以下は、2003年3月14日に被告側代理人より提出された準備書面である。機種依存文字の丸付き数字は[ ]付き数字に、固有名詞は必要に応じてイニシャルとした。
第1 原告ら平成15年1月30日付け準備書面(第二)について、次のとおり反論する。
平成11年6月29日、脳外科S教授から浮腫増強の指摘があったことは事実である。しかし、S教授からの依頼は内分泌的異常(甲状腺機能低下症等)検索についての依頼であり、心不全についての検査を積極的に示唆するものではない。
甲状腺機能検査は平成11年5月18日に施行しており、したがって、指摘があった時点では、すでに甲状腺機能低下症の存在は否定的であった。このため、心不全によるふしゅの可能性を否定する目的で、心電図、心臓超音波を施行している。
1) (1)について
原告らの反論の意味が不明である。病理解剖で得られた所見をもとに主張しているものではない。
死亡時点での臨床診断は、あくまで「原発性肺高血圧症」である。これは、肺高血圧症をきたしうる明かな疾患を認めないこと、肺血流シンチグラム、肺動脈造影、胸部CT検査等の画像診断で、肺高血圧症をきたしうる程度の肺動脈の血栓性閉塞を認めないこと、などを根拠とするものである。
2) (2)について
亡E子には、急激に出現する胸痛・呼吸困難等、典型的な急性肺血栓塞栓症の症状を認めていない。さらに呼吸困難、浮腫などの臨床症状は、増強と軽快を繰り返しながら、次第に悪化傾向を認めた。これらは、慢性肺血栓塞栓症の臨床経過と考えて何ら矛盾はない。経過中、急性肺血栓塞栓症の合併が存在した可能性は否定できないが、それを積極的に示唆する訴え、臨床症状はなく、診断は非常に困難なものであった。
肺高血圧症の臨床症状として、息切れ、全身倦怠感、動悸、浮腫などが知られているが、これらは他の様々な疾患でもみられる非特異的な症状、所見である。このため、肺高血圧症の臨床診断は、しばしば困難であるとされている。平成11年6月29日の心電図では、右軸偏位等、右心負荷所見をみるが、初診時(平成10年12月15日)には、これらはみられない。また、浮腫の増強についての訴えは平成11年3月以降に、いられている。したがって、肺高血圧症および右心不全は平成11年3月中旬以降、比較的急激に進行したと考えられる。
肺高血圧症の診断は、平成6月29日に施行したドップラー法を併用した心臓超音波検査によるものである。急性症状の訴えが無い亡E子において、診断に要した3ヶ月強の期間は長いものとは言えず、さらに、数ヶ月の診断の遅れが生命予後を大きく左右した可能性はない。
原告らは、早期のプロスタサイクリン持続静注法、肺動脈血栓内膜除去術などによる延命の可能性について主張しているが、亡E子においては、入院中におこなったNO吸入試験で肺血管拡張反応がみられなかったこと、外科的に除去可能な血栓を認めなかったことのより、これらの効果は全く期待できなかったは明らかである。
1) 原告らは、被告病院がプロスタサイクリン持続静注法、肺動脈血管内膜摘除術などの治療をできる専門施設ではないと主張している。しかし、両治療法は、いずれも手技的に困難なものではなく、適応があれば被告病院において施行可能である。
2) 原告らの主張は、いずれも亡E子が肺高血圧症であった、という結果にもとずくものである。
肺高血圧症患者では、ほぼ全例に息切れ、動悸がみられるが、一方、息切れ、動悸を訴える患者が肺高血圧症であることは、ごくまれである。
平成10年12月26日の亡E子の救急外来受診の理由は「両下肢の脱力感」であり、原告らが主張する「息切れ、動悸」ではない。
難病医療費等助成制度「原発性肺高血圧臨床調査個人票」によれば、胸部X線上、肺高血圧症を示唆する所見の一つとして、右肺動脈下行枝の拡大(最大径18mm以上)をあげている。しかし、平成10年12月15日(初診時)および平成11年4月20日の胸部X線では、いずれも右肺動脈下行枝は18mm未満であり、肺動脈拡大の定義に当てはまらない。
