診療経過表


 以下は、被告側が作成した診療経過表に原告が反論を補充し、2002年12月6日に提出した書面である。固有名詞は必要に応じてイニシャルとした。証拠(乙第1号証〜乙第3号証の頁)は省略した。

 特に注目すべきことは、平成10年12月26日の心電図所見に被告側代理人が胸部誘導の陰性T波を追加したことである。この所見はカルテに記載がなく、見落とされた事実である。

 平成11年6月15日及び6月29日の症状・所見の黒字箇所は、被告準備書面(2)で削除され、原告の反論と一致している。

  循環器内科外来経過表

  入院経過表


循環器内科外来経過表

年月日 症状・所見 検査・処置 原告の反論
H10.12.15 S56年脊椎すべり症のため当院整形外科受診。
H元年より脊髄腫瘍(上衣腫)の当院脳新外科通院し、その経過中、H4年1月、同9年7月の2回脊髄腫瘍摘出手術施行されている。
当院脳神経外科の紹介で動悸・頻脈を主訴として初診。
体重50kg、身長152cm。血圧160/80mmHg、脈拍は整で112/分。理学所見では特記すべき異常なし。
心陰影拡大、心電図所見は高血圧性の変化と考え、緊急性を要する所見ではないと診断。動悸、頻脈等の臨床症状は、高血圧に対して投与されているカルシウム拮抗薬(エマベリンL)による疑いがあると判断、高圧薬をβ遮断薬(アーチスト10mg)に変更し、3週間後の再来を指示。
胸部レントゲン写真では、軽度の心陰影拡大(心胸郭比58.7%)をみるも、心陰影の形態、肺血管影、肺野等に明らかな異常所見なし。心電図では、洞性頻脈、II、III、aVF誘導に小さなq波とT波変化、胸部誘導のT波変化等を認める。
処方:アーチスト10mg分1/21日分。
動悸、頻脈等の臨床症状はカルシウム拮抗薬の投与が原因であるとの所見であるが、
 1. 上記は既に原告の訴状において被告Sの考えとして指摘しているが、被告は準備書面(1)で否認した。しかし、外来経過表では認めている。
 2. 上記の所見は、基本的に間違った判断である。
胸部レントゲン写真では、肺動脈が太い。心電図では、T波はカルテに記載なし、肺性P波は見落とし。
H10.12.26 徐々に増強した下肢の脱力感を主訴に脳神経外科外来(救急外来)を受診。また、軽度の動悸・息切れの訴えもあり、循環器内科当直医の診察をうける。
血圧152/82mmHg、脈拍は整で100/分。
心臓超音波検査で明らかな異常を認めなかったことより、心電図変化は非特異的な所見と判断。また、薬剤性肝機能障害の可能性を考え、降圧薬を変更(アーチスト10mg→テノーミン50mg)。
動悸・息切れ等の症状に関しては、抗不安薬(ホリゾン4mg、2回分服)を追加。
脊髄腫瘍の再発を疑い脳神経外科で行った脊髄MRI検査では有意な所見なし。
心電図では(III、aVF、および胸部誘導の陰性T波の顕在化、I誘導のT波とIII誘導のq波の所見をみるも、簡易的に行った心臓超音波検査では明らかな異常なし。血液検査上、肝臓酵素の軽度上昇(GOT82、GPT89)を認めた。
処方:テノーミン50mg分1/14日分、ホリゾン4mg分1/14日分。
下肢浮腫↑とカルテに記載あり(乙A1・333)、重要な所見。
心電図では12月15日に比べて異常が急激に進んでいて、急激な心負荷。胸部誘導の陰性T波はカルテに記載なし、肺性P波は見落とし。簡易的に行った心臓超音波検査では観察不良(乙A1・334)であったにもかかわらず、心臓超音波検査の所見を心電図変化より重要視したことは重大な過ちである。
H11.1.5 予定来院。「(β遮断薬への)処方変更後、動悸は多少軽快している」との話あり。
血圧146/90mmHg、脈拍は整で80/分。
肝機能は改善傾向を示していたが、正常化には至らず。薬剤による肝機能障害は否定できないため、12月26日より開始していたテノーミン、ホリゾンは中止し、以前より処方されている降圧薬(エマベリンL)を服用するよう指示。
前日(1月4日)に施行した血液検査では肝機能改善傾向。(GOT82→53、GPT89→107)。
H11.1.19 予定来院。
「エマベリンLへの)処方変更後、脈拍数は高めで経過している」と。
血圧110/60mmHg、脈拍数は整で120分。
頻脈を認めたため、降圧薬を再び脈拍減少作用をもつβ遮断薬(テノーミン50mmg)A変更。
血液検査上、肝機能は正常化(GOT22、GPT20)。
処方:テノーミン50mg分1/30日分。
H11.1.26 予定来院。
「全身倦怠感あり。手足のしびれが強くなっている。テノーミンを25mgに減らしているがだめ。」との話あり。
血圧150/100mmHg、脈拍は整で96/分。
