| インターナショナル・ナイトについて |
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アクセスはインターナショナル・ナイトという国際的なイベントで、企画・運営や事業の活性化などの面においてサポートしています。 2002年2月9日に行われた同事業では、「非暴力への道」というテーマで留学生や海外からのゲストを交えたフォーラムが行われ、Qグループからはリーダーのn@b氏が「メディアの暴力」というフォーラムのコーディネートを担当。また同グループのジョン・ウェリー氏が提言者として活躍しました。実行委員会発行の公式記録集に掲載されたこのフォーラムの報告書をここに紹介します。 |
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H分科会にはアメリカ、カナダ、韓国、タイ、ブラジル、シンガポール、オーストラリアなどからの留学生を含む27名が集まった。コーディネーターn@b氏の小気味良い司会と参加者の熱気が調和し、3グループに分かれての終始活気溢れる英語でのデイスカッションとなる。ここに主な議論を紹介したい。 まず私達が目にしたのが、もう脳裏から離れることはないNYの世界貿易センターへ消える旅客機。当時は日本にいなかった参加者の留学生も、受けた衝撃は何ら変わりはなかった。私達は一体何を考えたのか? 繰り返されたあの映像は、テロは悪→「テロリストの拠点であるアフガン空爆は正しい」という、世界の世論形成に加担したのではないか? 米英の視点からのニュースがすべてであると錯覚してはいないか? そこから、メデイアは世界を良い方向へと動かすことができるのか?… と議論は流れていく。メディアは弱者の味方であり代弁者たるべきで、権力を監視しつつ人びとに必要な情報を伝える。世の中を変えるのは、メディアの情報により判断した大衆であって、「メディアが変える」という視点は、それはメディアの暴走を許すことにつながる。あくまで判断材料の提供・提言者にとどまるべきであり、主役は「人」である。現実にメデイアは「第4の権力」と化しているかもしれないが。 |
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見せつけられたメディアの威力 ジョン・ウェリーさんから提言があった。「世界中にメディアの暴力が溢れている。TV、漫画の描写、人を殺すと点数が上がるビデオゲーム…。日本もアメリカも、メディアが世の中の暴力に影響を与えているのではないか? 何らかの規制は必要か?」と。いつの間にか、そんな暴力に慣れ切っている自分たちがいた。我達は実際に「メディアによる暴力の映像」を視聴して、色々と考えた。 後半は、コミカルではあるが、残酷な描写に目をそむけたくなるような映像を全員で見たあと、全体討議に入る。ここでアドバイザー、マイダ・イサベルさんが私達に鋭く斬り込む。今ご覧になった映像から、皆さんが感じたことは?」 紹介されたのはコメディ風に制作された米国のTV番組とはいえ、その残酷な描写をここに書くに私の筆は萎縮する。番組を見て笑う人、顔をそむける人、反応は千差万別。捉え方も人それぞれだ。多様な意見が聞かれた。いわく、善悪の判断の付かない子供には見せるべきでない、現実のことではないので手品と割り切って見れば良い、見て不愉快になった等々...。 一致した重要な見解は、私達視聴者には「リモコンでチャンネルを変える権利がある」ということだ。見続けるのも、他の番組をに変えるのも、すべては私達次第ということである。結局は、規制というよりは、個々の判断に任せされているといえよう。何を見ても「暴力」と感じない人もいるかもしれないのだから。 現状にうんざりしたことばかりでかりではない。タイからの留学生は、同国は敬虔な仏教国であることから倫理の素地が生きており、暴力や残酷な映像が疎まれる土壌がまだ残されていることを教えてくれた。暴力が席巻するこのメデイアの世界にあって、それは救いであった。 そのまま公式な国際会議で用られても何の遜色もない、巧みに編集された数々の映像や資料。これらが、どれだけ参加者の理解や議論の大きな一助となったことかは、筆舌に尽くし難い。持てる専門技術を生かし、分科会の準備に司会にと邁進された、コーディネーターn@b氏の余りある貢献に参加者一同、心から感謝の意を表したい。 最後に、フォーラムを締めくくった同氏の言葉を紹介して筆を置くことにする。「究極のメディアは人間自身である。あなた自身が、一人ひとりが、やさしい気持ちで微力ながらも平和への願いを伝えようとすれば、非暴力への道は開けると思う」 (阿部 誠) |
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