また、同調査個人票では、心電図所見の特徴として、[1]右軸偏位、[2]肺性P(II、III、aVFのP波≧2.5mm)、[3]V1でR≧5mm又はR/S≧1、[4]V5でS≧7mm又はR/S≦1、を挙げている。確かに、平成10年12月15日の心電図では[2]、12月26日には[2]および[4]を認めている。これらより、この間に肺動脈の血栓性閉塞が生じ、肺高血圧症の進展が生じた可能性(あくまでも可能性)はある。しかし、急性肺血栓塞栓症を積極的に示唆する訴えはなく、その時点における的確な診断は困難である。
1) (1)について
肺高血圧症に対する利尿薬、強心薬の投与は、肺高血圧自体の治療ではなく、肺高血圧症に合併した難治性右心不全による対症療法である。肺高血圧症による右心不全は薬物抵抗性であることもよく知られている。
また、「低心拍出量の指標である血清尿酸値」としているが、全く根拠のない主張である。
2) (2)について
ヘパリンとワーファリンは抗凝固作用をもつ薬剤で、前者は注射剤、後者は経口剤である。通常、抗凝固療法導入時や入院中の患者には経静脈投与により確実な薬効が期待されるヘパリンが用いられ、その後、外来ではワーファリンによる経口抗凝固療法がおこなわれている。
亡E子には、経口摂取も困難であり、コントロールが容易であるヘパリンによる経静脈抗凝固療法を継続している。
なお、ヘパリン誘導性血小板減少症とは、ヘパリン投与後5〜10日に中等度の血小板減少がみられる病態で、投与例の約15%にみられるとされる。これは、ヘパリン投与に際して注意すべき副作用であるが、亡E子においては血小板減少などはみられておらず、さらにヘパリン継続と二次血栓の発生には何ら関連はない。
3) (3)について
肺血栓塞栓症に対する血栓溶解療法は、画像診断で肺動脈主幹部の血栓が確認された急性例についての効果が認められられている。しかし、亡E子においては、慢性の経過を辿り、さらに画像診断上、主幹部の血栓は認められなかったため、血栓溶解療法の適応がないことは明らかである。
4) (4)について
亡E子の臨床診断が「原発性肺高血圧症」であったことはすでに主張した。画像診断上、末梢肺動脈の血栓を認めたが、肺高血圧の原因となる可能性は否定的で、除外診断により「原発性肺高血圧症」としたのである。
5) (5)について
近年、携帯型ポンプを用いたプロスタサイクリン持続静注法が肺高血圧症の長期予後を改善する治療法として注目されている。プロスタサイクリンの使用に関して、「当医院においては携帯型ポンプの使用経験はなく、治療効果が確認されかつ長期の投与が必要となれば、携帯型ポンプの治験が行われている国立循環器病センターへの転院を考える」との説明を原告らに行っているのである。
前述したが、入院中のプロスタサイクリン持続静注法は、どの施設においても施行可能なものである。
6) (6)について
平成11年8月17日に行ったNO吸入試験に関して、事前に患者および家族の書面による同意が得られており、試験終了直後には結果(NO吸入療法は無効であったこと等)に関する詳細な説明を行っている。また、試験およびそれに伴う処置は問題なく行われ、合併症等は認めてない。
原告らは、より早期に施行べきであったと主張するが、結果的に末梢肺動脈の血栓性閉塞が肺高血圧の成因であった亡E子においては、施行時期に関わらず、結果は同様であったと考えられる。
原告らは、当初よりβ遮断薬の投与と右心不全および死亡との関連を主張している。亡E子が、β遮断薬を服用した期間は当科初心時(平成10年12月15日)から平成11年1月26日までの期間と考えられるが、その中止時点である平成11年1月26日には浮腫等の右心不全症状はみられていない。右心不全症状の顕在化は平成11年3月中旬以降であり、β遮断薬投与中止後、約2ヶ月が経過している。よって亡E子の右心不全とβ遮断薬投与の因果関係を認めることはできない。
また、原告らはβ遮断薬投与と肺高血圧症進展の因果関係を主張している。亡E子の肺高血圧は肺動脈の血栓性閉塞であり、血液凝固系に影響を及ぼすことのないβ遮断薬との関連は考えられない。
以上