14000Hit記念SS 其の二 ─そして、その夜…─ Written by G7 「一郎さん、二人でドレスを選んだ時、あのドレスが良いって言ったのは今日の事があっ たからですね…?」 寝室のドアを閉めながら、マリアは開口一番に大神に問い掛ける。 「んっ、もしかして記念写真の時の事?」 真新しい寝室に置かれているベットに腰を掛けながら、大神が振り向く。 部屋に入ってくるマリアを促すように、大神は少し腰を擦らし彼女の為のスペースを空 けた。 「そうです…」 目の前に置かれたダブルサイズのベットから目を逸らしながら、マリアは呟く。 まだ新しい木の香りが残る寝室、完全に引越しが完了していない為、ベット以外の家具 は殆ど置かれていない。 その為か、必要以上に存在感をアピールしているベットと、マットに敷かれた新品のシ ーツが妙に眩しく映る。 眩しいというのはマリアの言い訳なのかもしれない・・・。 二人で家具を選びに行った時も、このベットを店員に注文するのが恥ずかしかった事を 思い出し、こうして自分達の寝室で実物を見ると否応無しに意識してしまうからだろう。 「だってスカートが広がったヤツで、中に骨が入っていると抱っこ出来ないし…」 真顔で答える大神に対してマリアは軽く嘆息を漏らすと、疲れたようにベットに腰を下 ろした。 「しかし、何でお姫様抱っこなんて…」 マリアは自分で口に出してみて、昼間の出来事を思い出し顔を赤らめる。 「一生に一度の結婚式、自分の花嫁を抱っこしてみたかったんだ…」 「自分の」という箇所にアクセントを置いた大神は、そう言ってマリアに軽くウインク を送る。 そんな大神の言葉が心の隅を擽るの感じながら、マリアは先程までとは違う柔らかい表 情で窓の外を見つめた。 「結婚したんですよね、私達…」 「うん…」 大神も同じ様に薄い月が浮かんだ夜空を眺めながら感慨深く返事する。 「何かバタバタして、まだ実感が湧かないんだけれど…」 「そうですね、私もまだ夢を見ているみたいに現実感が無いです…」 外を眺めながら、大神の言葉に相槌を打つマリア。 「って、一郎さん。何で此方に寄って来るのですか?」 いつのまにか自分の方へ寄って来る大神に対して、マリアは呆れた声を上げる。 「何でって、夫婦だもん♪」 何の疑問や躊躇いも無い答えに、マリアは唖然としてしまう。 「確かに一郎さんとは式を挙げた訳ですが…」 付き合いの長い二人であったが、今日から夫婦になったといわれても、今一つピンとこ なかったし、折角の特別な夜なのだから、マリアとしてはもう少しこのムードを味わいた いと思っていたのだ。 「それに、一郎じゃなくて、もっと夫婦らしい呼び方で呼んで欲しいな」 「夫婦らしい呼び方ですか…?」 おどけたような大神の言葉に、マリアの頭の中に様々な呼び方が浮かんでは消えていく。 「うん♪」 「………」 「そんな恥ずかしい事が出来るわけないじゃありませんか!」 一瞬、考え込んだ後、マリアは真っ赤な顔で大神の意見を否定する。 「そんな恥ずかしい事かなぁ?」 「恥ずかしいです!」 マリアの言葉に少し首を傾げながら、大神が呟いた。 「ただ『彼方ア・ナ・タ』とかって呼ばれてみたいと思ったのだけれど…」 「えっ!?」 驚いたように声を上げ、顔を赤くするマリアに対して、大神が頭の上に「?」マークを 浮かべる。 「そんなに驚いたりして、一体どんな呼び方を想像していたの?」 大神の言葉に更に真っ赤になったマリアは、火照りを飛ばすように顔を大きく振った。 「何でもありません!気にしないでください…」 「凄〜く気になるんだけれどなぁ…」 語気を強めてみるものの、大神はニコニコと笑顔を浮かべたまま擦寄ってくる。 マリアはベットの端から腰を使って、懸命に大神から遠ざかろうとする。 しかし思いの他広いベットの為、壁際に避難する前にマリアは大神に捉えられてしまう。 じゃれあう様にマリアに抱き着いた大神は、彼女の耳元へ顔を寄せる。 「呼んで欲しいな〜♪」 「み、耳元で喋らないでください!」 大神は普通に話しているだけなのだが、あまりの擽ったさにマリアは首を曲げて抵抗す る。 「それなら…、『ふぅ』」 「きゃあっ!」 今度は言葉ではなく、直に耳元に息を吹きかけられ、耐え切れずに悲鳴を上げてしまう。 「呼んでくれたら、もうしないから…」 完全に大神の術中に陥ってしまったマリアには選択肢など無く、ただ首を縦に振る事し か出来なかった。 「笑わないでくださいね…」 「モチロン!」 普段と違い全く信用性のない笑顔で肯く大神に対し、視線を合わせないようにしてマリ アは小声で呟く。 「ダーリン…」 あまりの恥ずかしさに顔を被いたくなるが、しっかりと大神に抱き締められている為に それも適わず、マリアは羞恥に染まった頬をシーツに押し付ける。 「……」 自分の言葉が聞えた筈なのに、大神が何も喋らず黙っているのが気になったマリアは、 反応を探るように恐る恐る横目で確認する。 「じゃあ、俺はハニーって呼ぼうかな?」 