以下は、2003年5月14日に提出した準備書面である。機種依存文字の丸付き数字は[ ]付き数字に、固有名詞は必要に応じてイニシャルとした。
1. 平成11年6月29日、心エコー検査、心電図検査を被告Sが施行したのは、脳外科S教授から浮腫増強の指摘があったからであり、被告らの主張するように心不全による浮腫の可能性を否定する目的は被告Sにはない。
心不全による浮腫の可能性は、平成11年4月20日の時点で被告Sは否定している(被告準備書面(2)別紙外来経過表平成11年4月20日)。
2. 被告医院では、「慢性肺血栓塞栓症」と「末梢肺動脈の血栓」は病理診断であって、臨床診断及び画像診断ではない(乙A3号証250)。病理診断を、被告らのように臨床診断及び画像診断であったかのごとく主張するのは誤りである。
3. 外来時の診断について
(1) 被告らは、平成10年12月26日の亡E子の救急外来受診の理由は「両下肢の脱力感」であり、「動悸、息切れ」ではないと主張しているが、「両下肢の脱力感」だけではなく、「動悸、息切れ」も当然含まれる。
(2) 被告らは、被告準備書面(3)の4項−2)で、平成10年12月15日(初診時)および平成11年4月20日の胸部X線写真では、いずれも右肺動脈下行枝は18mm未満であり、肺動脈拡大の定義に当てはまらないと主張しているが、右肺動脈下行枝の実際の数値については全く記載していない。
亡E子の右肺動脈下行枝は20mmである。これは肺高血圧症の専門家の所見である。
胸部X線写真読影の常識として、右肺動脈下行枝は正常は15mm以下である。これを超えるものは肺高血圧症である。
亡E子の場合は、被告らが引用している「原発性肺高血圧症臨床調査個人票」の肺動脈拡大の定義に当てはまるが、初診日の診断であるから、病名はまだ不明であり、15mmを超えた場合は異常所見である。
しかし、被告Sがこの所見を見落としたことは重大な誤りである。
(3) 被告らは、被告準備書面(3)の3項で、初診時(平成10年12月15日)の心電図では右心負荷所見はみられないと主張しているが、4項−2)では、平成10年12月15日では肺性P、12月26日には肺性PおよびV5でS≧7mm又はR/S≦1を認めていると主張している。
肺性PおよびV5でS≧7mm又はR/S≦1は、まさに右心負荷所見である。
被告らは、平成10年12月15日および12月26日の心電図で右心負荷所見を事実上認めたのである。しかし、これらはすべて見落とされていた。
また、被告らは、3項で平成11年6月29日の心電図で右心負荷所見があったことも認めているが、これも見落とされていた。
つまり、平成10年12月15日、12月26日及び平成11年6月29日の心電図、即ち外来時の心電図すべてで、右心負荷所見を見落としていたこを、被告らが認めたことになる。
(4) 要するに、循環器内科初診日(平成10年12月15日)から、胸部X線検査では肺高血圧症を示唆する所見、心電図検査では右心負荷を示唆する所見があったにもかかわらず、被告Sはこれらの所見を見落としていた。
この時点で、肺高血圧症を疑い、検査をしなければならなかったが、被告Sは行わなかった。
4. 肺高血圧症の治療について
(1) 右心不全対策としての強心薬の投与が、あまりにも遅すぎたと原告らは繰り返し主張してきた。これは、治療の効果及び予後が右心不全の程度に依存しているという認識が、被告医院の医師らに不足していたことの表れと考えるからである。
(2) 原告らの「低心拍出量の指標である血清尿酸値」については、被告らは全く根拠のない主張としているが、これは誤りである。
心拍出量の低下に伴い尿酸の産生増加と、排泄低下の結果として血清尿酸が増加すること(甲B7・P1160〜P1161)は、既に訴状9頁で主張し、医学文献(甲B3・P793及び甲B7)も提出した。血清尿酸値は、治療効果の判定および経過観察には極めて有用な指標となっている。被告らが認識不足なのである。
