犬夜叉回顧録
四魂の玉とは何だったのか
−人間vs妖怪の千年戦争は「終戦=自らの消滅」を望んでいた−

 【犬夜叉】は「四魂の玉をめぐる戦国御伽草子」というタブタイトルで一般世間に認知されています。記念すべき連載第1話の冒頭で、主人公犬夜叉が掴んで登場。つまり四魂の玉こそは、アイテムジャンルの主役だったといえるでしょう。
 最終回の1話前では主人公&ヒロインと最後の対決を行い、鮮やかに散って物語のクライマックスを彩りました。ラスボス奈落でさえ、四魂の玉の露払いだったという絶大な存在感。連載第4話でヒロインの矢によって粉々になりながら、その欠片レベルでも実にコミックス54巻分を引っ張ったとてつもない能力。うーん、映画なら助演男優賞(性別あるのか?男ということでいいのかな^^;)を差し上げたい。

 さて四魂の玉の四魂とは、荒魂、和魂、奇魂、幸魂でそれぞれ勇、親、智、愛を司る。コミックス第10巻第6話で弥勒が詳細に解説してくれます。『おらさっぱりわからん(七宝^^;)』という難しい観念の存在ですが、四魂が揃って一霊となり肉体に宿ったものが心。四魂が正しく働いた一霊が直霊(なおひ)で人心を正しく保つ。悪行を行えば四魂の働きは邪悪に転び、一霊は曲霊(まがつひ)となり人は道を誤る(この曲霊はコミックス第52巻第5話で奈落の体の一部を借りて登場。かごめの霊力を封印して一行を散々苦しめます)。
 その生い立ちは「桁外れの霊力を持った平安時代の巫女・翠子」と、「その巫女に想いを寄せた男の妄念に取り憑いて結集した妖怪集団」との七日七晩の壮絶な死闘の末に、ついに力尽きて食われかけた翠子が妖怪の魂を奪い取って自らの魂と共に外に放り出したというものでした。

 小さな水晶玉の形態ながら、その中では永遠に翠子と妖怪達の魂が死闘を繰り返している。玉を手にした者が人間だろうが妖怪だろうが、人間ならば命を繋ぎ腕力を超人的に上げ、妖怪ならばその妖力を天井知らずに引き上げる。それは玉が粉々になって一片の欠片になってさえさほど衰えないというスーパーアイテム。

 四魂の玉は誕生以来、数々の人間と妖怪の間を行ったり来たりしつつ、
実は「まともに願いを叶える」なんてことは一度もしなかった。弥勒はコミックス第9巻第7話で「四魂の玉の妖力を得る者は心を失う」と警告しています。玉を使って良いことをしている者など見たことがない、ということですね。
 珊瑚の故郷である退治屋の里が、玉生誕の地。巡り巡って珊瑚の祖父の代に退治した妖怪の腹から出てきたが、汚れまくっていたために桔梗の手に委ねられ、桔梗が並はずれた霊力で清めていた。

 数多くの犬サイトで四魂の玉について語られている中で、つまり桔梗が玉を清めすぎたためにバランスが崩れて奈落という怪物を産み出したという説もありました。
 並はずれた霊力を持っていたために普通の女としては生きられず、いわば宿命のように巫女となって妖怪達から村と玉を護る役割を担っていた桔梗。彼女は、自分と同じように「人間であって人間でない」半妖の少年犬夜叉と出会い、境遇が似ていることからほのかな慕情を抱く。四魂の玉を犬夜叉が人間になることに使うなら玉は浄化されて消滅する。桔梗はそう考え、犬夜叉を人間にして玉を消滅させ、巫女という立場を捨てて一緒に生きようと願った。
 一方、桔梗がかくまっていた鬼蜘蛛という全身大火傷で動けない野盗は、桔梗に歪んだ想いを抱き、集まってきた妖怪集団に「桔梗を自分の女にする体をよこせ」という条件で体を喰らわせる。その結果、四魂の玉が誕生した時と同じ構図で、闇の半妖・奈落が生まれる。「人間が繋ぎ」だった割には、奈落にとって鬼蜘蛛の意識は邪魔なものでしかなかったようで、本物の妖怪になるという願いを叶えるために犬夜叉と桔梗に化けて二人の恋仲を引き裂き、憎しみ合わせる。四魂の玉に憎しみの血を吸わせて汚し、桔梗が自分だけは生きながらえたいという願いをかければ、玉は汚れきって奈落を妖怪にするアイテムに化けるという筋書き(もっとも復活後の桔梗は犬夜叉に「奈落が私たちを引き裂いたのは鬼蜘蛛の嫉妬心からだ」と語ってます。これはこれで物語をまた一段と深遠で複雑にしていましたね)。

