作家の家から何も盗まれたものはなく、顔見知りによる犯行と思われたが、なかなか犯
人に直結する手がかりが見つからなかった。
「犯行が行われていたころ被害者は、次回作の構想か何か練っていたのでしょうね。机の
上にメモ用紙が散乱していましたし、右手にはペンを持っていましたし」
「確か死因は後頭部殴打による頭がい骨陥没だったな。となると、ガイシャがまだ生きて
いたときに犯人に見つけられるのを恐れて、机に座ったままで、持っていたペンで机の裏
に『ち』という文字を書いたのか」（右の図参照）
「そのようですね」
「で、犯行が行われた前後の時刻にアリバイがないのはガイシャが本を出版している編集
者の佐藤、ガイシャの隣に住んでいる鈴木、ガイシャの弟子とでもいうべき作家の田中、
だよな？」
「はい。ただ３人とも『ち』に関係あるものがないんですよね。いったいあの『ち』は何
を意味していたんですかね」
それを聞いた主任刑事はしばらく机の上に『ち』という文字を何度も書いていたが、
「そうか、そういうことか」
「え？」
「間違いない。犯人はあいつだ」
はたして犯人は佐藤、鈴木、田中のうち誰か？
（２０１４年６月１日問題発表）
というのも試しに机（でもテーブルでもいいけれど）に座って、その状態で筆記具を上
に向けて机の裏に文字を書いてみてください。ほぼ間違いなく文字が裏返しになっている
はずです。
つまり机の裏に書かれた文字は「ち」ではなくて「さ」だったというわけです。
被害者は犯人に見つからないように「さとう」と書くつもりだったのですが、その途中
の「さ」と書いたところで力尽きてしまったので、結局机の裏には「さ」が裏返った形、
つまりは「ち」の文字が残った、というわけです。
(敬称略）