減点法
(2002年10月号)

今年の6月、私は世界最大の国際馬術大会を見に、カール大帝の威光をしのぶドイツ北部の古都、アーヘンに行った。
 主な目的は来年3月を皮切りに、ベルギー、オランダ、ドイツ、ルクセンブルグと続く私の馬の彫刻展の打合わせの為なのだが、 さすがドイツは馬術の本場だけあって、アーヘンの町は世界各国からの観戦者でふくれあがり、土、日曜日の入場者数は一日約5万人と 発表され、町全体が馬術競技一色に染まっていた。
 おかげで私は個展の打合わせもそこそこに、まる4日間というもの世界最高の人馬が繰りひろげる人馬一体の妙技に酔い痴れることが 出来た。

馬術競技の主な種目は、大障碍飛越競技、馬場馬術競技、そして野外の障碍飛越に主力をおく綜合馬術競技の三種目だが、その三種 目の採点方法は、すべて「減点法」によって行なわれている。
 然し、馬場馬術競技を除く二種目は、例えば障碍物をこわしたら4点減点、飛ばなかったら3点滅点という具合で素人にも比較的採点が 容易だが、馬場馬術競技だけは5人の審判員の主観による採点となっている。
 従って不幸にも、たまに解釈の違う審判員が一人でもいると、紙一重の技術を競っている選手の順位が大きく変わって しまうことがある。
 その上、最近では各自の馬が持っている雰囲気やリズムに合わせて編曲した音楽をテープにとって、その曲に合わせて演技する 自由演技(キュアー)が主流になった為、観客には楽しいものになったが、反面一般大衆には「技術点」に「芸術点」 が加味される為、わかりにくい採点となってしまった。

元来、「美しさ」というものは個人個人の見解の範疇の問題であり、その美しさに順位をつけるということには可成りの無理がある ように思う。
 各選手の技術力のみに焦点を絞って採点する「技術点」なら、異なった国の5人の審判員にあらかじめ統一的見解を持たせるべく 審判員講習会等を通じて或る程度採点基準を統一させることも可能だが、技術点に加えて芸術点まで加味することになると、審判員の 芸術的、美的センスが問われることになり、たまに選手と審判員の確執が生ずるケースも発生する。
 冬季オリンピックのスノーボードの採点やフィギュアースケートのメダル問題等は、国と国との面子(メンツ) 問題以外に統一的採点基準のむずかしさを露呈した、いい例だと思う。
 従って、審判員の主観によって点数や順位を決める馬場馬術競技では、選手の演技終了後、審判団はその採点用紙を選手に提示し、 選手に採点理由を説明し、納得させることを義務付けている。
 又、私自身審判員の立場に立って考えてみても、今の処自分の心に明確な採点理由を説得する為には、どうしても技術的にみて減点法を 採用する以外に今の処適当なものが見当たらないのも事実である。

世界各地のいろいろなところで開催される多種多様なコンクール、学校の入試、会社の採用試験、サラリーマンの出世レース等々、 これらは総てこの「減点法」によって採点されている。
 更に不幸なことに世間一般では馬場馬術競技のように、あとで採点理由の説明もなく又再挑戦の機会を与えられることもないまま 泣き寝入りしてしまうケースが多い。
 いつの頃からか人類は数字の発明によって、学校の成績やコンクールの成績は学校の先生や審査員の減点法による採点の結果、本人の 意志や希望に関係なくその後の人生まで変えざるを得ないことになる。
 更に悲しいことに、自分本人でさえ無責任な審査員や学校の先生のつけた採点が、あたかも自分自身の正しい評価であるかの如く 思い込んでしまうことである。

かくして第三者の無責任な減点法によって左右されがちな貴重な自分の人生をなんとか無事に泳ぎ切りたいと願うあまり、人はミス をおかすことを恐れ、人生の冒険を避けるようになってしまう。
 出来ることなら、第三者の減点法による採点等に惑わされることなく、自分自身の力を正しく評価し、自ら正しいと信じた事に勇敢に 挑戦すべきではないだろうか。
 前記、馬場馬術競技の採点基準表を参考のために掲載すると、

10 優秀 EXCELLENT
9 極めて良好 VERY GOOD
8 良好 GOOD
7 良好に近い FAIRLY GOOD
6 先ず十分と見る SATISFACTORY
5 先ず可と見る SUFFICIENT
4 可に近い INSUFFICIENT
3 不良に近い FAIRLY BAD
2 不良 BAD
1 極めて不良 VERY BAD
0 不実施 NOT PERFORMED
となっている。
 平均で8点をとれば世界選手権で文句なしに10位以内に入るが私の場合、去年の国際大会での成績は平均で6.5弱、それでも世界 ランキング82位にランクされていた。

物はためし、皆様もこの表を参考に御自分の今迄の人生は何点ぐらいだったろう、仕事面では、家庭面では、恋愛面では、健康面で はどうだろう、そして平均点では何点になるか、今後の努力次第で平均点を何点迄上げることが出来るか、ひとつ判断してみては いかがなものだろう。
 おそらく、その採点結果は家族の皆様や第三者の評価より良い点がつくに違いありません。
 自分自身に自信をもつこと、そして次の目標を設定すること、それが勇気と努力を生む秘訣かも知れません。
 実のところ私自身、いつもこのようにして、もう少し良い点をとろうと常に自分の尻をたたきつづけているというわけなのです。