以下は2004年12月14日に提出し準備書面である。固有名詞は必要に応じてイニシャルとした。
目次
1. 被告らは、被告らの反論が医学的に相当であることの根拠として、被告S本人調書及び被告Sの陳述書(乙A4)並びに他関係証拠を挙げているが、被告S本人調書及び被告Sの陳述書について、原告らはそれらは根拠とならないと考えている。その理由は、被告Sは、肺高血圧症、右心不全の診断が全く出来なかったからであり、また肺高血圧症についての被告Sの臨床経験は、研修医時代のほんの数ヶ月だけで(被告S尋問調書・39)、これは実質的皆無といってよいからである。
その上、他関係証拠を挙げているが、これは乙A及び乙B号証をさすものと考えられる。被告らはこれらに対しては、その内容を利用するために、自己の主張を替えたり、また自分に都合よく利用したりし、都合の悪いところはその内容を無視したりしている。従って、被告自身の反論は関係証拠によって医学的に相当であるとはいえず、証明も出来ていない。
(1) 亡E子のの死亡時の臨床診断名は、その原因は不詳となっている。(乙A3・248)。
亡E子は、入院中は、原発性肺高血圧症として診断してよいといわれたが(乙A3・36)、死亡後の説明で、入院担当の医師が原発性肺高血圧症というには説明がつけにくいとなり、肺高血圧症となった(乙A3・81).。従って、被告らの「亡E子の死亡時の臨床診断名は、原発性肺高血圧症である」との主張は、誤りである。
被告らは、原発性肺高血圧症の診断の手引き(乙B1)を、自分に都合よく利用するために亡、E子の死亡時の臨床診断名を原発性肺高血圧症とすり替えたのである。
乙B1号証は、原発性肺高血圧症の診断の手引き(乙B1)と原発性肺高血圧症診断書から成っており、診断の手引きは、大綱、診断書は個々の項目を示している。被告らはこれらの文書を都合よく利用し、都合の悪いところは無視している。
(2) 被告らは、原発性肺高血圧症の診断の手引き(乙B1)を根拠として主張しているが、原発性肺高血圧症の診断とは、第一に肺高血圧症の存在を確認し、次に肺高血圧症の原因を調べて、除外診断、鑑別診断を経て、原因が不明の場合に原発性肺高血圧症となるのである。
従って、外来初診日の亡E子に、診断の手引き(乙B1)を用いて、症状及び所見の数が足りるとか足りないとか云々するのは根本的に誤りである。
(3) 本件における問題点の一つは、肺高血圧症を疑い、その存在をいつ診断出来るかということであり、被告らも、この点については認めているのである(被告S尋問調書・3、上から12〜15行)。しかし、被告準備書面(6)では、平成10年12月15日の外来初診日から、原発性肺高血圧症を疑うべきかどうかに問題がすり替わっているが、これは大きな誤りである。
3. 平成10年12月15日(循環器内科初診日)の診察について
亡E子の訴えは、被告らの主張のように、動悸、頻脈だけではない。息切れ、疲労感もあり(訴状・2及び甲A13)、これらは診断の手引き(乙B1)のにも挙げられている。
被告Sは、陳述書(乙A4・6)で、「肺高血圧症の臨床症状として息切れ、全身倦怠感、動悸、浮腫などが知られています」と述べているのだから、診断の手引き(乙B1)に関係なく、肺高血圧症を疑うべきである。
胸部X線では、診断書(乙B1)には、右肺動脈下行枝の拡大は(最大径18mm以上)となっている。原告らは、最大径を計測し、20mmと主張している(甲A13、甲A14、甲B20及び原告啓子尋問調書・7)。被告らは、細いところを計測し(乙A10)、16mmと主張している。被告らが、乙B1号証を基に主張している以上、最大径を計測すべきである。乙B1号証も甲B6号証の55頁mp最大径を計測しているのである。従って、被告らの計測位置は誤りであり、16mmは誤りである。
心電図については、診断書(乙B1)の右室肥大所見の項目には、4つの所見が挙げられている。4つの所見の内、12月15日から認められた肺性P波と12月26日から認められたV5の深いS波(診断書ではV5でS≧7mmまたはR/S≦1)がある。この診断書(乙B1)からいえば、右室肥大所見は十分にある(原告らはこの診断書(乙B1)でいう右室肥大所見を、右心負荷所見と書いている)。
