Q1: パレスチナの子どもはどこにいるのですか?
Q2: なぜレバノンに住む子どもだけ支援するのですか?
Q3: 里親は日本にパレスチナの子供を引き取って育てるのですか?
Q4: 里親になるには条件や資格がいりますか?
Q5: 里親になるにはどうすればよいのですか?
Q6: 里親を続けることが出来なくなった場合はどうすれば良いでしょうか?
Q7: 里子との交流方法にはどのようなものがありますか?
Q8: 里親会員以外にも援助方法はありますか?
Q9: 会計報告はどのようにされていますか?
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Q1: パレスチナの子どもはどこにいるのですか?
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A1: 「パレスチナ」という地名は、地図で探してもありません。
それは1948年、中東の「パレスチナ」と呼ばれた地域に、ユダヤ人の国「イスラエル」が作られたからです。
そのため、昔からパレスチナに住んでいたアラブ人の多くは土地を追い出され、"難民"となって、
隣接したアラブの国々に逃れました。パレスチナの人々は、50年以上経つ現在もなお、アラブの国々、
現在のイスラエル、イスラエルに占領された地域などに離散しています。
「パレスチナの子供の里親運動」は、その中でもレバノンに住むパレスチナの子供たちを支援しています。
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Q2: なぜレバノンに住む子どもだけ支援するのですか?
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A2: レバノンは、1975年から1980年代後半まで内戦状態が続き、キャンプへの攻撃も何回も繰り返されました。
1982年には、イスラエルがレバノンに侵攻し、それを契機に、レバノン民兵による難民キャンプの包囲、攻撃が起きました。
ベイルートにある、サブラとシャティーラの両キャンプでは、1,800人を超えるパレスチナ人が虐殺されたのです。
このときの犠牲者の遺児に里親を探すことから、私たちの運動が始まりました。1984年9月のことです。
救援活動をしていたパレスチナ人女性から里親探しを依頼されたのが、当時、
レバノンを取材中のフォトジャーナリスト・広河隆一(パレスチナの子供の里親運動顧問)でした。
このようなきっかけで私たちの運動は始まり、現在も引き続きレバノンに住むパレスチナの子供たちに支援をしています。
レバノンの難民キャンプは、1985年から数年にわたり、何回となく激しい包囲、攻撃にさらされました。
救援物資さえ届けられない時期もありました。
時には餓死者も出、飲み水を運ぼうとして殺された母親や子供もいました。
この頃、日本のマスコミも連日のように難民キャンプの惨状を報道していましたから、
ご記憶の方もいらっしゃることでしょう。
日々の食糧にも事欠き、生命さえ脅かされるという状況が随分続きました。1990年代に入ると少し状況は良くなりましたが、
南レバノンでは小規模の衝突はいまだ日常的に起きていますし、1993年7月には、
1982年以来といわれるほど大規模なイスラエル軍による爆撃を受けました。
戦争状態が長く続いたレバノンは、現在復興を進めていますが、経済的にも社会的にも、内戦状態前には戻っていません。
その中で、外国人であるパレスチナ人は、働くにも許可が必要で、しかも仕事を探すことが非常に困難になっています。
そのため、他のアラブの国々に比べ、最低限以下の生活を強いられているパレスチナ人が多いことも、
レバノンに住む子供に支援を続けている理由です。
1993年に始まったイスラエルとパレスチナの和平交渉でも、
レバノンを始めとする外国に住む難民の問題は先送りされています。
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Q3: 里親は日本にパレスチナの子供を引き取って育てるのですか?
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A3: いいえ、日本の家庭でパレスチナの子供を育てるわけではありません。里親は
・毎月決まった金額を支援金として送ります。
・手紙などのやりとりで、経済的、精神的に子供とその家族を支えます。
その支援金をとりまとめてレバノンに送金するのが里親運動の事務局です。
里親を必要としている子供の紹介、報告等は、レバノンのパレスチナ人が作っている児童福祉団体、
「ベイト・アトファル・アルソムード」が窓口となって行っています。
この団体を運営してきたのは、初めに里親運動の橋渡しをしてくれた人を中心とする、パレスチナの女性達でした。
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Q4: 里親になるには条件や資格がいりますか?
