被告医師陳述書(乙A4号証)

以下は、2003年6月20日に被告側代理人より提出された被告医師の陳述書である。固有名詞は必要に応じてイニシャルとした。


平成15年6月18日
J 大学医学部付属J 医院
循環器内科 S・S

陳述書

1. 私は、亡O・E さん(以下、「亡E子さん」といいます。)の循環器系の病状のついて外来で診療に携わり、また入院後も直接担当医になりませんでしたが、担当医からいろいろ相談などを受けたりして間接的ではありますが診療に携わりました。その診療経過は、別紙診療経過のとおりですが、内容について説明を加えさせていただくます。

2. 私が初めて亡E子さんを診察したのは、当院脳外科の紹介により外来受診された平成10年12月15日です。このときの脳外科の紹介理由は、最近動くと脈が早く動悸もするというものでした。そして脳外科とられた心電図と胸部レントゲン写真を持参されました。

 亡E子さんによると、高血圧でカルシウム拮抗薬(エマベリンL)の処方をうけているが、その処方を受けたあとから動悸などが出るようになったとの話しでした。

 亡E子さんが持参した心電図、胸部レントゲン写真の所見は別紙のとおりですが、胸部レントゲン写真の所見は別紙のとおりですが、胸部レントゲン上肺動脈が特に太いということはありません。そして、脈拍が112/分と速い他は理学的に異常な所見ありません。更なる検査は必要ないと考えました。

 私は、心電図所見、胸部レントゲン写真の心陰影の拡大所見は高血圧によるものであり、また頻脈・動悸の原因はエマベリンLによるものでないかと判断しました。

 そこで、降圧剤をβ遮断薬(アーチスト)に変更、3週間分処方し経過をみることにしました。

3. 亡E子さんは、12月26日(土)の午後に下肢の脱力感が強くなったということで脳外科の外来を受診、そのとき脈が速いということで循環器内科の当直医の診察も受けています。そして、当直医には、動悸、息切れを感じることもある、と言う話しをしています。

 当直医は血液、心電図、心エコーの検査を行ってくれています。心エコー検査ですが、救急室の機器は汎用のものであまり描出がよくなかったようです。しかし、そうであっても右心室の拡大がもしあればその描出は比較的容易にできるものですので、この段階で右心室の拡大はなかったと考えられます。

 血液検査でGOT, GPTなどの上昇があり降圧剤アーチストによる肝機能障害が疑われています。そこで、アーチストを同じβ遮断薬のテノーミンに変更されています。

4. 翌11年1月5日、亡E子さんは私の外来を受診されています。降圧剤をβ遮断薬に変更したことにより、頻脈が改善したと考えられました。

 しかし、それによる肝機能障害が疑われるため、降圧剤をやむを得ず亡E子さんが持っているエマベリンLを服用してもらって経過を見ることにしました。

 1月19日、亡E子さんは私の外来を受診されています。このときの脈拍数はエマベリンLだと脈が速くなるとかんがえられました。すなわち、頻脈の原因として、エマベリンLが強く疑われたのです。

 そして、肝機能検査結果も改善していましたので、降圧剤を再度テノーミンに変更しました。

 1月26日、当院脳外科から、亡E子さんがテノーミンの副作用と思われる下肢の脱力、シビレ感、嘔気などを訴えている当ことで診察の依頼がありました。

 私が診察したのですが、全身がだるく手足のシビレ感が強いと言うことでしたが、脈拍は頻脈というものではありませんでした。そこで、降圧剤をカルシウム拮抗薬ですが脈拍低下作用のアルヘルベッサーRに変更しました。

 2月16日、亡E子さんは私の外来を受診されました。テノーミンの副作用と考えられたシビレ感の状態は変わらないようでしたが、脈拍は少し頻脈傾向でした。しかし、肝機能検査結果も特に悪化していないこともありが、経過を見ることにしました。

5. 3月16日、亡E子さんは私の外来を受診されました。亡E子さんから血圧は落ち着いているが、最近下肢がむくんできたという話しがありました。脈拍は少し頻脈傾向ですが特にひどくなったということはありませんでした。また、胸部の聴診でも、それまでと変わらず心音に雑音なく呼吸音でもラ音を聴取していませんし肝機能検査結果も特に悪化していませんでした。

 私は、下肢のむくみについて、特に亡E子さんから他に訴えもないことなどから、主に亡E子さんの年令的なものと日常活動の低下によるものではないかと考えました。そこで、降圧剤のほかに、利尿剤を5回分処方し経過を見ることにしました。

 4月20日、亡E子さんは私の外来を受診されました。血圧、脈拍の状態は変わりませんでしたが下肢のむくみが前よりひどくなった、との話しがありました。胸部の聴診では、心尖部に軽い心音の収縮期雑音を聴取しましたが、呼吸音でラ音の聴取はありませんでした。胸部のレントゲン写真では、心胸郭比が60%と軽度心陰影の拡大が認められましたが前回12月15日のものと比べて明らかな変化はありませんでした。心エコー検査については、念頭にあったのですが、前年12月26日に行われており、それでは特に異常な所見も認められていませんでしたので行いませんでした。