被告らが「右室肥大の所見は右軸偏位である」との根拠としている乙B4号証916頁表12・2については、古典的右室肥大心電図の基準と書かれたものであり、1949年(乙B4・P.922)となっている。あまりにも古すぎて、根拠にはならない。
以上のように、被告準備書面(6)の12月15日の診断についての項は誤りであり、肺高血圧症、右心負荷を示唆する所見があるのは明らかである(甲B11、16、17及び乙B1)。従って、肺高血圧症を疑い精査を行わなかったことは、被告Sの過失である。
(1) 心電図については、原告準備書面(第六)で詳細になべ多様に、12月15日に比べて、病態の大きな変化を示していた。従って、この点からも精査する必要があり、入院の必要があった(甲A13・13-14及び原告啓子尋問調書・7)。
被告らは、「右軸偏位は認められていない」と主張しているが、右軸偏位は、被告Sが唯一読めた右心負荷所見であり、右軸偏位のみで亡E子の心電図を判断するのは重大な誤りである。このような主張をする被告Sは臨床医の資格はない。
(2) 被告Sは、「心エコーで右室の拡大所見も認められていないと供述(被告S尋問調書5、6頁)している。しかし、しかし、心エコー検査は、通常放射線科医師が行うものであり、12月26日の場合は、T医師(放射線科医師ではない)が直接ポータブルで行い、カルテにはpoor
recordとあり(乙A1・334)、しかも記録(写真及びビデオテープ)が残っていない。従って、T医師が正しく診断出来たかどうか確かめることはできない。
被告Sの供述は誤りである。
(3) 被告らは、「GOT・GPT高値は、結果において心臓(右心不全)に対する治療を行わず翌11年1月19日は正常範囲内になっており、心臓を原因とするものとは言えない(乙A1号証15頁、同調書7・8頁)」と主張している。しかし、第一に乙A1号証は1月19日についてだが、同調書7・8頁は3月16日のことであり、同調書7・8頁を根拠とすることは出来ない。
次に、うっ血肝(右心不全による肝機能障害)の検査所見ではGOT・GPT(トランスアミナーゼ、乙A1・334)は、慢性心不全が安定している時期では正常の場合多いが、心不全が急性増悪すると中等度以上の上昇を認める(甲B26・892-893)。従って、12月26日のGOT・GPT高値は心不全がβ遮断薬により急性増悪したと考えられ、心臓(右心不全)を原因とするものと言えない。
(4) 下肢浮腫については、被告らは「診断の手引きの6項目の所見として挙げられていない」と述べているが、直接的な文言はないが、診断書(乙B1)の「右心不全の既往」が当てはまると考えられる。原告らが提出した医学文献(甲B1、2、3、7、21及び24)では当然のこととして下肢浮腫が挙げられている。被告らの主張はお粗末である。
(5) 循環器内科T医師が、亡E子を精査・入院させず帰宅させたことは重大な過失である。
原告準備書面(第六)で既に述べており、またY医師も意見書(甲B14)で記しているように、被告Sの検査不足が目立っている。
亡E子は平成10年12月26日救急外来を受診した後も正月休みの異常から種々の症状を訴え、肝機能障害も続いていた(甲A13・2)。
従って、1月5日には、被告Sは、12月26日の救急外来の診察結果についても、外来担当医師として確認の必要があった。即ち、下肢浮腫を触診して確認することは当然として、心エコー検査の再検査と、心電図検査の異常によりBNPやANPの検査依頼が必須となってくる。これらの検査は心不全の早期発見につながり、外来ではよく検査されるものである(甲B14)。
心エコー検査では、12月26日とは違って心臓専用で行い、放射線科医師の所見が加わるので、亡E子にとっては絶対に必要だったのである。そうすれば12月26日の項で示したことを再確認出来、総合的に右心不全の所見が確認出来、更に肺高血圧症を発見出来たことになる。
被告Sが一切の検査をしなかったことは、発見と診断の遅れを防止すべき医師としての義務を怠った重大な過失であることは明らかである。
