求不得苦(グフトック:欲しいものが手に入らぬ苦しみ)
(2005年11月号)

約30年前から荏原製作所の代理店をやっていた私は、ある事情から会社を縮小し、現在では従業員十数名の空調機器の メンテナンス専門の会社の会長をしている。
 不特定多数の得意先に空調機器を販売するのとは違い、親会社からの要請によってメンテナンスを行う会社は、毎月の 売上も大体安定しており不渡りの心配もなく、私は月に4〜5回会社に顔を出して資金繰りや売上状況を見る程度で、仕事らし い仕事もせず「貴方の職業は」と聞かれても○○株式会社の会長ですと言うのは何となく面映ゆい。
 従って、いろいろな会の名簿の職業欄に馬術家、彫刻家、エッセイストと書くことにしている。
 そして人から「貴方の趣味は」と聞かれれば、やはり馬に乗ること、彫刻を創ること、そして文章を書くことと答えている。
 つまり私は趣味を半ば職業として生活していることになり、その様な私を友人達は「お前は幸福な男だ」と言ってくれる。
 そして私も又、その点については健康面を除き今の境遇に可成り満足して有難いことと思っている。

然し実際40年近くも会社の中で自分を押し殺して働いてきた人達にとっては、仕事を趣味と思っている人以外、自分の好きな ことを見つける機会はなかなかむずかしいに違いない。
 又仮に好きなことを見つけたとしても、それを実行に移すとなると、健康上の問題や時間の制約があって、心ならずもそれを 実行出来ずにいる人も多いと思う。
 然し、好きなことの総てが健康でお金がかかり、又時間をとられるものばかりとは限らない。
 私の場合、たまたま馬好きの親戚のお兄さんが近くの乗馬クラブにつれて行ってくれたのが切っ掛けで、慶應の中学の馬術部 に入り、以来高校・大学と戦争中も途切れることなく馬に乗り続け、卒業後も馬の魔力に取り懸かれてしまったにすぎない。
 そして満60才の時、心臓病に罹り馬に乗れなくなったので止むを得ず馬の彫刻を創り、友人にすすめられてエッセイを書くよう になったのだ。
 それでは、果たして私の人生が人様の言うように本当に幸福なものかと言うと、私にはどうもその様には思えない。

例えば馬術競技に優勝する為の努力は外のスポーツ選手同様血の滲むような努力なくしては達成し得ず、又その努力の甲斐なく 負けた時の悔しさ空しさ惨めさはそれを味わった人間でなければ絶対に理解できないと思う。
 又彫刻にしても山本周五郎の小説「虚空遍歴」の主人公、中藤沖也ではないけれど、絶対という完成のない彫刻の世界に生きる 人間には安息も安住の地も存在しないのだ。
 要するに彫刻の世界は鬼の世界であり、常に虚空を遍歴して決して休むことの出来ない死ぬまで苦しみ続けなければならない 世界だと知りつつ、それでもなお止むに止まれず、のめり込まずにいられない誠に因果な世界なのだ。
 然しその反面、馬術大会で優勝したり、自分の創った彫刻が我ながらなかなかよく出来たと思える時もたまにはあるのだが、 それとても次の瞬間何とも言えない物足りなさと失望感におそわれるのが常である。

要するにそれは四苦八苦の一つ「求不得苦」、こんなはずではなかったという気持ちなのだ。
 又馬術にしても家に飾ってある優勝カップやリボンを見るにつけ何故あの時もっと上手に乗れなかったかという後悔ばかりが 頭に浮かんでくる。
 その上60年間も馬に乗り続けた為に、今迄に6回もの手術を余儀無くされ、実際私の身体はぼろぼろになってしまった。
 然し幸か不幸か私はそれらの苦しみを次なるエネルギーにかえようと頑張り続けたことが「習い性」となって常に後から自分で 自分の尻を鞭でたたき続けなければ気の休まらない変な性格になってしまった。
 唯、人間が生きてゆく為の原動力には、いろいろなものがある様で、所詮はいかに今を退屈しないで過ごそうかということに すぎない。
 例えば勉強をして良い会社に入りたいとか、金儲けをしようと血眼になったり、芸術的なことに少々手を染めたりとそれも 皆人生の一人芝居を演ずる上の退屈しのぎなのだ。

けれどそれらの退屈しのぎにやつてきた事は、考えようによれば一人芝居の舞台の上の大道具・小道具にはなるように思う。
 何一つない殺風景な舞台で演ずる一人芝居より、お粗末な手造りの大道具・小道具でも、それがある方がいくらかはましの ような気がする。
 常に「求不得苦」だと嘆いていた私でも、そう思いなおしてみれば満更でもないと思ったりするものだが、然しやっぱり  『山のあなたの空遠く 「幸」住むと人のいふ、噫、われひとと尋めゆきて 涙さしぐみかへりきぬ 山のあなたになほ遠く  「幸」住むと人のいふ』 上田敏、という事になるのだ。
 「人生は旅だという、その旅は自然に帰る旅なのだ、そして帰るところのある旅だから楽しくなくてはならないのだ、もうじき土に 戻れるのだ おみやげを買わなくていいか」 高見潤。
 帰る処があり私の帰りを待ってくれている人がいるから人はお土産を買って帰る気になる。
 けれど自然に帰る旅、土に帰る旅のお土産はコケシやわさび漬ではない、私は此の世への置き土産を何とか創りたいと 思っている。それは或いは私の彫刻かも知れない、そしてそれは、そのままあの世へのお土産にもなるような気がする。それ ならば尚更良い作品を創ってみたり、そこに又「求不得苦」が顔を出す。

その様に私は彫刻に関して常「求不得苦」に悩まされ続けているのだが、それでもまだ求めるものがあるだけ幸福なのかも 知れない。

  いつ死ぬる ()()()いておく

種田山頭火

 つくづく山頭火を憎いと思うのだが、それが此の世の置き土産となるか又はあの世への手土産となるのか、やはり私は これからも好きな彫刻を創り続けたいと思う。
 好きな事なら長続きもするし苦しみの度合い若干軽いはずだ、又退屈しのぎにもなるというもの。

  “なすことの一つ一つがたのしくて

命がけなり遊ぶ子供ら”
楢崎通元老師

 つくづくもう一度子供になりたいと思う。