経 営 哲 学
(2006年4月号)

  20 年前に建てた軽井沢のアトリエに今年の冬も調子良く動いていた小型の石油暖房機があった。
 「あった」と書いたのは、その暖房機が今話題の、あの松下電器の製品で、今年2月に取り外してもらったからである。
 去年の暮れから松下電器のテレビの商品コマーシャルに「おわびとお知らせ」が頻繁に流れだしたと思ったら、新聞や チラシにも毎日の様に20年〜14年前迄の松下の特定の暖房機は事故に至る危険性があるので、該当する機種を御使用の方は ぜひお知らせ下さい。対象製品はお客様のご要望に応じ一台5万円でお引取りさせて頂きます、と言う意味の記事が報道され 出した。
 あげくの果てには対象製品の写真と品番まで詳細に印刷されたものが「松下電器の心からのお願いです」という配達地域指定 冊子小包で舞い込む始末。
 後でわかったことだが、その宣伝告知や回収費用は、ざっと2,400億円だという。
 その機種の写真を見ていたら、何となく軽井沢の暖房機とよく似ているので、彫刻の道具を取りに行ったついでに調べて みると、正にそのものズバリ。

寝室にある暖房機なので、やっとこの年まで生きてきて挙げ句の果てに古女房とガス心中なんて真っ平御免とばかり早速 松下電器に電話をしたら、すぐに地元の工事屋をつれて松下の社員が飛んで来た。
 そして気の毒なくらい恐縮しながら機器を取り外し、給排気管の穴をきれいに塞ぎ、宣伝通りに5万円を差し出した。
 年に数回しか使用しない暖房機とはいえ、20年間も使ったのだから取り外してくれただけで充分だと言ったが聞き入れない ので、一体この機器の保障期限は何年なのだと聞くとlO年だという。
 それなら、あれだけ宣伝告知したのだからお金を返すのは保障期限内のものだけにして、古いものは取り外すだけでいい ではないかと言うと、これは会社の方針ですから、どうしても受取って下さいという。

そこまで言われては、お金は幾らあつても邪魔になるものではなし有難う御座いますと頂くことにした。
 そのかわり出来るだけの御馳走をして帰りにはお土産を持って帰って頂いた。
 小なりと言えども一応空調機器の販売も手がけている会社の会長としては、いろいろと聞きたいこともあったので、 一緒に昼飯を食べながら今回の件に関して話を聞くと、今迄に何軒も機器を引き取りに行ったが、中には5万円では不足 だとか、ちゃんと新品を取りつけてくれと言ってきかない人が何人もいたという。
 金だけに生き甲斐を見出している経営哲学なき経営者や役人達の姿を見るにつけ、或いはこれが日本の現実の姿なのかも 知れないと何となく(ムナ)し い気持ちになってしまった。

最近の新聞やテレビニユースを賑わしている様々な醜い事件を思いつくままに挙げてみると、
 1.ライブドアの堀江前社長
 1.東横インの西田社長
 1.耐震強度偽装関連の姉歯元建築士、ヒューザーの小嶋社長、総合経営研究所の
   内河所長、木村建設の社長
 1.悪質なリフォーム会社の経営者達
 最も許せないのは
 1.天下り待ちの防衛施設技術協会に一時的に席を置き2年間も高給をとった挙句
   に大手ゼネコンや設備会社に再就職して官民力を合わせて過去何十年にもわた
   って官製談合を繰り返して私腹を肥やし、国民の税金を無駄遣いしていながら
   悪いとも思わず又絶対に捕まらない政治家や役人達。
 運悪く捕まった者達は一応神妙に手に数珠等を持ったり、涙を流したりと役者顔負けの名演技はするものの、人の噂も 何とやら、(ホトボリ)が覚めれば何 食わぬ顔をして氷の海の中からぬっと顔を出すオットセイよろしく臆面もなくしゃしゃり出てくるのも彼らに罪の意識が まったく無いからだ。

然し、私は先の松下電器の社員と話しをしながら、幾度も幾度も松下電器の創始者、松下幸之助の顔が頭に浮かんだ。
 企業には企業としての哲学があるはずだ、従業員の態度一つをとってみても、そこに松下幸之助の人間学を土台にした 彼の経営哲学が立派に生きていると思った。
 私の書斎の本棚には大久光(ダイヒサミツ)著の3冊の本が並ん でいる、「松下幸之助一事一言」「続・松下幸之助一事一言」「松下幸之助有人憂語」である。
 今から2〜30年前に書ふれたそれらの本は、常に私の座右の書として、いたる処に頁の折り返し とサイドラインが引かれている。
 ここに松下論語の一部を拾ってみよう。
 1.社会的責任のない企業は亡びる。
 1.仕事そのものが世の中の為になるという場合には金は自然とついてくる。
 1.資本も事業も社会からの預かり物である、それを正しく経営し発展させ社会の
   発展と人びととの生活の向上に資するのが、(マカ)さ れた者の責任である。このよ
   うな考えをおし進めていけば、事業を私するような心はおきない。消費者の利
   益のお裾分(スソワ) けとしての正当な利益を確保することは企業にも許されるはずであ
   る。
 1.税金が国民の将来の発展の為に有効に使われていると思えば我慢もするが、現
   在の国会や地方の議会でも見られるように果たして真剣に国家、国民のために
   やってくれているのかどうか、ということを疑わざるをえない状態では、税金
   の高いことが身にしみる。
 1.事業経営において、たとえば技術力も販売力も資金力もそして人も大切だが、
   一番、根本になるものは正しい経営理念である、それがあって初めて人も技術
   も資金も真に活きてくる。
 1.困難に遭遇したとき、どう考えるか、どう処理するか、それによってその人の
   幸不幸、飛躍か後退かがきまる。

松下電器産業の3月期連結業績予想は石油温風機事故についての宣伝告知や回収費用を差し引いても営業利益は15年ぶりの 高水準の4,000億円、最終利益予想は1,300億円という。
 松下幸之助、万歳。
 彼はきっと天国で「してやったり」と北曼(ホクソ)笑ん でいることだろう。