進藤 梅子 大正5年(1916)2月5日〜昭和55年(1980)12月12日 |
昭和期のアルト歌手。
佐賀県栗村原(唐津市原)に、医師進藤村治の七子として生まれる。
唐津高等女学校を卒業。昭和14年(1939)、東京音楽学校声楽科を卒業後、藤原歌劇団に入団してステージ、ラジオと幅広い活動を展開した。ローゼンストック指揮でN響伴奏のリサイタルを開き、評価を受けた。
昭和31年(1956)、渡米してニューヨークのコロンビア大学の聖歌隊にはいり、さらにリバーサイド教会の独唱者になった。また、カーネギーホールでリサイタルを開いた。
ケネディ大統領の告別記念礼拝式で鎮魂ミサ曲のアルト独唱をつとめた。
A・アレクセイと結婚。夫妻で来日したときの写真がある。
ニューヨーク長老教会専属歌手となった。が、晩年は唐津に戻り、64歳で死去。
「聖歌100選」のレコードがある。
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(注)現時点では、受洗日は不詳。教会関係に関わりを持った歌手として取り上げた。 |
出 典 |
『女性人名』
唐津日本フィルの会の歴史 http://www.people-i.ne.jp/~ka-jphil/history/history.htm
横浜交響楽団 http://plaza3.mbn.or.jp/~nhajime/yso/solist.htm |