思い付きSS7            ━分からないのはだけ?           はただ微笑わらうだけ・・・━ Written by G7 ━太正17年初秋━  ノックの後に短い返事を確認してから、マリアは支配人室のドアを開けた。  彼女の入室に軽く視線を送ると、この部屋の主である大神は再び手に持った書類に目を 通す。 「お仕事中失礼します。今度の公演の資料になります」 執務机の前に立ったマリアは、資料の入った茶封筒を机に置いた。 「ありがとう。マリア、これを見てくれる?」 「私が見ても良いものなのですか?」 大神から書類を受け取りながら、マリアは訝しげに大神の真意を確認しようと試みる。 「加山からの報告書だけど、構わないよ・・・。それにマリアの意見も聞きたいし」 仕事中の真剣な表情を崩し、大神はプライベートで見せる柔らかい笑みを乗せながらマ リアの質問に答えた。 「それでは失礼します…」 マリアが簡単に目を通してみると、それは紐育華劇団の活動報告書で、数枚の写真がク リップで留められている。 「その女の子なんだけれど…」 彼女の目の動きを追いながら、大神はマリアに確認を求めた。 「突如リトル・リップシアターに現れ、公演初日に舞台に立ったプチミントという名の少 女に関して…」 報告書の文章をそのまま口に出しながら、マリアは添えつけられた写真にも目を通す。 何処かの店内で隠し撮りされたのだろうか、多少ピントが甘いが可愛らしい少女の横顔 がはっきりと写し出されていた。 「彼女が何か…?」 ストレートの金髪と東洋的な顔立ちに多少違和感を感じない訳では無かったが、マリア が見ても微かに恥ずかしそうに微笑んでいる表情は魅力的で、舞台の上でも十分に映える 華のある雰囲気を感じさせた。 「突然現れたと思ったら、その後は忽然と姿を消しているんだよね…」 「そのようですね…」 大神の言葉に頷きながらも、何故かこの少女に対して引っ掛かりを感じるマリアは少女 の写真を再び見つめる。 不審感や敵対する物への警戒でも無い、ただ奇妙なデジャブを感じるのだ。 ただ、それが何に起因するのかが解らないマリアは微かに首を傾げる。 「やっぱり、マリアも怪しいと思う?」 マリアの仕種を自分の意見への肯定と受け取ったのだろう、大神はそのまま納得した様 に言葉を続けた。 「ほら、ウチでもサキ君の事件があったじゃないか・・・。サニーサイド司令からの報告書で は別段彼女について触れられてはいなかったけれど、起ち上がり間も無い紐育華劇団だか らこそ警戒する必要があると思うんだ」 「彼女がスパイの可能性もあると…?」 写真から感じる雰囲気からは、大神が言うような可能性は感じられないマリアだったが、 一応言葉にして確認する。 「うん、新次郎も隊長見習として頑張っているみたいだけれど、やはり経験という点では まだ未熟だと思うから・・・。だから此方から加山の奴に警戒を強めてもらおうかと…」 『んっ!?』 話しを続ける大神の言葉に心が反応する。 『新次郎・・・、ってこの娘、新次郎さんじゃないっ!』 何度か大神の実家を訪れた際、見かけたことのある顔・・・。 自慢の甥っ子だと嬉しそうに紹介する大神と、少し照れくさそうに挨拶する少年・・・。 あの時より幾分大人びた表情をしているが、写真の中で微笑む少女とマリアの記憶の中 にある少年の笑顔がはっきりと重なった。 「どうしたのマリア、他に何か気になる事でも?」 少女の正体に気付き、驚いた表情を浮かべたマリアに大神が問い掛ける。 『一郎さんは気が付いていないの…?しかも報告書の内容からすると加山隊長までも…』 華檄団の要職を務める男性陣が、この少女の正体に気が付かないという事実もマリアを 呆然とさせたが、あの純真そうな少年に対し「何があって、誰がそこまでさせたのか?」 という心配の方が先に立つ。 『巴里や帝都、いくら見習いとはいえ私達でも隊長に女装させた事は無かったわよ…』 思い返せば帝都や巴里のメンバー達で、大神に対しては随分と悪戯に近い事をして迷惑 をかけてしまった事もあった。 