 しかし桔梗は犬夜叉を矢で貫きながらもその命まで奪うことができず、すべてを終わらせるために玉を持ったまま自らの体を燃やさせてしまう。奈落にとっては完全に計算外で、彼はそのあと50年間も変化を繰り返しながら、いわば「ヤケクソ半分で」人間を殺し続ける。その過程で弥勒の祖父とも闘い、右手に風穴を空ける。

 四魂の玉は燃えて灰になっていく桔梗の潜在意識にあった「願い」を認知し、500年の時を越えて現代(設定では平成8年)の少女・かごめの体内に転生する。そのかごめが15歳になった時に、骨喰いの井戸を通って戦国時代に行き、封印された犬夜叉と出会う…。
 るーみっくワールド史上最長の大河ロマンは、こうして幕を開けたのでした。(いやはや、連載第1話に至るまでの過去の話の盛り沢山なことといったら。)

 コミックス第5巻第9話で復活した桔梗は、本当はかごめの中で永遠に眠りについたまま、犬夜叉に会って彼とやり直し、彼を支えることができれば満足だったのかもしれません。しかし裏陶によって魂を分離させられて別人格となった以上、かごめの中に還ることを拒絶。その結果、桔犬かの三者はこの物語を長く彩る、複雑で涙する三角関係を形成することになるのです。

 主人公犬夜叉が四魂の玉をどうとらえているか、も長い物語の過程で変化します。連載初期の犬夜叉は「完全な妖怪になるために」四魂の玉を狙っていたのですが、桔梗との悲劇、かごめとの出会い、鉄砕牙の獲得、桔梗の復活という流れの中で次第に、自分が半妖であることを誇りにしていくようになります。連載の後半になると、犬夜叉は「四魂の玉を狙う奴等がいなくなるまで闘う」という考えになっていました。桔梗の仇だった奈落を倒すという目的の前に、四魂の玉はむしろ「護るべき存在」に変わったわけです。

 四魂の玉は絶対にこの世からなくならない。おそらく過去に数多の人間も妖怪もそう感じていたでしょうし、ラスボス奈落もそう言った。玉を手にした者がどんな願いをかけようが、それは必ずエゴを伴うから玉は闇のエネルギーに変えてしまう。人間の中でどんな清らかな魂を持つ者(その代表が巫女)であっても、エゴを伴わない願いはない。
 では桔梗が玉を浄化して消滅させることができると考えた「犬夜叉の人間化」もエゴなのか。「今週の犬夜叉」第557話の段階ではそう書いたのですが、願うのが桔梗であればそれは自分のためではなく愛した異性のため。我が身可愛さのエゴだけではないかもしれません。ただ…「唯一の正しい願い」ではなかったのです、やはり。

 かごめは四魂の玉や日暮神社の由来を何度祖父から教えられても「忘れてしまう」。この理由は、筆者が大勢のネット界の知人とつきあう内に教えられたこととして、「それはかごめ自身がこれからその由来を作っていくからだ」(つまり祖父にとっては過去のことでも、かごめにとっては未来のことだから覚えることができないのだ)と考えていました。
 コミックス第52巻第4話で「唯一の正しい願いだけが玉を浄化させて消滅させる」ことをかごめは知る(正確には「忘れずに認識する」)。でもその正しい願いとはなにか、がクライマックスまでわからなかったのです。

 奈落が自らの命と引き替えにかごめを閉じこめた冥界。四魂の玉自身の願い。元の世界に帰りたいならそう願え。願わないなら永遠にこの中で独りだ、と玉はかごめを脅迫する。かごめが帰りたいと願えばその魂は取り込まれ、玉の中で延々と繰り返される翠子と妖怪の千年戦争の一部になって苦しみの連鎖を続ける。
 四魂の玉は、ささやかな願いであっても本当に叶えてはくれない。だから正しい願いとは「玉自身の消滅」…かごめはそれを悟るも、自分の身がどうなるかが怖くて口に出せなかった。かごめとの出会いによって心を取り戻し、命懸けで彼女を護ると誓った犬夜叉がその場に駆けつける。連載第1話で運命の出会いをした二人は、その“絆”によってついに四魂の玉を消滅させる。

