はじめに

 フォルクローレでいうリズムは、基本的には、単に拍子のとり方のみでなく、曲の雰囲気、調子、形式なども規定するものです。種類も非常に豊富で、少なくとも80種類以上はあります。ここではその中から、よく演奏される代表的なリズムをいくつか紹介してみます。名前はそのうち覚えてしまいますから、無理して覚える必要はありません。リズムの名前をだんだんと覚えてきたら、それぞれのリズムの持ち味にも目をやってみて下さい。フォルクローレに対する理解が、きっと深まることと思います。

1.ワイニョ、ウァイニョ、ウァイノ  huayño, huaino, waino

 最も一般的なリズムといってよいでしょう。インカ時代から伝わる円舞曲に用いられるリズムです。2拍子で、ボンボ、ギター、チャランゴといったリズム楽器のひとは、まずこのリズムを練習します。地方、部族ごとに様々な形式をとり、現代的な曲にも使用されます。フォルクローレを代表するリズムといっても過言ではないでしょう。アルゼンチンではカルナバリート(carnavalito)とも呼ばれます。

代表曲:花祭り(カルナバリート)  テソリート  谷間のカーニバル  コンドルは飛んでいく(後半)

2.カルナバル  carnaval

 ボリビア東部のサンタクルス地方の舞曲。8分の6拍子と4分の3拍子の混合拍子ですが、どちらかといえば4分の3拍子に近いです。この混合拍子はメスチソ系リズムによくあるということです。亜熱帯のこの地方の音楽は、元々はケーナなどの楽器は使われなかったのですが、フォルクローレがアンデス地方の民族音楽から一つの音楽ジャンルとして確立されていく過程で、フォルクローレとしてアレンジされ取り込まれました。そして現在では非常に一般的なリズムとなり、サークル内でもよく演奏されます。このように、フォルクローレはなにもアンデス地方の音楽に限るわけではなく、アンデス地方以外の音楽を、ケーナのようなアンデス地方の楽器で演奏することもよくみられます。さて、話を戻すと、、このリズムは管楽器も弦楽器も難しいことが多いですが、格好良い激しい曲や、ケーナソロの名曲、そしてフォルクローレではあまりない長調の明るい曲も多く、非常に人気の高いリズムです。

代表曲:カルナバル・グランデ  緑の大木  満月の夜  コリ

3.クェッカ  cueca

 これもまた舞曲。ペルーのリマに興り、18世紀頃から盛んに踊られるようになったスペイン舞曲サマクェッカが元です。これもメスチソ系混合拍子ですが、これはどちらかというと8分の6拍子に近いです。アルゼンチンではサンバ(後述)へ、ペルーではマリネラに発展しました。かなり定まった形式を持っています。盛んに踊られただけあって、あちこちの地方で聞くことができ、またそれぞれの地方ごとに特有の曲調(ゆったりとしたクエッカボリビアーナ、はつらつとしたクエッカチレーナなど)を持っています。リズムに慣れるまでが大変かもしれませんが、一般的には躍動感ある曲が多く、とても楽しいリズムです。

代表曲:ラ・ボリビアーナ  水瓶のクエッカ  コージャ族のクエッカ

4.サンバ  zamba

 ブラジルのサンバ(samba)とは違います。前述の通り、クエッカからの発展で、アルゼンチンのみで用いられます。クエッカを遅くしたような感じで、アルゼンチンの巨匠が作曲した渋い名曲が多いです。これはアルゼンチンの曲全般にいえることですが、普段はあまり目立たないギターが主役や準主役となる曲が多いです。

代表曲:灰色の瞳  トゥクマンの月  アルフォンシーナと海

5.タキラリ  taquirari

 ヨーロッパの流れをくむ、ボリビアのポピュラー音楽のリズムでボリビア東部の熱帯で生まれました。4拍子のリズムの3拍目にアクセントをつけるリズムです。「タキ」とはケチュア語で歌や踊りのことだそうです。歌謡曲らしく、情熱的なものから哀愁漂うものまで曲調も様々で、独特のトロピカルな感覚にはファンも多いです。

代表曲:ネグリータ  サクランボの唇  カチャファス

6.バイレシート  bailecito

 スカーフを振って軽快に踊るメスチソ系混合拍子の舞曲です。ほとんど形式が定まっていて、かけ声なども決まっています。初めて聞くとみな同じように聞こえてしまうかもしれませんが、かわいらしい曲も多く独特の魅力を持っているのです。