しかしどんな事情があるにせよ、女装までさせた事は無かった筈だ・・・。 『紐育華檄団・・・、一筋縄では行かないメンバーが多そうね…』 当初の予定では大神が紐育に要請されていた事を知るマリアとしては、新次郎には悪い と思いながら、プチミントと名乗り女装姿で微笑む義理の甥に同情と最大限の感謝を覚え てしまう…。 『一郎さんの女装なんて考えただけで…ねぇ』 心に思っただけで、浮かんで来そうになる紐育という異国の地で女装する夫の姿に悪寒 を感じながら、マリアは努めて冷静に口を開く。 「一郎さん、この少女の事はそんなに心配されなくても大丈夫だと思いますよ」 自分の知った真実を告げる事無く、マリアは微笑みを浮かべる。 「マリアが根拠も無しに言うなんて珍しいね、『女の勘』ってヤツ?」 「そうですね…」 語尾に含みを持たせ、間置いてからマリアは言葉を続けた。 「紐育という街は帝都や巴里とは比べ物にならない程、様々な人種や人々が夢を求めて集 まる街です。その中でたった一度だけ舞台に立って去って行った少女がいても…」 「不思議じゃ無いか…」 大神としては幾分強引な理屈に感じたが、実際紐育で暮らした事のあるマリアの言葉に 納得した様子で呟いた。 マリアとしても、真実を知ってしまった今、新次郎の為にも敬愛する叔父である大神だ けにはこの事実を隠さなければいけない、そんな同情と共犯めいた心理が働いてしまう。 それに、期待を込めて送りこんだ自慢の甥っ子が、どんな理由にせよ異国の地で女装姿 で街を闊歩していたなどという事実は、夫の精神衛生上にも伏せておいた方が良いと思う マリアは大神の言葉に肯定の頷きを返す。 「実は俺もこの娘がそんな悪い事をする様な子には見えなくてね…。何となく双葉姉さん に似ているからそう思えてしまうのかな…」 ━ドキっ━ 核心に近づく大神の言葉に、マリアの心臓が大きく脈打つ。 『似ているのは当たり前じゃない、義理姉おねえさんと新次郎さんは血が繋がった親子なんだか ら…』 「そんなに似ているでしょうか…?」 鈍いのか鋭いのか解らない大神に対し、自分の動揺を悟られない様にマリアはその場を 取り繕う。 「う〜ん、何か気になるんだよなぁ…」 「確かに可愛いらしい娘ですものね、ひょっとして一郎さんのお好みでしたか?」 自分でも意地悪な切り返しだと思ったが、マリアはこの少女の話題から話しを逸らす為 に揶揄する様な口調で問い返した。 「そっ、そんな意味じゃ無くて、金髪で姉貴に似てるって事は…」 「事は…?」 「俺達に女の子が産まれたら、こんな感じの娘に育つのかなぁってね…」 『はぁ…』 固唾を飲んで大神の言葉を待っていたマリアは、一気に力が抜けてしまい心の中で小さ く嘆息する。 『私がこんなに気を揉んでいるも知らないで・・・。何か馬鹿らしくなってきたわ…』  マリアの脱力した心を他所に、大神は照れた様な表情で写真を一瞥し、報告書と一緒に 机の引出しに仕舞った。 「まぁ冗談はさて置き、紐育って街は色々な意味で凄い街みたいだから、新次郎には頑張 ってもらわないとなっ!」 結果としてマリアの思惑通りに、語尾を強めた言い切り方で言葉を締めると、大神は気 持ちを切り替える様に遠い目で窓の外を眺めた。マリアもそんな大神に苦笑交じりの柔ら かい眼差しを送る。 『『新次郎(さん)・・・、頑張れよ(って下さいね)…』』 期せずして重なる心の声に気付かぬまま、二人は紐育まで続くであろう快晴の帝都の空 を眺め上げるのだった…。                 ━fin━ 後書き? 久しぶりの妄想爆発ネタです(笑) 少し「X」のネタバレですが、許してくださいね。 「って、普通気が付くでしょう!!加山さん?」 などとプレイしていて思った新次郎君の女装ですが・・・。 まだ最後までクリアしていないので、何とも言えませんが、楽しんで頂ければ幸いに思 います(笑)




戻る