
第一話
「営業車両がひとりでに休日を楽しむ!?」
「営業車両がひとりでに休日を楽しむ!?」
町を歩いていればいくらでも駐車場があります。最近は土地が売れないせいか,大都市でも一時預かりの駐車場が増えてきました。無人の自動精算型駐車場がある一方で,従来の有人一時預かり駐車場も健在です。
管理人がいる駐車場に預けるとき,「キーを預けてください」と言われることがあります。たいていの駐車場の管理者は良心的ですから,キーを預けてもそんなに不安には感じません。でも,借り手が常連客,それも企業客で長年の付き合いになってくると,管理者の良心はにぶってくるのでしょうか?
ところで,A商会は大阪市内に拠点を置く商社。平日は営業マンが会社の車を縦横無尽に活用して営業します。その車の数は十数台。会社の敷地には置けない数なので,近くの甲駐車場を借りています。やせたみなりで大きな声で話す初老の甲さんはその駐車場の管理人。
平日の激務を終えて,A商会の営業マンがおのおの自分の車を甲駐車場に止め,いつものように車のキーを甲さんに預けました。土日は完全休業です。車は駐車場で休むことになるはず...ですが。
明けて月曜日,A商会の総務部長は朝一番の警察からの電話に驚きました。交通事故係の係官によると,日曜日に当て逃げ事件があり,被害者が記憶していたナンバーからA商会の車が加害車両であることが判明。会社関係者から事情を聞きたいということでした。総務部長はすべての社員に問い合わせましたが,だれも車を使った者はなく,全く不可思議。急いで警察官と一緒に甲駐車場に車を見に行くと,確かに営業車両の一台に衝突痕が。
いずれにしても会社の車が被害者に損害を与えたわけなので,総務部長は被害者宅へお詫びに行きました。しかし,いったい車を運転していたのは誰?
数日後,事故調査の依頼を受けた保険調査員はまず,現場を調べました。現場は甲駐車場にほど近い商人の町。事故が昼間だったこともあり,近隣をしらみつぶしに聞き込みました。現場近くの喫茶店の従業員がこの事故の直後の双方の車を見たといい,加害車両が事故のあと数時間して再び現場付近に表われたという証言を得ました。その従業員によると運転者の特徴は「やせ型の初老の男性」。
もちろん,警察のほうも同時平行で捜査していますが,保険調査と警察はよく一般に考えられるほど情報交換はできません。警察は民事に不介入,捜査情報は秘密,との立場だからです。この喫茶店の従業員の証言をもとに,保険調査員は独自で車の損害確認を,ということで甲駐車場を訪れることに。
甲駐車場の出入口付近に行くと,保険調査員はいかにも車の確認を,ということを演出するため,首からカメラをかけ,手にはメジャーを持って,ニコニコと甲管理人に近づきます。
「すみません,A商会のお車の件でやっかいになります...」
「なんじゃー,こらー,わしが何をしたというんや! 関係ないやろ! 出て行け!」
こういうことはよくあります。甲管理人さん,かなり興奮して,右手で保険調査員の肩をツッパリました。
「あの,車の写真を,と,」
「え?... なんじゃ...」(しかし管理人さん,怒ってしまったついでのように)「そんなことやったら,連絡してから来い!」
「ああ,そうできたらよかったのですが,つい先ほど,現場調査をそこで終えたところだったのでお寄りしてみようかと... まだ運転者は見つかってないんですよね」
「運転したらあかんのかー,わしじゃー,わしが運転しとったんじゃー,悪いかー!」
もうこのころには警察の捜査がひととおり進んでいた模様。この件ではあっけなく運転者が名乗り出たわけです。
もちろん,このあとも管理人さんは警察のお世話になっておられましたし,事故の損害費用は自腹。十数台の駐車場契約も切られて,「火の車駐車場」の管理人に。
しかし,管理人さん,長い付き合いとはいえ,また,“ちょっとそこまで”という軽い気持ちだったとはいえ,勝手に人様の車を拝借するなんて。