(1) 被告Sは、平成10年12月26日のカルテに「下肢浮腫↑」の記載があるのを知っていたにもかかわらず(被告S尋問調書・49-52)、下肢浮腫について一度も触診して確かめることもせず(原告啓子尋問調書・3-4及び被告S尋問調書・52)、診断もせず、検査もせず、漫然と見過ごしてきたことは過失である。
被告らは、「3月16日に下肢浮腫の所見が認められた」と述べているが、下肢浮腫は3月16日からではない。
(2) 被告らは、体重は増加していないと主張している。
しかし、肺高血圧症の症状として、右室が拡張して働きが悪くなると、中心静脈圧が上昇して全身のうっ血が起こり、その結果食欲がなくなったり、顔面や下肢のむくみが生じたりする(甲24・2/3)。食欲がなくなれば、体重が増えていなくても別段おかしいことではない。従って、被告らの、体重が増加していないから、下肢のむくみもひどくなく、心臓(右心不全)にも関係ないという主張は強弁である。
また、被告らは、「4月20日段階で体重が増加したということもない」と述べているが、4月20日は体重を測っていない。(カルテに記載なし)。
(4) 胸部X線像は、12月15日のものと比べて心胸郭比は60%と拡大しており、右肺動脈は相変わらず太い。
(5) 肺高血圧症の臨床所見では、肺野にラ音は聴取されない(甲B7・p.1160)。肺聴診でラ音を聴取していないのは当然である。
(6) 以上からすれば、被告Sが肺高血圧症、右心不全を疑わないのは過失であることは明らかである。
胸部X線写真では、肺高血圧症を示唆する所見、即ち右肺動脈下行枝径(最大径)を計測せず、心電図では右軸偏位以外の右心負荷所見が読めなかった(共にカルテには記載なし)。また下肢浮腫から右心不全を疑わず、平成10年12月26日のカルテに下肢浮腫の記載があったにもかかわらず一度も触診することもなく、診断を行わなかった。
そして、心エコー検査が、精査のためには必要であったにもかかわらず、平成11年6月29日まで行わず、その総合的結果として、肺高血圧に伴う右心不全の発見が遅れに遅れ、病状は悪化し、ついに死亡に至ったことは被告Sの過失であることは明白である。
(1) 被告Sは、亡E子の動悸や頻脈をエマベリンL(カルシウム拮抗薬)の副作用と考え、ただちにβ遮断薬に変更した(乙A4)。ちなみに、エマベリンLの副作用で動悸はわずか0.5%、頻脈は0.1%未満である(甲B22及び甲B23)。
エマベリンLの副作用と考えるのなら、動悸や頻脈の少ないカルシウム拮抗薬に変更すればよいことだけである。
訴状39〜41頁のβ遮断薬に関する注意義務違反で述べたように、被告医院の循環器内科はβ遮断薬を投与することに固執しているのである。被告Sもその一人である。
被告Sは、尋問で、「12月15日は、β遮断薬を投与する必要がなかったかもしれない」と述べ、更に「カルシウム拮抗薬が投与されていたのでβ遮断薬に変更した」と述べた(被告S尋問調書・26)。つまり、亡E子の動悸、頻脈の真の原因が何であるかを明らかにすることには関心がなかった。また、β遮断薬が心不全に禁忌の薬であることなどには注意も払わなかったのである。従って、被告Sがβ遮断薬を投与したこと自体、過失を裏づけている。
(2) 被告Sがβ遮断薬の投与を開始したのは、平成10年12月15日である。亡E子の右心不全の症状が明らかになったのは、「下肢浮腫↑」の記載がカルテにある平成10年12月26日である(乙A1・333及び被告S尋問調書・14)。
被告らは、いまだに「亡E子の右心不全の症状が明らかになっったのは、β遮断薬の服用を止めてから2ヶ月以上経ってからであり」と主張しているが、これは明らかに誤りである。
β遮断薬が亡E子の病状を悪化させたことを裏づける証拠は、
以上のように、β遮断薬への投与があるたびに、亡E子の病状は悪化したのである。
被告らは、「亡E子の肺高血圧は慢性肺血栓塞栓症であり、β遮断薬自体がその病態を悪化させることもない」とのべている。
しかし、慢性肺血栓塞栓症は、高度肺高血圧症と右心不全を主徴としていると理解し、治療法を検討すべきである(甲B3・p.792)。従って、β遮断と亡E子の慢性肺血栓塞栓症とは関係がある。