β遮断薬によるものと考え、脈拍低下作用を併せてもつカルシウム拮抗薬(テノーミン50mmg→ヘルベッサーR200mg、2回分服)に変更。
処方:ヘルベッサーR200mg分2/21日分。 予定来院は間違いで、予定外診察(乙A1・339)。
テノーミン25mgは間違いで、テノーミン50mg。
H11.2.16 予定来院。
「気分不快は多少改善。手足のしびれは変化なし。脈拍数は高めで経過」との話あり。
血圧140/90mmHg、脈拍は整で108分。
投薬継続で経過観察とする。
血液検査上、肝機能を含め正常。
処方:ヘルベッサーR200mg分2/21日分。
H11.3.16 予定来院。
「自宅血圧は良好。最近、下肢のむくみが出現している」との話あり。
血圧130/80mmHg、脈拍は整で108分。
下肢のむくみは日常生活活動度が低下しており、運動不足によるものと判断し、利尿剤を頓用で処方。
血液検査上、肝機能を含め正常。
処方:ヘルベッサーR200mg分2/21日分。ラシックス5錠(頓用)。
H11.4.20 予定来院。
「下肢のむくみが増強、歩行することも少なくなってきた」との話あり。
血圧120/80Hg、脈拍は整で112/分。心尖部収縮期雑音あり。
心不全を含む前進疾患による下肢浮腫の可能性は低いと判断。局所の静脈流不全による浮腫(いわゆる特発性浮腫)の可能性を考え、利尿薬屯用で経過をみることにする。
胸部レントゲン写真では、軽度の心陰影拡大(心胸郭比60%)をみるも、初診時と著変なし。
処方:ヘルベッサーR200mg分2/21日分。ラシックス5錠(頓用)。
胸部レントゲン写真では、肺動脈が太い。
H11.5.18 予定来院。
「下肢のむくみ不変」との話。息切れ、動悸についての積極的な訴えはなし。
血圧120/80mmHg、脈拍は整で100/分。体重50。
浮腫の鑑別診断として、甲状腺機能低下症についての検査を施行(結果は正常)。
甲状腺機能検査(血液検査)を施行(FT3 3.0、 FT4 1.4、TSH 1.97といずれも正常範囲)。
処方:ヘルベッサーR200mg分2/21日分。ラシックス5錠(頓用)。
息切れ、動悸についての問診はなし。
H11.6.15 予定来院。
「下肢のむくみも含め変化なし」との話し。 
血圧130/80mmHg、脈拍は整で104/分。49kg。
浮腫不変のため、心疾患による浮腫を否定する目的で心臓超音波検査を予約(6月29日)。
処方:ヘルベッサーR200mg分2/30日分。 心臓超音波検査の予約はなし。
H11.6.29 心臓超音波検査のため来院、予定外診察。下肢浮腫悪化。
血圧120/70mmHg、脈拍数100/分。
先天性心疾患、原発性肺高血圧症等による右心拡大の可能性を考え、経食道超音波検査(7月14日)、肺血流シンチグラム(7月2日)を予約。
心臓超音波検査では、右心系拡大および圧上昇を認めるも、その他、所見なし。心電図検査。 心臓超音波検査のため来院は間違い。心臓超音波検査は脳外科S教授の下肢だけでなく顔の浮腫も目立っているとの指摘(乙A1・342)で施行。経食道超音波検査の予約は7月6日(乙A1・.345)。
H11.7.2 肺血流シンチグラム検査のため来院。 肺血流シンチグラムでは、右中肺野の小さな血流欠損像。
H11.7.6. 予定外診察。検査結果の説明。
右心系の負荷所見をみるが、先天性心疾患(心臓超音波検査における異常血流等)、肺塞栓症(大きな肺血流欠損像等)を示唆する所見はなく、原発性肺高血圧症の可能性が高いものと判断。
外来での検査終了後、心臓カテーテル検査を含む入院精査で確定診断の方針をたてる。
ご本人、ご家族(K子様)にその旨を説明。浮腫については、利尿薬(ラシックス40mg、アルダクトンA25mg)で経過を診ることにする。
処方:ラシックス1錠(40mg)。アルダクトンA1錠。各分1/14日分。
ヘルベッサーR200mg分2/30日分。
予定来院は間違いで、予定来院。
外来での検査はなし。亡E子及び原告K子にその旨の説明は一切なし。
H11.7.14 経食道超音波検査のため来院。息切れ、動悸についての積極的な訴えはなし。
入院中に施行予定の諸検査を予約。
胸部CT検査(7月30日)、心臓MRI検査(8月2日)、心臓カテーテル検査(8月3日.
7月29日より1〜2週間程度の検査入院を予定。
経食道超音波検査で、右心拡大。冠動脈右房瘻(右室拡大を説明できる程出ない)の所見を認める。
入院前の血液検査施行。
処方:ラシックス1錠(40mg)。アルダクトンA1錠。各分1/14日分。
息切れ、動悸についての問診はなし。
H11.7.28 処方:ラシックス1錠(40mg)。アルダクトンA1錠。各分1/14日分。 この日は在宅。処方は7月14日とだぶっている。


