松本 �e子　　　安政６年（１８５９）１１月２０日〜昭和２１年（１９４６）１月９日 　幕末の漂流者浜田彦蔵（ジョセフ・ヒコ）の妻。 　ヒコすなわち彦蔵は天保８年（１８３７．８．３１）８月１日生まれの播磨国出身の通訳、貿易商である。 　嘉永３年（１８５０）、養父の船栄力丸で江戸からの帰途、遠州灘で突風のために船が難破し、５０日余り漂流する羽目に陥った。漂流中、栄力丸の船倉から千両箱を出してきて、小判で現金勝負をやった。が、いっとき興じた後、勝ち取った小判をそこいらに散乱させたままにして誰も見向きもしなかった。新造船の栄力丸であったが、あまりの破損がひどく長く持たないであろうとの17人乗組員の絶望に近い心情だったのだ。小判を掴んでいるよりも、ひたすら神仏に祈る思いのみだった。 　12月21日、突如として岩のような巨体の、高いマストと広い帆をもつアメリカ帆船オークランド号が中国からサンフランシスコに帰途、栄力丸の乗組員を救助した。西洋人を知らない栄力丸乗組員にとって異様な生き物としか思えなかった。 　「鬼住嶋」を恐れてこれまでミスミス助かる機会を失っていたのだったが、２ヶ月近い漂流生活をした乗組員にとっては、もう救われたい一身に変わっていた。最年長の船頭万蔵（60歳）と最年少の彦太郎（15歳）を先頭に一同は商船オークランド号に乗り移り、救われた。 　オークランド号に乗船していた中国人による漢字の仲介などによって、言葉がわからないまま平安に船旅を続けることができた。サンフランシスコに着いたときには、栄力丸の乗組員１７名のうち７名が一時的に芽が見えなくなっていた。それほど漂流時のストレスが凄まじかったといえよう。 ヒコ(16歳)は、アメリカ大陸に上陸してホテルのボーイに初就職した。その後、サンダースの秘書に採用された。サンダースは税関長であると同時にいくつかの企業の経営者であり、ヒコを秘書に雇ってくれたときは「サンダース・アンド・ブレンハム銀行」の経営にも乗り出し、超多忙の身であった。 　サンダースに出会ったヒコは、ボルチモアのミッション・スクールで学び、聖母マリア大聖堂で洗礼を受け、ジョセフの名を用いるようになった。その後、大学を出た。ヒコは�e子の生まれる1年前(１８５８年)に、ジョセフ・ヒコの名で日系アメリカ人の第一号となってアメリカ市民権を取得していた。 　ヒコは、やがて安政６年（１８５９）日本に戻り、アメリカ領事館の通訳をつとめるなど、近代日本建設のために文明文化に多大な貢献をした。来日宣教師ヘボンの『和英語林集成』に協力していた岸田吟香の英語を助けたり、手書き『新聞誌』を木版『海外新聞』と改めて26号を出し、そこに「世界開闢のあらまし」（聖書『創世記』の翻訳をも試みた。キリスト教禁制の事情のなかで勇気ある活動といえる。 　�e子の父は北白川宮能久親王の近臣松本七十郎。明治11年（１８７８）ごろヒコと結婚した。日本にはまだ帰化法が制定されていなかったためにヒコは日本人名に戻れず、�e子も夫の姓を名乗れずにいた。�e子は結婚したとき１８歳。ヒコは４０歳。 　ヒコは�e子と結婚する前に横浜の岩亀楼の娼妓を落籍している。 　�e子ら夫婦の仲人は兵庫県神戸の栄町で輸入材木商を営んでいた中口昇と言われている。�e子は夫ヒコを「あなた」と日本流に呼んでいた。 　８６歳で死没。 　東京田端の大竜寺に葬られていたが、昭和３１年（１９６８）５月に青山外人墓地のヒコの墓（浄世夫彦之墓）に改装された。 出　典 『クリスチャンジョセフ彦』　『アメリカ彦蔵自伝』　『キリスト教人名』　『女性人名』 わが町再発見　http://www.ja-hyogominami.com/area/wagamati/200202/01.html 新聞博物館　http://www.kumanichi.co.jp/museum/museum.html