8月22日、第89回全国高校野球選手権大会は、地元中学校の軟式野球部出身者のみで結成した佐賀県立佐賀北高校の
劇的な優勝によってその幕を閉じた。
即ち、全国4,081校の頂点に立ったのは、特待制度や野球留学とは全く無縁の高校で、全国376校もの高校が
中学時代から硬球に慣れ親しんだ野球エリート約80,000人の選手に学費免除等の待遇を与え、野球づけの選手を
擁した野球の名門校は総て佐賀北高校の軍門にくだった。
それを知った佐賀商の元監督は、「普通の子でも頑張れば優勝できる、佐賀県でもどの県でもやれる事を証明して
くれた」と皮肉たっぷりのコメントを残し、23日のある新聞は「特待制度無縁」と大見出しで書き立てた。
考え様によれば、高校野球とは、普通の子どもが平日僅か2〜3時間の頑張りで全国制覇が出来る程度のレベル
なのだと言えなくもないが、私の70年間に及ぶ馬術競技生活を通じて言えることは、運動に限らず何事でも下手な
指導者についたが最後、やればやる程下手になると言うことだ。
スポーツでは後進国の日本は真のスポーツとは何か、スポーツはどうあるべきか、という理解も無く、又議論もされない
まま唯々欧米の尺度に合わせることに専念した緒果、多くのスポーツ関係者達はやれ「五輪だ」やれ「ワールドカップ
だ」と言って勝利至上主義に走り、マスコミも又その尻馬に乗って、やれ「○○王子」等と面白おかしく書きたてる。
現在の特待制度とはカネによって中高生を間違ったスポーツの世界に引きずり込み商業化に利用する以外の何物でもなく、
又学問の府としての自信のない高校は生徒達の活躍がメディアによって宣伝されることで校名をあげることに汲汲とし、
結果的に生徒や父兄達にカネが稼げるという魅力をアピールし、その心理を巧みに利用しているにすぎない。
それらの高校の実情はスポーツが出来るだけの生徒を集め、競技以外に何も教えられない教師が
「スポーツ馬鹿」を量産している様に思えてならない。
一部エリートの影に隠れて何十万、何百万人のエリートになりそこなった生徒や、又競技者としての短い生命を終えた
者達の、その後の人生をどう生きるかという教育を真剣に考える教育者はいない。
以前、関東高校馬術連盟の会長をしていた時、関東88校の馬術部の部長達にその事を言い続け、今から10年前の「コア」
にも詳しく書いた記憶がある。
馬術選手として70年に及ぶ私の人生の中で親子ともどもオリンピックや世界選手権を目指し続け、結果的に若者の
大切な一つしかない人生を無駄にしてしまった人達を私はあまりにも多く見過ぎてしまった。
敢えて言う。高校の特待制度は、あくまでも品行方正で学術優秀な中学生にこそ適用すべきなのだ。
曾て私はこの「コア」に何回も書いているが元来
学校とはその語源を「孟子」に由来し、学校の使命はあくまでも
1.知育……知的認識能力を高めることを目的とする教育
1.徳育……道徳面の教育
1.美育……美の鑑賞と創作の能力を養うことによって人格を向上させる教育
であり、以上3つの教育を満足に学ばせる為に学校として「保健体育」が加えられたのだ。
それでは「体育」を岩波書店の広辞苑で見てみよう。
「体育」とは健全な身体の発育を促し、運動能力や健康で安全な生活を営む能力を育成し、
人間性を豊にすることを目的とする教育とある。
日照時間の少ない欧州では健康を維持する上で戸外に出て日光を浴びる必要もあり、又国が貧しくて必要な栄養が
得られない国ならいざ知らず、少なくとも現在の日本では常に食物によってバランスの良い栄養を得ることが出来、
何も殊更スポーツ等やらなくても日本人は充分に世界の最長寿国の地位を保つことが出来る。
暴飲暴食による肥満解消の為の運動等論外である。
千葉県の白井と云う所に日本中央競馬会の
騎手を養成する競馬学校がある。
その学校では将来騎手を目指す中学卒業生に騎手として必要な乗馬は勿論、馬学、飼育管理や健康管理の方法・装蹄等々、
馬に接する上で必要な知識を充分に身につけさせる外、社会人として立派に世問に通用する教育を授け一人前の
プロ騎手としてデビューさせている。
勿論、地方競馬にも白井と同じような施設があり、競馬の世界では競馬学校の卒業生以外には絶対に騎手になることは
出来ない。
野球も高校で素人に毛の生えた程度の指導者の下で野球漬けの無駄な日々を送らせるより、むしろ野球学校を創って
将来見込みのありそうな中学卒業生を入れて一流のコーチのもと徹底的に野球を仕込み、各球団に配布したらいい。
勿論その学校の講師には日進月歩の野球技術に対応出来るように、現在世界で活躍しているイチローや松井
のような一流選手になってもらい、間違っても過去の遺物の如き人達になってもらっては困る。
そうすれば少なくとも現在の目本の野球のレベルもあがり、より面白い野球を見ることが出来ると思う。
私は常々高校出の選手の何人かが高校卒業後すぐにプロ野球の世界で通用することに疑問を持っている。馬術の世界では
学生馬術と少なくとも全日本クラスとでは次元が全く異なり、学生馬術の延長線上にグランプリ馬術は存在しない。
文部科学省は来年度から3年間で小中学校の教職員を約21,000人増員する計画だという、どうか知育・徳育・美育を
義務教育期間中にみっちりと教えることの出来る教職者を採用して頂き、学校での体育はあくまでも保健体育に止めて
頂くことを切に願うものである。
作者略歴
(2001年度馬場馬術世界ランキング82位:元関東高等学校馬術連盟会長)
以上