被告第4準備書面

 以下は、2003年6月20日に被告側代理人より提出された準備書面である。固有名詞は必要に応じてイニシャルとした。


1. 原告らの準備書面(第三)の第1に対する被告の反論
 既に反論済みであるところが少なくないが、念のため反論しておく。

1) 1項について

 原告らは、S医師が平成11年6月29日に心エコー、心電図の検査を施行したのは、心不全による浮腫の可能性を否定することを目的としたものではない、と主張する。
 しかし、この時点における心エコー検査が心不全による(心原性)浮腫の診断を目的をしたもの以外に行うことを説明する合理的な理由はない。同年4月20日の段階で心不全の診断に至っていないから、6月29日の段階ではその診断目的で検査をするはずがないがないという趣旨の原告らの主張は、病状の鑑別診断が医療の現場でどのように行われているかを知らないことによるものである、といわなければならない。

 浮腫が心不全によるものであるとの診断は、平成11年6月29日の心エコー検査によるものであり、同年4月の時点では診断に至っていない。このことについて、原告らは心不全の診断が遅れたと主張しているが、亡E子の年令、全身状態や食欲が比較的良好であったこと、浮腫の状況などを考慮すれば、鑑別診断に要した期間は長いものとは到底いえない。

2) 2項について

 既に反論したように、生前の臨床診断および画像診断は「原発性肺高血圧症」である。

 なお、原告らの「慢性肺血栓塞栓症」と「末梢肺動脈の血栓」は病理診断であって、臨床診断及び画像診断ではない、との指摘は、意味不明である。

3) 3項について

(1)  (1)について
 平成10年12月26日、亡E子は「徐々に両下肢の脱量感増強した」ことを主訴に脳外科の救急外来を受診したものである。脳外科でのMRI検査後、頻脈が認められたことから循環器内科当直医への診察依頼がなされた。

(2) (2)について
 平成10年12月15日および平成11年4月20日の右肺動脈下行枝径はそれぞれ、16mm、17mmであり、いずれも未満である。
 ただし、単純胸部レントゲンにおける血管径の計測は、他の血管や構造物との重なりなどから過大評価されることも多く、肺動脈拡大所見は肺高血圧症診断において特異度が低いことを指摘しておく。

(3) (3)について
 原告らの主張は、ここにおける主張も含め、亡E子が肺高血圧症であったという結果を前提にするものである。しかし、医療は結果を知って行われるものではない。

 被告準備書面(3)の3項で述べたように、平成10年12月15日と翌年11年6月29日の心電図には明らかな変化が認められる。この間に肺動脈の血栓性閉塞が生じ、肺高血圧症および右心不全の進展が生じた可能性を否定できないのである。

(4) (4)について
 結果から臨床経過、心電図、胸部レントゲンなどの所見を検討すると、平成10年12月ころより肺高血圧症の病態が徐々に進行し、平成11年3月頃より右心不全が顕在化していることが推察される。
 しかし、外来受診の際にこれらの病態を積極的に示唆する訴えはなく、通常の外来診療における的確な診断は困難である。

4) 4項について

(1) (1)について
 肺高血圧症に有効な治療法はほとんどなく、また、その末期にみられる右心不全に対しては対処療法が行われているに過ぎない。右心不全は肺高血圧症の予後規定因子であるが、心不全治療により生命予後が大きく左右されることはない。

(2) (2)について
 心不全において、心拍出量の低下、腎前性腎不全、利尿薬の副作用等により尿酸値の二次的上昇がみられることはある。
 しかし、日常臨床において尿酸値が心不全経過観察の指標と用いられることはなく、内外の心不全診療ガイドラインにおいても、そのようなことは述べられていない。

(3) (3)について
 抗凝固療法としてヘパリン静注投与とワーファリン経口投与が行われる。疾患の急性期や入院患者においては、作用の発現が速く、かつ確実なヘパリンが用いられることが多い。さらに経口摂取が困難な場合、腸管からの薬剤 吸収が著しく低下していることが多く、経口薬による薬物治療を避けることが原則である。
 また、本件ではヘパリン誘導性血小板減少症を疑わせる所見は全くない。
 したがって、原告らの、「ヘパリンのみを終始投与する被告医院の抗凝固療法は誤りである」との主張こそ誤りといわなければならない。

(4) (4)について
 亡E子においては、NO吸入よる有意な肺血行動態の変化(肺動脈圧および肺血管抵抗の低下)はみとめられなかった。これは肺血管庄の不可逆性変化を示す所見であり、さらに、NO吸入療法やプロスタクリン療法などの肺血管拡張療法の効果が期待できないことを示す所見をである。また、NO吸入には急激な体血圧低下によるショックや死亡、肺水腫の出現などの副作用がある。
 亡E子においては、50ppmまでのNO吸入によっても効果はみられず、それ以上の増量は副作用の危険を増すのみと判断し中止しているのである。

 プロスタサイクリン持続静注法においては、血行動態監視下に投与量の調整が行われる。具体的には、スワンガンツカテーテルによる右心系圧モニターと血圧測定を行いながら通常の点滴静注用ポンプで投与量の調節を行うものである。これらは、循環器ないし呼吸器専門病院においては日常的に行われている手技であり、何ら特殊なものではない。
亡E子においては、プロスタサイクリン持続静注法を実施しなかった。その理由は、NO吸入やプロスタサイクリン経口薬の効果がみられなかったこと、体血圧が低くプロスタサイクリン静注によりショック状態になる危険が高いと判断されたこと、などがある。

 肺動脈血栓内膜除去術は、肺門部切開により到達できる肺動脈の近位部に比較的大きな血栓性閉塞を認める場合に効果が期待できる治療法である。亡E子の場合、血栓閉塞は一部の肺動脈に限られ、本手技による改善効果は期待できないことは明らかである。また、本手技では肺動脈切開と血栓除去が行われるが、その手技自体は何ら困難なものではない。
 被告医院では、より複雑な心臓手術や肺腫瘍摘出術が数多く行われており、その施行に際して技術的及び設備的な問題は何もない。

5) 5項について
 β遮断薬は肺高血圧症による右心不全の増悪因子であるが肺高血圧症自体の悪影響を及ぼすとの病態生理学的及び臨床的根拠はない。
 β遮断薬投与は、循環器内科初診時(平成10年12月15日)から1ヶ月程度に過ぎず、投与中止から6ヶ月以上経過した時点で発生した死亡との因果関係を認めることはできない。
 さらに、結果的に右心不全の顕在化と推察される平成11年3月時点においても、β遮断薬中止から2ヶ月程度が経過している。
 これらの時間的経過より、β遮断薬投与と右心不全および亡E子の死亡との間には因果関係はない。

2. 原告ら準備書面(第三)の第2に対する被告の反論

 原告らは、事実上被告が亡E子の自己決定権を侵害したことを認めたと判断すると述べているが、そのような判断が認められないことは明らかである。
 そもそも、原告らの自己決定権の内容は、到底認められるものではなく、また意味不明である。
 「爾後の行動を決定する権利」とは、具体的にどのように行動するのか明らかでない。
 「被告Sを替える権利」を誰が持っているというのか明らかでない。
 「専門施設への即座に転院する権利」は、具体的にいかなる施設なのか、またその施設が受け入れてくれるのか、明らかにしていない。

3. 原告らの主張は、医学の専門化が検討したものあるとはいえない内容である。
 被告としては、原告らが本件について、専門家に相談されたうえで主張されることは強く希望するところである。

以上


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