 下肢のむくみについては、亡E子さんからあまり歩かなくなったという話しもあり、下肢の静脈の血流がうまく還流しないことによるものと考えました。

 また、心尖部の心雑音については、亡E子さんが高血圧でもあることから心臓に問題があるものではないと考えました。

 そして、前回と同じ処方を出しました。

 5月18日、亡E子さんは私の外来を受診されました。血圧、脈拍は落ち着いていますが、下肢のむくみは相変わらずの状態でした。

 もっとも、この日の体重は50kgで12月15日の時と変わりませんでした。しかも、前回4月20日のときには利尿剤を5回分しか処方していません。すなわち、むくみがどんどん悪くなってきたという状況ではなく、むくみの原因を心臓の方に求めることはできないと考えました。

 しかし、むくみが2ヶ月以上も改善していないことから、甲状腺機能低下症を鑑別診断しておく必要があると考えてその検査を行いました。その結果は、甲状腺機能低下症をを否定できるものでした。

6. 6月29日、脳外科外来から私に、亡E子さんや家族はむくみが軽減してきているということだが、下肢だけではなく顔のむくみも目立ってきているので内分泌の検査も含み診察の依頼がありました。

 私が診察したところ、血圧、脈拍には明らかな変化はなかったのですが、むくみがひどくなっていました。

 私は、既に内分泌疾患として甲状腺機能低下症の検査を行って鑑別診断をしていましたので、むくみが心臓に関係したものかどうか鑑別する必要があるとはんだんし、心エコーと心電図の検査を行いました。

 その結果、右心系の拡大と肺高血圧症が疑われましたが、左心系から右心系へのシャント血流の所見は明らかでありませんでした。そこで、右心系の拡大、肺高血圧症は肺血管の異常によるものとがうたがれました。もっとも、左心系から右心系へのシャント血流を完全に否定できたものでもなく、心疾患自体による可能性も考えなければなりませんでした。これは、右心系の拡大と肺高血圧の関係がどちらも原因・結果にもなるからです。そこで、まず肺血流シンチグラムの検査を行うことしました。

 7月6日、亡E子さんは7月2日の肺血流シンチグラムの検査を踏まえて私の外来を受診されました。その検査所見は、先天性心疾患に否定的ものであり、また肺高血圧症を来すほどの肺塞栓症の所見も認められませんでした。

 そこで、肺高血圧症の原因不明の原発性の可能性が高いと考え、入院も含め精査をしていくことにしました。そして、まずは、左心系から右心系へのシャント血流の有無を確認するために経食道エコー検査を行うことにしました。

 なお、この日、利尿剤を2種類処方しました。

 7月14日、経食道エコー検査を行い、そして入院・検査の予定をたてました。経食道エコー検査では、冠動脈から右心房に向かう軽度ノシャント血流所見が認められましたが、この血流は肺高血圧を来すほどのものではないと考えられました。

7. 7月29日、亡E子さんは、1〜2週間の検査目的で入院しました。

 しかし、入院当日の体重は56kg、下肢のむくみは著明で、チアノーゼもあり、胸部レントゲン写真で心胸郭比が64%と明らかに右心不全の状態が悪化しているのが認められました。

 入院後に行った各種検査の結果は、肺高血圧症の原因を心臓自体に求めることはできず、また肺塞栓症にも求めることはできず、原発性肺高血圧症と除外診断しました。

 一方、亡E子さんの病状は、入院後は重症な肺高血圧症の状態であり、いろいろな治療にもかかわらず悪化の経過をたどりました。特に、肺高血圧症の対処療法として肺動脈血管の拡張を期待して行ったプロスタグランディン製剤の投与(ドルナー経口投与)、NOの吸入などの治療は残念ながら効果がありませんでした。

 そして、8月31日午前10時21分亡くなられました。

8. 亡E子さんは、肺高血圧症でした。この肺高血圧症の臨床症状として、息切れ、全身倦怠感、動悸、浮腫などが知られています。しかし、これらの症状は、肺高血圧症に特異的な症状ではなく、他の様々な疾患でも良くみられる非特異的なものであります。そして、肺高血圧症は比較的まれは疾患であります。このため、肺高血圧症の臨床症状については、一般臨床の場でしばしば困難であるといわれています。

 肺高血圧症と臨床診断がついてから、それ以前の臨床症状は肺高血圧症によるものであるということは簡単です。平成11年6月29日の心電図では、右軸偏位等、右心負荷所見を認めますが、初診時の平成10年12月15日の心電図には、これらの所見は認められていません。また、むくみの増強についての訴えは平成11年3月以降に明らかになっています。したがって、肺高血圧症および右心不全は平成11年3月中旬以降、比較的急激に進行した考えられます。

 肺高血圧症の診断は、平成11年6月29日に行ったドップラー法を併用した心エコー検査によるものです。急性症状の訴えが無い亡E子さんにおいて、むくみの訴えがあったときから診断までに要した約3ヶ月強の期間は長いものとはいえないと考えています。さらに、その期間が亡E子さんの生命予後に影響した可能性は、診断後の経過からみてないと考えています。

 なお、早期のプロスタサイクリン持続静注法、肺動脈血栓内膜除去術については、入院中に行ったドルナー経口投与、NO吸入で肺血管拡張反応がみられなかったこと、外科的に除去可能な血栓を認めなかったことにより、これらの治療効果は残念ながら亡E子産にとって期待できないことは明らかです。

以上


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