微かな揶揄を含んだ大神の表情が、思いの他近くに見えてマリアは再び顔を背けた。 「そんなにからかわなくても良いじゃありませんか・・・」 少し拗ねたようなマリアの言葉に、大神は苦笑いを浮かべて再び顔を寄せる。 「ゴメンね・・・、少し悪乗りしすぎたかな。そんなに怒らないで、可愛い奥さん♪」 互いに額が付きそうな距離で絡み合う視線・・・。 「もう、折角の新婚初夜なのですから、もう少し…」 途中まで話した所で、マリアは再び自分の発した言葉の意味を考えて声を詰らせる。 『また、自爆……かしら?』 「そうだね、折角の新婚初夜なんだから♪」 案の定、大神はマリアの言葉に嬉しそうに頷くと、空いている右手でそっと彼女の頬に 添えた。 『でも、まぁ…』 掌から伝わる大神の体温を頬に感じ、徐々に穏やかになって行くマリアの感情。 こうなってしまったからには、もうマリアには大神を止める術は無いのだし、そして彼 女とて満更でもない気分であったから・・・。 ◇ 最初は軽く唇を合せるだけ、そして今度は上唇を少しなぞる・・・。 いつものキスを交し、再び瞼を開けて視線を絡ませる・・・。 それは二人だけしか知らない暗黙の了解・・・。 どちらが主導権を取るという事でなく、互いに澱む事無く流れるように愛を交す。 そして彼女の身体に落とされていく大神の唇・・・。 唇が落とされた場所には灯が点されるように、徐々にマリアの白い裸身が甘やかな桜色 に染められていく。 そんな心地良い感覚の中、徐に手を伸ばしマリアは大神の頭を引き寄せる。 大神も珍しいマリアからの行動に、少し意外そうな表情を浮かべながらも素直に従う。 目線が合う位置まで引き寄せた後、マリアは慈しみを込めて唇を寄せた。 初夜を迎える花嫁にしては、少々大胆過ぎる行動かもしれない。 しかし、今まで愛を交す時に自分から行動する事が少なかったマリアだが、愛する人と 夫婦になれた喜び、この溢れ出す感情を大神にも伝えたいという自然な行動だった。 感情の趣くままにキスの雨を降らせるマリアに対して、大神も手持ち無沙汰になった手 を彼女の胸に添えて柔らかく遊ばせる。 胸から伝わる新たな感覚に、頬に添えた両手を頭に廻し、マリアはもどかしげに大神の 髪の毛をまさぐった。 そうしてどちらとも無く、お互いに求め合うように激しく、熱く交されるキス・・・。 二人が唇を離すと、消す間も無かった照明に反射して、互いを繋ぐ銀の橋が架かる。 お互いに頬を上気させたまま視線が絡み合う。 もう二人に言葉は必要なかった…。 一瞬だけ相手の瞳を確認しあうと、更にお互いを感じ合う為に体勢を整え、マリアはそ の瞬間を待ち受ける為に瞼を閉じる。 何度となく大神を迎え入れたマリアだったが、彼を感じる瞬間にどうしても目を瞑って しまう癖…。 大神がどう思っているかは判らないが、自分ではその時の表情が非道く相手を煽ってい るように思え、気になっていたのだ。 「んっ…」 マリアは徐々に感じる大神の存在に、目を瞑ったまま堪えきれない短い声を漏らす。 『やはり無理みたい…』 緩やかに抑揚をつける大神の動きに、マリアの思考は甘い霞に覆われていく。 大神から送られる心地良い刺激に身を委ねながら、マリアは薄っすらと瞼を開ける。 目の前には微かに堪えるような大神の表情が見えた。 『一郎さんも私を感じてくれている…』 自分を感じながらも真摯な表情を保とうとするその姿は、マリアに女としての悦びを感 じさせる。 止む事の無い大神の動きに熱い吐息を零しながら、マリアは更にお互いを感じようと彼 の広い背中に腕を廻した・・・。 ◇ 何回目かの愛を交わし合った後、心地良い充足感と疲労が二人の眠気を誘う。 既に夜空を照らしていた月の位置も、随分と西の空へと移動していた。 「マリア…」 「はい…」 大神は脈略もなくマリアの名前を呼んでみる。 呼びかけに意味が無い事を知っていても、マリアは言葉を返す。 その後に続く言葉も無く、寝室は薄闇の静寂に包まれる。 「もう寝ちゃった?」 「いいえ、まだ起きていますよ…」 マリアの返事を聞いた大神は、少しの間を空けてから再び話しを続けた。 「何でか寝てしまうのが勿体無い気がして…」 「私も同じ気持です…」 「でも明日の朝、マリアに起してもらえるって事を考えると、早く朝になっても良いかな って思う気持も…」 まどろみながら大神は話しを続けようとするが、最後は言葉にならず消えてしまう。 新婚の夫婦に与えられた大切な一時、眠ってしまうのが惜しいような気がする夜…。 でも、目覚めた時に世界で一番早く、愛する人の顔が見られる事はとても幸せな事なの かもしれない。 僅かな月明りの下で、穏やかな寝息を立てる大神の寝顔。 マリアは明日の朝の風景を思い浮べて、小さく笑う。 「寝坊なんて許しませんからね、あ・な・た……」 目の前で眠っている大神に囁きかけると、マリアは彼の胸に身を寄せて静かに瞳を閉じ た・・・。 ─fin─




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