第206回 心を料理した人

テレビを見るのはほとんどがドキュメンタリーかニュース番組ですが、
たまに気まぐれでバラエティ番組を見ると
なかなか示唆に富んだ内容のものがあり教えられることがあります。

番組名は忘れたけれど、以前<料理名人対決>コーナーは、
今でも忘れられない印象深いものとなっている。

番組の内容は、食べず嫌いのある視聴者に、
名のあるプロの料理人二名と、料理上手で知られた高名な政治家が挑戦して
食べず嫌いを克服させるのがテーマである。

最初に登場した視聴者は、魚屋の二代目。
牡蠣が大嫌いで食べられないという。
応募の理由は、魚屋が牡蠣嫌いでは話にならないから
なんとかして食べられるようになりたいとのこと。

司会者が彼に牡蠣のどこが嫌いかを尋ねると
「あの、ぐちゃっとした歯ごたえと臭いがダメ!」と、顔を顰めた。

二人のプロの料理人は業界でも指折りの名の通った達人。
一人はさっそく「ぐちゃっとした歯ごたえ」を取り除くべく、
牡蠣を火であぶって半薫製状態にして使った。
別の料理人は牡蠣の独特の臭みをやわらげるべく、さまざまな香草を使って調理した。

見事な盛り付けで画面に登場した牡蠣料理の逸品は、
一流ホテルか高級レストランのそれと同じ見栄えであったから、
テレビ画面のこちらは側で、思わず生唾をゴクリ。
「これが食べられないはずはない」と、料理人の表情も満足気である。

一方の素人料理人の政治家氏は、牡蠣の姿をあとかたもなくみじん切りにやっつけて、
臭み消しにみじん切りのショウガを加え「牡蠣シューマイ」を作った。
カラフルで見た目も豪華な先の料理人に比べて、
乳白色のシューマイだけのお皿は、とてもじゃないけれど見た目が貧相すぎる。

さて、魚屋の二代目の反応は?

やはり彼は見た目も食欲をそそりそうなプロ料理人の皿から手をつけた。
だが燻製のひと皿は口元へ近づけて匂いが気になったのかダメポーズ。
香草のふた皿めは、すこし口に含みぐちゃの歯ごたえが気になったのか、
こちらもダメポーズ。
最後に彼は見た目も貧相な政治家氏のシューマイをパクリと食べて
「これならイケます!」と晴れやかに答えた。

次に登場したのはコンピューター関連業務の二十歳の若者。
生まれてから今日まで野菜を食べたことがなく、
母親が思い余って応募した究極の野菜嫌い。

こちらもプロの料理人は工夫を凝らし見た目も食欲をそそる豪華版。
テレビのこちら側でわたしはヨダレを、タラリ。
さて、素人料理人は材料の野菜をやはりみじん切りにした
平凡なチャーハン。

やはり見た目が貧相で、もちろん若者はプロの豪華版から手をつけた。
彼は顔を顰めて我慢しながら食べはじめたけれど途中でギブアップ。
最後の平凡なチャーハンをパクパク食べた若者は
「これなら大丈夫です!」と満足げに言った。

この結果は、プロの料理人の腕前が素人に負けたというのではなく、
プロの料理人根性が裏目にでたのだと感じた。

つまり、プロは素材の良さを完璧に引き出すことにこだわり専念する。
まず初めに「素材ありき」であり、視聴者の食べず嫌いの対策でさえ
このプロ根性を捨てることができなかった。

一方の素人料理人にはこだわるものが何もないから、
視聴者の悩みを解決することのみに専念した。
この心の違いが勝敗をわけたのではないのか。

結局、この料理の素材は「心」だったのではないかと思い当たった。

わたしは政治家氏が材料をみじん切りにしたときから、氏の勝ちを予想していた。
わたしがもしその立場だったとしたら、たぶん同じように調理したと思うから。
でもいただくなら断然プロ料理人の作品です。

だって、わたしは牡蠣も野菜も大好き!


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