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   松村 里子     明治6年(1873)9月18日〜昭和10年(1935)4月18日
 大正〜昭和期のキリスト教伝道者。
 福岡県早良郡金武村(福岡市)で生まれた。

 結婚して一男を産むが早世した。
 離婚した。それ以来、福岡や諫早で小学校や女学校の教壇に立った。のち、横浜にある 捜真女学校に9年間勤務した。

 捜真女学校は、明治19年(1886)宣教師ブラウン,N.夫人が7名の少女を集めて教えたことが始まりである。夫のブラウン(Brown,Nathan)は、アメリカバプテスト派宣教師として明治6年(1873)2月に上陸し、以来、日本で最初のバプテスト教会である横浜第一浸礼教会を創立して死去するまで初代牧師として日本伝道に献身した。

 里子は、捜真女学校勤務時代に受洗した。

 大正12年(1923)、十時キク子経営の呉海軍軍人ホームの話を聞き、日本基督教矯風会佐世保支部の創設した海軍軍人ホームの舎母となる。のち、個人経営とし、以来13年多くの海軍軍人への伝道につとめた。

 61歳で死没した。

<やりかけ>
出 典 『女性人名』
捜真女学校 http://www.soshin.ac.jp/

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