傍の石」をとりあげて、次野先生の言った言葉 「人生は死ぬことじゃない、生きることだ、たった一度しかない一生を本当に輝かし出さなかったら人間、生まれてきた 甲斐がないじゃないか」。を我が事として真剣に考えてくれたらと願う一方、何とも複雑な心境だ。
 仏教では「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」 と言う。
 即ち、一切の生きとし生けるものは(ことごと)く 仏性(個性)を持っている。つまり人間一人一人はそれぞれ、掛け替えのない命を仏様から授かって、この世に 何らかの役割、使命を持って生まれてきたのだ。
 犬や猫ではなく、人間として厳然として存在している事実こそが素晴しいことなのだ。
 人間はいずれは死ぬ、だから生きているうちこそ自分に出来るだけのことを精一杯やって自分らしい悔いのない人生を 送れたら、それが仏教でいう「成仏」というものなのだと思う。
 人生の幸福とは貧しくとも吾一の様に常に目を輝かせて生きる事だ。常に自分に忠実に、死ぬまで自分自身を 誤魔化さずに生きる事が大切なのだ。
 特にこのことは一心に自分探しをしている少・青年期には大事な事であり、その点「矜持」を選んだ先生に改めて 敬意を表したい。

私もこれから先、末期高齢者とは言え、見えたての「矜持」の精神を自分流に (はぐくむ)むとしよう。
然し、私の納音(なっちん)(運命判断の一つ)は「 庚午(かのえうま)路傍土(ろぼうど)」であり、私はどうやら路傍の石ならぬ路傍 の土になる運命のようだ。
 因みに、酒に溺れ、家を捨て行乞流転の日々を一行の句に託した「 山頭火(さんとうか)」も、伝統俳句に抗し て自律俳句を提唱し、後に芸術院会員になった「 井泉水(せいせんすい)」と言う名前も私の「路傍土」 と同じ納音だということと、そして孫娘もまた私と同じ「庚午・路傍土」だということを付記しておこう。

以 上