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 河合 さだ  明治10年(1877)〜没年不詳
 明治〜大正期のキリスト教伝道者。
 秋田県に生まれる。旧姓は柴田。

 秋田教会のガルスト(Garst,Charles Elias)夫妻の指導を受けて受洗した。
 ガルストは、米国ディサイプルス派最初の来日宣教師である。アメリカ本国で農学校を卒業後、陸軍士官学校で学び大尉まで昇進したが、神の召命により、明治16年(1883)8月5日、宣教師に任命されてローラ夫人とともに同年10月19日に横浜港に来航した。

 ガルストは、福音がまだ伝えられていない地の秋田を拠点として農村伝道を開始した。乳牛の飼育、水力電気の必要を説き、さらに英和学校の設立に尽力した。キリスト教伝道と同時に社会開拓にも尽力した。明治24年(1891)に帰米したが、2年後に再来日して東京に駐在して伝道活動を行った。

 さだは、東京音楽学校を中退後、同志社女学校を卒業した。秋田に戻って教員となり、また婦人伝道師として布教につとめた。

 のち、上京して、明治36年(1903)に渋沢栄一の秘書河合禎三と結婚した。
出 典 『キリスト教人名』 『キリスト教歴史』  『女性人名』 
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