また、被告らは、「β遮断薬自体に血栓形成を促進させるという薬理作用はない。甲B8号証参照」と述べているが、甲B8号証には、そのような直接的、具体的文言は見当たらない。
β遮断薬は肺高血圧による右心不全のある患者に禁忌である(甲B8及び甲B9)。
肺高血圧症の予後は、右心不全の程度に依存しているのである(甲B6・p.35及び甲B11・p.797)。
β遮断薬の投与によって、亡E子の右心不全状態は悪化し、被告Sの右心不全の発見が遅れに遅れ、治療が手遅れになり、亡E子は死亡に至った。
被告Sがβ遮断薬を処方したことが過失であることは明らかである。
説明義務違反、転院勧告義務違反については、原告準備書面(第六)で明白なものとしたので繰り返さない。
(1) 原告らは、原告準備書面(第六)の13〜14頁で、本項について詳細に主張し、また説明義務違反、転院勧告義務違反の項(11〜12頁)でも主張した。
(2) 被告らは、PGI2添付文書(乙B5及び乙B6)に赤着色部で注釈を示し、乙B5号証では「原発性肺高血圧症と診断された患者にだけ使用する」、乙B6号証では「原発性肺高血圧症及び膠原病に伴う肺高血圧症以外の肺動脈せい高血圧症における安全性・有効性は確立されていない」と記載されているがこれらは何れも2004年3月及び2004年7月改訂の事項で、亡E子死後の事項である。仮に添付文書乙B6号証によるとしても、安全性・有効性は確立されていないと述べているが、決して使ってはならないと述べているのではない。
添付文書(乙B5及び乙B6)の〔使用上の注意〕の2.重要な基本的注意(1)には、「本剤の投与は、病状の変化への適切な対応が重要なので、緊急時に十分措置できる医療施設及び肺高血圧症及び心不全の治療に十分な知識と経験をもつ医師のもとで、本剤の投与が適切と判断される症例にのみ行うこと」と記載されている。被告医院は、プロスタサイクリン(PGI2)持続静注法の使用経験はないのは明らかであることから(甲A6)、被告らこそ、この注意を守るべきである。
(3) 被告らは、「亡E子の肺高血圧症は、原発性のものではなく慢性肺血栓塞栓症によるものである(乙B1号証の「原発性肺高血圧症診断書」の「IV鑑別診断」を参照)と主張している。
しかし、慢性肺血栓塞栓症は、亡E子死亡後の病理診断の結果分かったものであり(乙A3・250頁)、鑑別診断の結果分かったものではない。亡E子生存中は、被告らは鑑別診断出来なかったのである。
亡E子の臨床診断は原発性肺高血圧症と被告ら自身が言っているのだから(被告準備書面(6)の1頁)、プロスタサイクリン(PGI2)持続静注法は適用可能であり、大いに使用すべき方法である。
(4) プロスタサイクリン(PGI2)は、亡E子の病態についても有効であることが示唆されており、生命予後を改善させる効果がある(甲B19・p.2196-8及び甲B19・p.2196の図1-右)。
(5) プロスタサイクリン(PGI2)の使い分けは、まずは経口薬、経口薬に効果がない場合、速やかに持続静注法を行う必要がある(甲B19・p.2197-8)。
(6) 従って、被告Sが亡E子に対し、プロスタサイクリン(PGI2)について説明しなかったことは過失であり、また使用経験のある」専門施設への転院勧告をしなかったことも過失である。
亡E子は、プロスタサイクリン(PGI2)の効果が期待できる病態であったから、被告Sが肺高血圧症、右心不全を診断出来る能力を持ち、β遮断薬を安易に投与せず、また固執することもなく、必要な検査を必要な時期に行う判断力を持ち合わせていれば、肺高血圧症を早期に発見することが出来、更に専門施設へ転院を勧告していれば、亡E子は専門施設へ転院し、適切な治療を受けることが出来、病状が悪化することもなく、平成11年8月31日に死亡することもなく、なお生存していたであろうlことを是認し得る高度の蓋然性があることは明らかである。
以上により、本件においては被告らの過失と本件結果との間に因果関係があることは明白である。
裁判所の要望にもとづき、右心不全に関連する文献(甲B24及び甲B25)を提示する。