3月末から約1ケ月間かけて、恐らく我が生涯の最後になるであろうと思われる引っ越しをする決心をした。
唯、引っ越しといっても今私の住んでいる2階から、娘達が暮らしている1階に引っ越すだけの事なので造作はないと
高をくくっていた。
ところが、いざ取りかかってみると空き家に物を運び込むのとは違い、先ず1階の主だった家具類を玄関前の広場や
ガレージに運び出し、それから2階のものを1階に搬入するという具合で、すこぶる能率が悪い。
止むを得ず1階と2階のピアノの入れ替えだけは業者に依頼したが、あとは全部家族だけでぼつぼつやればいいと思ったのが
大きな間違い。
一旦手をつけると、外に出した家具等は夜露や雨に濡らしては具合が悪いので一気呵成にやるしかない。
かくして一応家族全員が各人の部屋で自分のベッドで寝られるようになるまでの10日間というものは総てコンビニの弁当で
食いつなぐ羽目になってしまった。
その間、唯一人の男性として重い物の搬入搬出を一手に引き受けた私は、心臓弁膜症からくる息切れに加え、以前から
悪かった脊椎間狭窄症が更に悪化し、疲労困億はその極に逢した。
然し、その拷問の日々も遂に一段落し、やっと1階の風呂にゆっくりとつかり、ぐっすりと寝た次の日、洗面所で髭を剃ろうとしたら、
やけに頬がヒリヒリと痛く、目も腫れぼったくて痛痒い。
ちょうど世間では花粉症が大流行で大騒ぎをしていたが、75年間一度も花粉症になった事がないので、何か外のものにかぶれた
のだと思い売薬を塗ってみたが一向に良くならない。
家族の者は当初から花粉症に間違いないと云い、私もそうかも知れないと思う様になってから数日、ついに堪え切れなくなって
皮膚科の病院に行った処、待合室はおろか、廊下や階段にまで患者が溢れている。
約2時間半待ってやっと顔色の悪い貧相な若い女医さんの前に坐ったら、いきなり人の頬を爪でひっかいて、赤く燭れた皮に
白い線が浮んでいるから貴方は立派な花粉症だと断言し、塗り薬を渡すから2〜3日つけてみて治らなかったら又来なさい、
はいお次の患者さん、と誠に素気ない。
その間約1〜2分、あまり生意気なので、花粉症が大流行で先生も大変ですねと嫌味を言って渡された処方箋を持って病院から
数百メートルも離れた薬局で4〜5回塗ったら無くなりそうな小さなプラスチック容器に入った塗り薬を受けとりやっと家路についた。
早速薬をつけてみたが、その日も次の日も症状に変化はない、癩にさわったから病院に抗議しようかと思っていたら良い塩梅に
1週間程してどうやら元の顔にもどることが出来た。
それから数日して定期的に毎月通つている心臓の先生の処に行って花粉症の話をしたところ、それはおかしい、何か最近環境に
変化はありませんでしたかと聞かれた。
そこで引っ越しの事を話すと、原因は恐らくそれでしょうと早速血液をとって調べてくれた。
なにしろ娘達の処では犬が2匹とペレットの夫婦が1組、そのうえ地下室には大量のネズミが
跋扈していて、家具をちょっと動かしてもボヤッと埃
が舞いあがる始末。
案の定検査の結果、埃の中のダニの仕業だと判明した。
然し、自分でも花粉症だと思い込み苦しみ続けた約半月の間、私は会う人毎に政府の花粉症対策の無策振りを声を大にして
非難し続けた。
特にゴールデンウィーク中、馬事公苑主催の馬術大会の際には貴賓室にいた農水省の役人(馬事公苑は日本中央競馬会の
所轄で農水省の下部団体)を相手に、花粉症対策の怠慢を烈しく詰った。
曰く、「恐らく農水省のお偉方は薬品会社や空気清浄機メーカー等の花粉症関連企業から多額の賄賂をもらっているに違いない、
最早、分け入っても分け入っても青い山等と暢気な事を云っている場合ではない。聞く処によれば、すぐにでも市場に出荷出来る
林道脇の間伐材が採算がとれない為に放置されていて、山の手入れはまったくされておらず、若い木があふれかえっているとい
うではないか、人間社会で云えば子供達が養育放棄されているのと同じ事だ。今すぐ何らかの対策をこうじない限り来年は今年
以上に杉や檜の花粉の大量飛散がおこる事は間違いない」と。
それなのに文部科学省は今年5月12日、国内の専門家約250人による予測として、今から25年後
の2030年までには科学技術の進歩によって花粉症はおさまるという。
これから25年間も日本国民は毎年花粉症に脅かされながら、じっと我慢しろというのだ。
ふざけるのも好い加減にしろといいたい。
今の国会議員達は、これから25年間は賄賂を受け続けて、その後は議員をやめるかあの世から迎えが来るから正に好都合だと
考えていることだろう。
花粉症関連企業から賄賂をとるのは勝手だが、自分達だけ良い顔をして何の役にも立たない外国に国民の稼いだ大切なお金を
ばら撒くのをやめて、50万とも100万人とも云われているニ一トや、東京の渋谷や大阪の梅田あたりで尻をべったりと地面につけて
1日中何もしない若者達に、それ相応の日当を与え、宿舎と食事を用意して森林の整備にあたらせる事だ。
自分達の整備した美しい森の中で良い空気を胸一杯吸って、肉体労働の後の心地良い疲労感と、社会の為に役に立ったという
満足感を次の時代を担う若者達に体験させることは決して無駄ではないと思う。
然し、血液検査の結果、花粉症ではないと判明した以上、私にとって花粉症等今はどうでも良いことになってしまった。
唯、これから先25年間も花粉症で悩み続けなければならない皆様に対し、心よりお見舞い申し上げる次第である。
(一部毎日新聞5月の余録引用)