(3) 抗凝固療法として、ワーファリンには即効性がないため、最初はヘパリンを用い、3日以内にワーファリンの経口投与を併用し、ワーファリンの効果が安定した時点でヘパリンは中止し、ワーファリンのみととする。
原告準備書面(第二)で既述したように、ヘパリンを長期間投与していると、突然にヘパリン誘導性の血小板減少症を起こす危険性があるため、ヘパリンの投与は7〜10日間が一般的である。肺高血圧による二次的な血栓形成を防止する目的で、抗凝固療法として用いられているのはワーファリンである。
従って、入院中ゆえに、ヘパリンのみを終始投与する被告医院の抗凝固療法は誤りである。
また、被告らは「亡E子には、経口摂取も困難であり」としているが、意味不明であるとともに、全く根拠のない主張である。
(4) 原告らの「被告医院がプロスタサイクリン持続静注法、肺動脈血栓内膜摘除術などの治療のできる専門施設ではない」との主張に対して、被告らは「両治療法は、いずれも手技的に困難なものではなく、適応があれば被告医院においても可能である」と主張している。しかし、被告らの主張は根本的に誤りである。
[1] 肺動脈血栓内膜摘除術は、技術的に困難で、ごく限られた施設でしかできないと言われている(甲B3・794)。
従って、手技的に困難なものではないという被告らの主張は誤りであり、被告医院は限られた施設には含まれない。
[2] 被告らは、プロスタサイクリンの使用に関して、「当院においては携帯型ポンプの使用経験はなく、治療効果が確認されかつ長期の投与が必要となれば、携帯型ポンプの治験が行われている国立循環器病センターへの転院を考える」との説明を原告らに行っていると主張しているが、このような説明は一切なかった。
被告らの言う携帯型ポンプを用いたプロスタサイクリン持続静注法は、在宅療法を指している。
在宅療法を始めるには、入院してプロスタサイクリン持続静注法を始める。循環動態モニター下で、少量から開始し、漸次増量し、維持量を決定する。それ故に、本療法に熟練した施設及び医師のもとでのみ行うことと言われているのである。しかし、被告医院及び医師らにはこの条件は当てはまらない。
[3] 被告らの主張のように、入院中のプロスタサイクリン持続静注法が、どの施設においても施行可能なら、なぜ被告医院の医師らは、プロスタサイクリン(PGI2)として、ドルナー(PGI2経口薬)を選び(乙A3号証35、36及び38)、プロスタサイクリン(PGI2)持続静注法を施行しなかったのか、それが重大な問題である。
また、ドルナーの効果がない場合には、経口薬から持続静注法へ切り替える必要がある。それが施行できなかったのは、被告医院では持続静注法の施行が不可能だからである。従って、被告らの主張は誤りである。
(5) NO吸入は、被告医院では肺高血圧症に対して初めてである。15分位で終わるとの説明(乙A3号証44)が1時間かかっていた。CCUで施行されたので、その時の様子は原告らには不明である。
NO吸入について、急性効果で、通常量80ppmNOの吸入で全肺血管抵抗は低下したが、肺動脈圧は不変かごく軽度の低下を示すに留まったと報告されている。
亡E子の場合は、最大50ppmであり、肺動脈はわずかに下がっただけであったが(乙A3号証47)、全肺血管抵抗については一切報告はなかった。
NO吸入に対して有意な反応が認められなかった患者は、右房圧が高く、肺高血圧の進展に伴う右心不全と密接に関連していることが示唆されている。
亡E子は、β遮断薬の投与で右心不全が悪化し、外来での発見が遅れに遅れ、右心不全が進行しており、上記は亡E子の場合にも当てはまると考えられる。
5. β遮断薬の投与と右心不全及び死亡との因果関係について
β遮断薬の投与は、循環器内科初診日(平成10年12月15日)から被告Sが開始した。
平成10年12月26日、亡E子は救急外来に行き、動悸が持続するため(乙A1号証334)、循環器内科T医師の診察を受けた。