代表曲:移民のバイレシート  ビバ!フフイ  トレス・バイレシートス

7.モレナーダ  morenada

 語源の「モレーノ」(=浅黒い)のとおり、黒人系のリズムで、カーニバルの行進曲に使われます。マトラカというガラガラのような楽器が特異的に使用されますが、この音は黒人奴隷の鎖の音を表しているそうです。むこうの人は50kgもあるといわれる鎧のような絢爛豪華な衣装を身にまとって何時間もパレードをするそうで、したがってこのリズムの曲は基本的にはエンドレスとなっています。

代表曲:オルーロ  ラ・マリポーサ  グランポデールのモレナーダ

8.サヤ  saya

 これも黒人系のリズムです。アフリカより連れてこられた黒人奴隷たちが脱走して作った集落の音楽から生まれたそうです。2拍子とも3拍子ともつかないリズムですが、2拍子風に演奏されることが多いです。体で覚えるしかないでしょう。最近ではサヤから発展したカポラルというリズムも人気があります。このリズムを聞いて踊りだしたくなったら、もうあなたは完全な民音人です。

代表曲:牧童頭  サンベニートの祭り  トゥイラ・トゥイラ  泣きながら  トゥントゥーナ(トゥントゥーナ)  ブスカンド・ウン・アモール(カポラル)

9.トローテ  trote

 "trore" は英語の"trot(馬の早駆け)"に相当する語で、その名の通りとても速く激しいリズムです。かっこいいのですが、リズム系の人はとにかく疲れるリズムで、速度を一定に保って演奏するのがとても難しいリズムです。チリの舞曲ということらしいですが、とても激しい踊りなのでしょう。また、「トローテ」は激しい曲の総称としても使われるようです。

代表曲:サンフランシスコへの道  みんな一緒に  スリキ

10.ティンク  tinku

 ポトシ地方の喧嘩祭りの音楽から生まれたリズムだそうで、単純で、8ビート風に演奏されることもあるノリのよいリズムです。聞き手と一体化するのに適したリズムであり、街頭演奏でもよく演奏されるリズムです。

代表曲:サリリ  ヒナヒナ  イミジタイ

11.ヤラビ  yaravi

 ヤラビは叙情詩という意味だそうで、葬送曲やミサの曲としても使われたそうです。これはリズムというよりは、曲の雰囲気を表すもので、ゆったりとした寂しげな曲が多いです。また、前半ヤラビ、後半ワイニョという形式の曲も多くあります。

代表曲:コンドルは飛んでいく(前半)  ナウエル・ワピ  心の君

12.チュントゥンキ  chuntunqui

 ポトシ地方のクリスマスソングから発展して成立したリズムだそうです。カルカスというグループが多用したことによりメジャーになり、現在ではボリビアのコーラスグループが歌うハーモニーのきれいな曲に多用されるようになりました。

代表曲:アモル・テ・バス  シン エリャ

13.トナーダ  tonada

 もともとはチリの叙情歌謡ですが、現在ではチリに限らず聞くことができます。長調で明るいメロディーの、のんびりした感じの曲が多いです。

代表曲:ハク  ラ・ビディーダ  スィワイセアーナ

14.シクーリ  sicuri

 その名の通り(アイマラ語ではサンポーニャをシークと呼ぶ)、サンポーニャのドブレを中心とする、シクリアーダと呼ばれる伝承曲に使用されるリズムです。多人数で演奏されることが多いのと、ドブレ奏法であることから、非常に迫力のあるリズムです。

代表曲:ビバ!コチャバンバ  クルス・ローマ

15.カンドンベ  candombe

 カーニバルの時などに黒人達が、仮装して行列をつくって踊りながら街中を練り歩く風習を表します。拍子木のような楽器であるクラベスが特異的に用いられます。ウルグアイのリズムらしく、ラテン風の底抜けに陽気なリズムです。

代表曲:ホセのカンドンベ  シン・ティ

16.サンファニート  san juanito、 sanfuanito

 ワイニョと同系統の2拍子のリズムとされています。エクアドルを代表するリズムです。ロンダドール(エクアドルのパンフルート)、バイオリン、マンドリンといった、普段はあまり使われない楽器がよく使われます。同じメロディーをひたすら繰り返すリズムで、しかもメロディー自体が曲同士で似通っているので、最初はどこがよいのか分からないかもしれません。しかし、このリズムの魅力にはまってしまった人は数多く存在します

代表曲:ニュカ ジャクタ  セラニアス  リャモール

17.ホローポ  joropo

 ベネズエラの方のリズムです。速くて激しい3拍子のリズムで結構人気の高いリズムですが、演奏するのは難しい曲が多いです。

代表曲:エル ガビラン コロラオ  私の一番愛するもの  水の歌


(c) Copyright 1997 東京大学民族音楽愛好会

このページについてのお問い合わせは
管理人まで