以下は、2004年1月19日に提出した準備書面である。機種依存文字の丸付き数字は[ ]付き数字に、固有名詞は必要に応じてイニシャルとした。
1. 胸部X線写真上の右肺動脈下行枝については、カルテに一切この事実の記載はない。
平成10年12月15日循環器内科初診日、被告Sは胸部X線写真で右肺動脈が太くなっていたことを認識できず、その下行枝径を実測しなかった。
既に原告準備書面(第三)で述べたように、亡E子の右肺動脈下行枝は20mmである。これは肺高血圧症の専門家の所見であり、またY医師の所見でもある。
胸部X線写真の正面像において、右肺動脈は他の構造物と明瞭に分離されるため拡大が認識されやすい(甲B15号証p.41)。それにもかかわらず、被告Sは右肺動脈下行枝拡大所見の読影ができていない。
原告らの主張の、右肺動脈下行枝が15mmを超える場合には、肺高血圧症であることを具体的に裏付ける文献は次のとおりである。
(1) 胸部X線像で右肺動脈下行枝の径が15mm以上あるとき肺高血圧症が疑われ…(甲B16号証p.1298)。
(2) 胸部X線像は肺高血圧症により肺動脈拡大がみられ、右肺動脈下行枝の径が15mm以上の場合に異常とされる(甲B16号証p.1301)。
(3) 右肺動脈下幹は正常は15mm以下である。これをこえるものは肺高血圧症である。(甲B17号証3/3ページ項目51)。
(1)及び(2)は、千葉大学栗山教授の執筆である。亡E子が入院中、被告らが意見を求めた肺高血圧症の専門家である。(3)は放射線科医師の執筆である。胸部X線写真は日常的に行われる検査であり、読影するのは臨床医であり、読影する時に常に注意を払うべきものとして放射線科医師が書いたものである。
従って、本件の場合、循環器内科初診日から肺高血圧症を疑い検査を行う必要があったが、被告Sは行わなかった。
2. 肺高血圧症の心電図では、右心負荷所見が認められる。被告Sがカルテに記載した右心負荷所見は、平成11年6月29日の右軸偏位だけである。
(1) 心電図の肺性P波は、循環器内科初診日から認められ、外来中のたった3回の心電図検査でもすべて認められている。しかし、カルテに一切記載なく、被告Sは肺性P波を読めなかった。
被告らは、既に被告準備書面(3)で肺性P波の存在を認めており、さらに被告準備書面(5)では診断基準を満たしていることを認めている。
原告らは、既に提出した医学文献(甲B11号証p.147の図2及び5及びp.149)で、肺高血圧症において肺性P波の重要性を指摘している。
従って、被告Sが肺性P波をずっと読めなかったことが問題なのである。
(2) 平成12月15日(初診日)と12月26日(救急外来受診日)の右心負荷所見を比較すると、以下の通りである。
但し、12月26日の心電図所見については、被告準備書面(3)及び乙A4号証8頁と、被告準備書面(5)とでは記載内容が違っているが、被告準備書面(3)及び乙A4号証8頁の方が正しいので、これを採用する。
カルテに記載あり | カルテに記載なし 但し被告準備書面(3)※1及び乙A4号証8頁※2で認めた所見 |
|
平成10年12月15日 (初診日) |
肺性P波 (※1) | |
平成10年12月26日 (救急外来) |
III、aVF(四肢誘導)の陰性T波 | 肺性P波 (※1) 胸部誘導の陰性T波 (※2) V5の深いS波 (※1) |
上述したように、12月26日のカルテには、胸部誘導(V1〜V6)の心電図変化については一切記載はない。
胸部誘導の陰性T波及びV5の深いS波は、被告らが提出した医学文献(乙B1号証及び乙B4号証)にも、右室の異常を示す所見としてかかれている。
被告らの「胸部誘導の波形は電極位置によって大きく異なり」との主張は、胸部誘導の心電図変化の重要性を認めないことと同じであり、重大な誤りである。この被告らの認識は、亡E子にとって致命的な結果をもたらしたのである。
12月26日(救急外来)の心電図は、12月15日(初診日)に比べて急激な右心負荷を示す所見である。
カルテには、下肢浮腫増強と記載され(乙A1号証333)、右心不全症状を認識させる。被告らにとって都合の悪い所見なので、被告らはこの記載をずっと無視し続けている。
12月26日、亡E子は、精査・入院を必要とした。これは、肺高血圧症の専門家の意見であり、Y医師の意見でもある。
しかし、循環器内科の当直医は、亡E子を帰宅させた。亡E子が、12月26日(救急外来)受信したのは症状が悪化したからであり、これは被告Sが12月15日(初診日)から開始したβ遮断薬の投与が原因である。
β遮断薬の投与と右心不全の因果関係は明らかである。
3. 平成10年12月15日、被告Sは胸部X線写真で右肺動脈が太くなっていたことを認識できず、さらに肺性P波を読めなかった。
肺高血圧症の患者の主訴は、動いた時に息切れがする、動悸がするなどが最も多く、亡E子も同じである。従って、上記の主訴を肺高血圧症を積極的に示唆するものではないとの被告らの主張は誤りである。
平成10年12月15日、循環器内科初診日から、肺高血圧症が疑われたにもかかわらず、被告Sは診断ができなかった。被告らはこれを糊塗するため、被告Sが診断したかのように主張するなどあれこれと言い訳しているのである。
4.