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A4: 特に資格は必要ありません。もちろん、独身の方にでもなれます。ただし里親運動は、
子供たちが成長するまで(原則として16歳になるまで)、息の長い着実な支援を続けることが大切だと考えています。
長期にわたり、子供と、その家族を支えてくださるお気持ちのある方が唯一の条件です。
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Q5: 里親になるにはどうすればよいのですか?
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A5: 申込書(事務局で配布している郵便振替用紙)に必要事項をご記入の上、
事務局宛に15,500円(※1)ご送金ください。その内訳は、
(1)申込金 10,000円(※2)
(2)支援金1ヶ月分 5,500円(※1)
・4,500円:里子への支援金としてレバノンに送金
・ 500円:事務経費(※1)
・ 500円:専従者賛同金(※1)
まずは、事務局にご連絡ください
※1:当初事務局はボランティアだけで運営していましたが、里親会員の増加に伴い
専従スタッフをおいています。「専従者賛同金」は任意ですが
できましたら、ご協力お願いします。
※2:「申込金」の一万円は里親の方が滞納された場合に、里子への支援金と
して引き当てるため、二ヶ月分をお預かりしています。(退会される場合、その時点で滞納がなければ申込金はご返却いたします。)
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Q6: 里親を続けることが出来なくなった場合はどうすれば良いでしょうか?
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A6: 何らかのご事情で里親をお辞めになる場合は、お早めにご連絡ください。
ご連絡をいただいた月までの分の支援金はお送りください。
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Q7: 里子との交流方法にはどのようなものがありますか?
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A7: 手紙の交換があります。
里子への手紙は、里子名と里子番号を明記し、直接レバノンのベイト・アトファル・アルソムードへエアメールでお送りください。
その際手紙は英語(※1)でお書きください。現地のスタッフがアラビア語に翻訳して子供に渡します。
里子からの手紙は、切手代の節約のために、里親各自の住所にではなく一括して事務局に届きます。
その後事務局で仕分をして各里親にお送りします。里子からの手紙はアラビア語で書かれていますが,
現地スタッフの英訳文(※1)が同封されて届きます。
母の日やお正月には里子からカードが届きます。
また、年に一度里子の成長記録が届きます。
※1:日本語と英語との翻訳は事務局でお受けしていますので、ご連絡ください。
会員の方で英語の堪能な方に翻訳を依頼しております。お気軽にご依頼ください。
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Q8: 里親会員以外にも援助方法はありますか?
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A8: "賛助会員制度"というものがあります。
里親運動が始まってしばらくして,多くの方から次のような声を伺いました。
「里親運動の主旨には賛同だが, 支援が長期であるので里親になるには
その責任が自分には重い」
「年齢的に不安である」
「仕事のこともあり,長い援助ができるかどうかわからない」
「しかし,やはりパレスチナの子供たちのことを思うと,自分のできる範囲での援助をしていきたい」
というものです。
このようなご支援のお申出にお応えしたいと思い、また、何かと経費のかかる事務局の運営への援助もお願いしたく、
賛助会員制度を設置しております。
会費は年額12,000円(以上)です。会費のうち
3分の1をレバノンのベイト・アトファル・アルソムードへ、パレスチナの子供たちのために送金いたします。ベイト・アトファル・アルソムードでは、子供たちの夏のキャンプ費用、
高校生になり里親がいなくなった子供のための学費等に使われています。
残りの3分の2を、会員の資料送付等、事務局運営費用に充当させていただきます。
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| Q9:会計報告はどのようにされていますか?
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A9: 月ごとの会計報告を会報「マルハバ」に掲載しています。
一年度(4月から翌年の3月)の会計は例年5月に「里親運動の集い」として開催する総会の席上で報告をし、翌月の「マルハバ」に
年次の会計報告を掲載しています。「ベイト・アトファル・アルソムード」からも年次の会計報告が
届き、要点を会報に記載して報告しています。
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