(なが)  (いき)
(2002年6月号)

「満百才で毎週1回はゴルフを楽しみ、しかも100そこそこでまわるという信じられないような老人が中野サンプラザホールで講演会 を開くが聴きに行かないか」と4月のはじめ、ある友人から誘いがかかった。
 更によく聞いてみると、その化物(ばけもの) は今迄に公式戦で3回(87,92,94才)のエイジシュートを達成し、百才の今年は自分のフォームを改良し、必ず100を切ってみせると豪語 しているらしい。
 斯くいう私だって、満72才の今年、なんとか馬術で世界ランキング72位になってやろうと(去年は82位)密かに狙っているのだが、 今から30年後に果たして私が全日本選手権や国際大会のグランプリ種目に出場できるだろうかと考えた時、これはどうしても彼の講演を 聴いて、その長寿健康の秘訣を盗まねばならないと先約をキャンセルして中野に出かけていった。
 明治35年3月24日生まれの塩谷信男氏は非常に健康で、現在とりたてて悪いところはなく、歯も全部自前で1本の虫歯もないという。そ の上、本もメガネなしで充分読めるし、常に若い人達に囲まれて著作活動に講演に、ゴルフにと大いに人生を楽しんでいるのだ。

それでは彼の健康長寿の秘訣はどこにあるのか、講演会での彼の話を要約してみよう。
 まず、しっかり生きることは、しっかり息をすることであり、その証拠に動物を意味するアニマルという英語は、ラテン語のアニマ 「呼吸」「生命」に由来し、「生き物」とは「息き物」息をする物に外ならないという。
 それなのに現代人は一応無意識に息はしているものの肺の奥底まで大気をとりこむ努力を怠たり、常に「浅呼吸」しかしていない為 天寿を(まっと) うすることが出来ないのだ。要するに「長生き」をしたければ長く深い息をすることだと言いきる。
 約2時間にわたり千人を越える聴衆を前に、立ったまま滔滔(とうとう) と話す塩谷氏は、兎に角私を見てくれ、私の身体が何よりの証拠なのだ、私の云う通りに正しく呼吸さえしていれば、皆必らず健康で 百才迄は生きられると熱っぽく語りかけている。
 昭和6年から55年問、84才まで渋谷で内科医院を開業していた彼は、更に正しい呼吸法によって酸素の供給が充分になされていれば、 脳細胞の働きが良くなり老化を防ぐばかりか老人ボケや痴呆知らずの若々しい頭脳がよみがえるという。
 又彼は、もし人間に深い呼吸が必要でなかったとしたら、神は人間の肺をもっと小さくつくっていたに違いない。つまり神のつくられた 肺一杯の大きく深い呼吸が人間にとってなにより必要かつ正しい行為なのだと断言する。
 その結果、彼のあみ出した「正心調息法」は、深い呼吸、正しい心、強い想念・イメージの三要素からなり、深い呼吸によって酸素を 体内に十分にとり入れ、常に感謝の心を忘れず、愚痴をこぼさず、物事をすべて前向きに考える正しい心を持ち、「念ずれば花開く」と 自分の楽しい人生を内観(イメージ)すれば、必らず安心立命の世界に到達し、百才迄の健康で楽しい人生が約東されると力説する。

そう云われれば、私にも一つ思い当たる節がある。
 スポーツのやりすぎからか、30代半ばから心臓の僧帽弁(逆止弁)の調子が悪くなった為、酸素の少ない血液しか供給できなくなり、 常に頭の天辺が熱く思考力が薄れるばかりか、目も何となく焦点が合わなくなり、私の第二種運転免許証はその頃から眼鏡使用の文字が 印刷されていた。
 ところが心臓手術の結果、不思議なことに頭の天辺の熱もひき、何より驚いたことには免許証から眼鏡使用の文字が消えたのだ。  これは心臓の逆止弁が正常に機能し出した結果、十分に酸素を含んだ血液が全身に流れ出した為に外ならない。

今から2年程前、新聞でWHO(世界保険機関)から健康寿命なるものが発表された。
 健康寿命とは読んで字の如く健康体で暮した年数のことだが、日本人の健康寿命は74.5年、云う迄もなくWHO加盟191か国中第一 位である。
 因みに、最下位はアフリカの小国(国名は失念)で25.9年、健康体で生きた年数は僅かに26年ということになる。
 日本人はたしかに長生きになった。然し、人問は長く生きたからといって幸福とは限らない。

それでは一体長生きの意義はどこにあるのか、長生きを定義づけるとすれば、どうなるのだろうか。私は長生きには三 つの定義がなされると思う。
一.  最も一般的な寿命、寿(ことぶき)の命。 寿には(いのち)長しという意味もあるから、お目出たいことには違いない。
二.   WHOの健康寿命
三.   目を輝かして生きた年月の長さ。
 私には三番目の、最後迄生き甲斐を感じつつ目を輝かして生きた時間の長い人が本当の「長生き」だと思えてならない。宮沢賢治、 樋ロー葉、正岡子規、石川啄木等々、これらの人達は皆若くして死んだが、私には彼らこそが本当の長生きだった様に思われる。
 そこへいくと塩谷老人はWHOの健康寿命でも群を抜いているばかりか、百才の今日でも目を輝かしながら大いに人生の春を調歌しつつ、 しかも多くの人達の幸福の為に今も楽しみながら働いていて真の人生の達人といわざるを得ない。
 私も早速、彼の指導によって調息法を試みたが、驚いたことに私の息は百才の老人の半分も続かなかった。
 ゴアテックスという数本の化学繊維で釣っている私の心臓の弁は、俗に心肺機能といわれるように心臓の悪さが肺にも影響して肺活量 が少なくなっていたのだ。
 馬術競技前のウォーミングアップの段階で、いつも呼吸困難におちいり、吸入式喘息治療剤と救心の助けを借りて息も絶え絶えにやっと 演技をしていた私も、彼の正心調息法を毎日実践することによって試合中の息切れがなくなれば、取り敢えず満72才で世界ランキング72位 も決して夢ではないと確信した、そしてなんだか20才も若返った様な気持ちで家に帰った。

人間誰しも目標をもてば、その為の努力も決して苦痛にはならないものだ、何事によらず良いと思ったことには積極的に挑戦し、そ れを習慣づけることによって、その習慣の奴隷になることだ。
 もしも私が百才迄生きられなかったら、私の正心調息法が間違っていたのだと諦めることにしよう。

 【参考】
 100才だから伝えたい    塩谷信男著:サンマーク出版
 自在力          塩谷信男著:サンマーク出版