心電図では、初診日に比べて異常が急激に進んでいて、急激な右心負荷を起こしていた。肺性P波、胸部誘導の陰性T波及びV5での深いS波の右心負荷所見を認めた(被告準備書面(3)4項−2)及び被告準備書面(2)別紙外来経過表平成10年12月26日)。しかし、循環器内科T医師はこれらの右心負荷所見を見落としていた。
カルテには、下肢浮腫↑と記載がある(乙A1号証333)。
要するに、亡E子には、β遮断薬の投与によって、急激な右心負荷が起こり、右心不全の症状である下肢浮腫が生じたのである。
従って、被告らはβ遮断薬の投与と右心不全の因果関係を認めることはできないと主張しているが、この被告らの主張は誤りである。
また、被告らは、β遮断薬の投与と肺高血圧症進展との関連は考えられないと主張している。
しかし、肺高血圧症の進展により、右心不全状態になり、その症状がみられるようになる(甲B1・78)。
β遮断薬は、添付文書によると、肺高血圧による右心不全のある患者に禁忌である(甲B8及び甲B9)。それは、β遮断薬が心拍出量または心機能を抑制し、右心不全症状を悪化させると考えられているからである。
上述したように、亡E子もβ遮断薬の投与によって右心不全状態が悪化した。
従って、β遮断薬の投与と肺高血圧症進展は因果関係があり、被告らの主張は誤りである。
平成10年12月26日(救急外来)、亡E子は精査・入院を必要としたが、循環器内科T医師は亡E子を帰宅させ、引き続きβ遮断薬を投与し、右心不全状態を悪化させた。平成11年1月26日の外来で、亡E子がこの薬に慣れるまで体がもたないと訴えて、やっと被告Sがβ遮断薬を中止した。
原告準備書面(第二)で既述したように、β遮断薬の投与は、亡E子にとって浮腫の原因であり、右心不全状態を悪化させた要因であり、死亡の原因である。
原告準備書面(第二)の第4で、亡E子が侵害された自己決定権について既述したが、被告らは準備書面(3)で全く触れていない。
従って、被告Sと脳外科S教授(当時院長)の説明義務違反があったこと及びその説明義務違反(訴状42〜43)によって、亡E子の自己決定権が侵害されたことを、事実上被告らが認めたものと判断した。
念のため、いかなる自己決定権が侵害されたかを再録する。
1. 平成11年6月29日の心エコー・ドプラー検査の放射線科医師の所見によって、肺高血圧症、右心不全が判明したことにより、これまでの外来時診断が間違っていたことを知り、爾後の行動を決定する権利。
2. 被告Sの診断が初診日よりことごとく間違いであったことを知ることによって即座に被告Sを替える権利。
3. 亡E子が的確な診断と適切な治療を受けるために、被告医院から専門施設へ即座に転院をする権利。
1.原告準備書面(第二)の第5で、亡E子の死亡原因について既述したが、再度次の諸点を強調したい。
治療効果及び予後は、肺高血圧の進展に伴う右心不全の程度に依存しているのである。
(1) 被告S及び被告医院の医師らは、肺高血圧に伴う右心不全に対して診断能力と認識が不足していたので、的確な診断と迅速かつ適切な治療を受けられなかった。
特に被告Sは、循環器内科初診日(平成10年12月15日)より、胸部X線写真では肺高血圧症、心電図では右心負荷を示唆する所見を見落とし、その後下肢浮腫から右心不全を疑わなかった結果、外来での発見が遅れに遅れ、右心不全が進行してしまった。
(2) 被告Sは、初診日からβ遮断薬を投与した。β遮断薬は肺高血圧による右心不全のある患者に禁忌である。その結果、急激な右心負荷が起こり、亡E子は救急外来(平成10年12月26日)へ行った。循環器内科T医師は、心電図の右心負荷所見を見落とし、下肢浮腫も問題にせず、精査・入院を必要としたにもかかわらず、亡E子を帰宅させ、引き続きβ遮断薬を投与し、右心不全を悪化させた。
(3) 被告医院が治療のできる専門施設ではないのに、その事実を隠蔽し、亡E子を入院させた。
2.結果回避可能性
従って、肺高血圧症の存在が疑わしい時点、即ち、遅くとも平成11年1月初旬に専門施設へ転院する必要があり、そうすれば結果は回避できた。
以 上