 さて、四魂の玉とはなんだったのか。
 この問いに対する答えを考える時、筆者はちと逆説的になりました。「もしかすると一番消滅を望んでいたのは、四魂の玉自身だったのではなかろうか」と。
 玉の中で延々と繰り返される人間vs妖怪の千年戦争。疲れることもなく延々と続く闘いの連鎖…。外部から入力されるどんな願いも、エゴが絡む以上妖怪集団の繋ぎに吸収され、無限地獄に陥るのみ。奈落は「玉自身の願い」と言っていましたが、玉は自分で自分の消滅を願うことができない。だから「この世から消えろ」と願ってくれる者を待っていたのではないかと。

 桔梗は自分の命とともに玉を消し去ろうと燃やさせた。つまりこの行為は、半分正しかったのです。かごめが唯一の正しい願いの件を認識する先述のコミックス第52巻第4話。かごめの真の霊力を封印しているのは桔梗ではないかという件で、犬夜叉は「もう闘いたくない、という桔梗の願いを玉が叶えたんだと思う」と、驚くほど優しい事を言ってたのですが、実は桔梗のその願いは玉自身の本当の願いと同一線上にあった。しかし残念ながら正解ではなかった。桔梗にも犬夜叉にも、あまりに深い哀しみを残していたから。

 だから四魂の玉は「唯一の正しい願いを悟れる人間を捜した」のです。500年かけて。犬夜叉が「おれに会うために生まれてきてくれたんだ」と言った少女を。
 かごめは四魂の玉を体内に宿して生まれ、戦国時代に行って犬夜叉の封印を解き、彼と冒険を積み重ねながら“絆”を作り上げていく。桔梗の魂の分離と対立、辛い三角関係の継続もまた、皆の試練だったわけですね。奈落との闘いで無念にも桔梗は敗れるのですが、玉の中に光の爆弾を仕掛ける。犬夜叉と仲間達の奮闘で、桔梗は自らの魂が救われたと独白し、犬夜叉の涙と口づけを受けて笑顔で天に還っていく。そして彼女が玉の中に仕掛けた一筋の光は、奈落を滅する爆弾ではなく、琥珀の命となって皆に後を託す。

 奈落もまた、真の願いを叶えられることがないまま殺生丸の爆砕牙、犬夜叉の冥道残月破、かごめの破魔の矢の波状攻撃で消滅する。四魂の玉は最後の攻撃に出ます。奈落を操ってかごめを冥界に閉じこめて。

 でもねえ、本当は玉自身が「かごめに玉の消滅を願って欲しかった」ように思えるのです。しかしその正解を自らは言えない(玉のくせに口はきけるところがなおさら手が込んでいる)。玉の一部になり永遠に闘うためにかごめは生まれてきた、とわざわざ犬夜叉を挑発する念の入りよう。犬夜叉が鉄砕牙(別の機会に語りますが、これぞ四魂の玉と対峙したアイテムジャンルのライバルだった)で冥界を切り裂き、かごめの元にやって来る。これで勇気を得たかごめは「消えなさい!」と叫ぶ。

 その言葉で亀裂が走り、粉々になって消えていく四魂の玉は、もし人間であれば歓喜の涙を流していたのかもしれない。長い長い闘いがやっと終戦を迎えた。苦しみ続けていた翠子の魂も妖怪達の魂も、安息の時を迎えて静かに眠りについた。
 四魂の玉もまた、苦悩し続けた末に主人公とヒロインによって救われたキャラクターであった。筆者は、そんな逆説的なことをふと考えたのでした。

 最終回で骨喰いの井戸が3年ぶりに繋がり、犬かごは再会して大団円(設定上は現代側が平成11年ってことになるのかな?)。もしかするとこれもまた、四魂の玉が自らに安息の時をくれた二人に示した「感謝の証」だったのかもしれません。
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