(1)プロスタサイクリン(PGI2)が肺高血圧症に有効である作用機序として、
[1] 強力な血管拡張作用、
[2] 血小板凝集抑制作用により二次的血栓塞栓を予防する、
[3] 血管平滑筋増殖抑制作用により血管リモデリングを抑制する、
効果が考えられている(甲B18号証p.2194)。
従って被告らのように、プロスタサイクリン(PGI2)を肺血管拡張療法と決めつけるのは、認識不足である。
プロスタサイクリン(PGI2)経口薬(BPS)は、末梢肺小動脈 の多発性血栓塞栓性閉塞(末梢CTEPH)を主病態とした本件についても有効であることが示唆されており、生命予後を改善させている(甲B19号証p.2197-8)。
プロスタサイクリン(PGI2)経口薬に効果がみられない場合は、速やかにプロスタサイクリン(PGI2)持続静注を行う必要がある(甲B19号証p.2197-8)。
上記は、肺高血圧症の治療に最多の経験を持つ国立循環器病センターの医師の執筆による医学文献から引用しており、被告らは実に認識不足である。
そもそも被告医院では、末梢肺小動脈 の多発性血栓塞栓性閉塞は剖検の結果わかったことである。それにもかかわらず、被告らが治療と治療の効果について語るのはおかしい。
(2) 被告らは、右心不全は肺高血圧症の予後規定因子であることを認めながら、問題をすり替え、矛盾したことを主張している。
右心不全は肺高血圧症の予後規定因子であるからこそ、胸部X線写真、心電図、心エコー検査やそれらの組み合わせにより、早期の発見及び治療の開始が重要なのである(甲B6号証p.35)。
これは国立循環器病センターの医師の執筆による医学文献で強調されていることである。
しかし、被告らはこのような認識はなかった。
5. β遮断薬の投与と右心不全の因果関係が明らかであることは、前述2-(2)で主張した。
救急外来を受診した平成10年12月26日以後も、β遮断薬は引き続き投与された。
亡E子は症状の悪化を訴え、平成11年1月4日、予定外の外来受診をした。しかし亡E子が症状の悪化を訴えても、被告Sは原因究明に向けての必要な検査を一切行わなかった。
被告らは被告準備書面(5)-2項で、平成10年12月26日から平成11年6月29日までの期間に肺高血圧および右心不全の増悪が生じたものと考えられると主張している。
これは、平成10年12月26日以後も引き続き投与されたβ遮断薬によって、肺高血圧および右心不全の増悪が生じたことを、被告らが事実上認めたといってよい。
β遮断薬は、肺高血圧による右心不全のある患者に禁忌である(甲B8号証及び甲B9号証)。
被告らは、β遮断薬は右心不全の増悪因子であり、右心不全は肺高血圧症の予後規定因子であることを、既に認めている。
従って、予後は右心不全の程度依存しており、β遮断薬の投与による右心不全の悪化が予後に影響したのは当然である。
「原告らはβ遮断薬の投与により亡E子は死亡したと主張しているようである」と、被告らは被告準備書面(5)-5項でのべている。しかしこの被告らの主張は、原告らの主張から右心不全という重要な事項を意図的に抜かし、原告らの主張を歪めている。
要するに、β遮断薬の投与は右心不全の悪化を介した死亡の原因である。
6. 被告らが提出した証拠説明書によると、乙B第1号証では原発性肺高血圧症の、また乙B第2〜4号証では肺高血圧症の立証趣旨が、すべて「診断の困難性」となっている。
しかし、乙B第1号証、第2号証及び第4号証内容と亡E子についての「診断の困難性」とは関連がない。従って、立証されていない。
また、乙B第3号証では、「診断のいかなる点が困難なのか」について、その理由として、「肺血管陰影の読みは影響する因子の多様性などから、医師の所見が必ずしも一致しない」と説明されているが、他方「これを克服する方法」も説明されている。しかし被告Sの場合は、胸部X線写真が全く読めていないので、乙B第3号証の件には当てはまらない。従って、立証されていない。
つまり、被告らの提出した今回の文献(乙B第1号証〜乙B第4号証では、肺高血圧症(または原発性肺高血圧症)の診断の困難性を立証する根拠とはならないのである。
亡E子主訴及び症状は訴状、準備書面等で明らかなように、肺高血圧症を積極的に示唆するものである。また検査回数も少ないが、その結果は異常を示し、肺高血圧症を示唆していることは、これまでの準備書面で述べてきた。にもかかわらず、被告Sが診断が全く出来なかったのは、診断能力の不足に起因している。従って、被告らが「診断の困難性」を主張したとしても、原告らには診断が出来なかった言い訳としか理解できない。
以上