入院経過表

年月日 診療経過 検査・処置・治療 原告の反論
H11.7.29 検査目的で入院。
入院時血圧126/76mmHg、脈拍は整で86/分、体重56kg。チアノーゼあり、下肢浮腫著明。
右心不全の悪化を認めており、そのコントロールを優先させる方針とする。侵襲の大きい心臓カテーテル検査は延期とする。
胸部レントゲン写真では、心陰影拡大(心胸郭比64%)、両側胸水。
心電図では、洞性頻脈、低電位差、不完全右脚ブロック。血液検査上、軽度の肝機能障害、血液凝固能低下あり。
 
H11.7.30 肺動脈の一部に血栓の存在を疑わせる所見を認めるも、他の部分の血流は良好。
多発性微小決戦による肺血管床の広範囲な閉塞は否定できない。少なくとも、外科的血栓切除により改善が期待できる慢性肺血栓塞栓症の可能性は否定された。
胸部CT(造影)。両側胸水、右肺動脈の主幹部から上葉枝に陰影欠損(狭窄・閉鎖像)。他の肺動脈には、明らかな閉塞所見なし。 「診療経過3〜6行目」に記載されている認識は、入院当時は全くなかった。
肺血栓塞栓症について、特に「慢性」と付け加えたのは病理解剖以後のことである。
低酸素血症、著明な下肢浮腫。起座呼吸はなし。
右心不全に対する対処療法を継続。
動脈血ガス分析上、低酸素血症 (ph7.48、PO2 49.5、PCO2 24.5)を認め、酸素投与を開始。
抗凝固療法(ヘパリン)、利尿薬の経静脈的投与を開始。
浮腫による低蛋白血症(TP 5.2)に対し、アルブミン製剤(50mL/日、7月31日より4日間)投与。
 
H11.8.1 血圧低下傾向。呼吸苦あり。
ヘルベッサーRには肺血管拡張作用があり、肺高血圧に対してよく用いられる薬剤であるが、また同時に体血圧低下、軽度の弱心作用もあるため、投与を中止。
外来より継続していたヘルベッサーR中止。  
H11.8.2 心臓・MRI右心系拡大以外、明らかな異常所見認めず。  
H11.8.3 呼吸器内科診察。    
H11.8.4 呼吸器内科兼科。    
H11.8.6 (近位部血栓による)慢性肺血栓塞栓症による肺高血圧症は否定的で原発性肺高血圧症に一致する所見。 経静脈的肺動脈造影血栓を示唆するような大きな陰影欠損は認めず。両側肺底部の血流が全体に低下。 肺血栓塞栓症について、特に「慢性」と付け加えたのは病理解剖以後のことである。
H11.8.7 血行動態の把握、各種薬物療法の効果確認を目的として、スワンガンツカテーテル挿入。
肺動脈圧(右心内圧)高度上昇、左房圧正常、左右心腔間の短絡血流なし。(重症)肺高血圧症と診断。
心臓カテーテル検査。右心収縮期圧68mmHg、肺動脈楔入圧(左房圧)14mmHg、心係数1.2.
心腔内酸素飽和度は大静脈から肺動脈にかけて一定。
「重症」という説明は一切なかった。
ドルナー開始後も肺動脈圧不変。 肺動脈圧低下を期待し、プロスタグランジン製剤(ドルナー)を開始。(120mgより開始し、240mgまで増量している。)  
H11.8.10 尿量減少傾向(1000mL/日以下)。
心拍出量低下による尿量減少と判断し、右記を追加投与。尿量は増加するも、その後、胸水は増加傾向。
心臓超音波検査。
塩酸ドブタミン持続点滴、アルダクトンA(経口利尿薬)開始。
 
H11.8.17 NOガス吸入中、肺動脈圧不変。肺血管床には不可逆的な変化が生じており、予後は非常に不良と判断。 NO吸入、肺動脈圧モニター下でNOガス吸入(最大50ppmまで)。 「予後は非常に不良」という説明はなかった。NOガスの再度吸入を計画された。
H11.8.19 胸部レントゲン上、胸水増加。
肺炎合併により致命的となる可能性が予測され、二次感染予防を目的として抗生剤追加。
抗生剤投与開始。  
H11.8.21 夜中血圧低下あり、昇圧剤を増量で改善。
左胸水増加。
9Bへ転棟。
スワンガンツカテーテル抜去。
肺動脈圧99/37(53)。
 
H11.8.22 経口摂取量減少。 高カロリー輸液開始。  
H11.8.25 スワンガンツカテーテル挿入。  
H11.8.31 呼吸困難の訴え、次第に意識レベル低下、呼吸停止・心停止。
蘇生に反応せず10時21分死亡。
   

                                                                       


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