蔦紅葉宇都谷峠 黙阿弥調 2004.9.15

4日、歌舞伎座夜の部を見てきました。

主な配役
座頭文弥
堤婆の仁三
勘九郎
おしづ 孝太郎
伊丹屋十兵衛 三津五郎

「蔦紅葉宇津谷峠」(つたもみじうつのやとうげ)のあらすじ
序幕
鞠子宿
宇津谷峠
東海道鞠子宿の旅籠藤屋は諸国からの旅人たちでにぎわっていた。そこへ泊まり合わせたのが、伊丹屋十兵衛と按摩文弥、それに京商人に化けた護摩の灰(ごまのはい)、堤婆の仁三。

十兵衛は江戸柴井町で居酒屋を営んでいるが元は武家の若党。大恩ある旧主の娘おしずは幼いころ誘拐されて遊女に売られていたが、十兵衛はそれを見つけ出して請け出し妻にする。

その身請けの後金百両に困っていたところ、おしずの弟才三郎が貸してくれる。ところがその金は才三郎の主人の家宝を取り戻すのに必要な金だったため、十兵衛は京へ金策へ行ったが、はたせずに江戸へ帰るところだった。

かたや文弥は座頭の官位をとるために百両の金を持って京へ上る途中だった。文弥が小さい頃、姉のおきくがあやまって石の上に落としたのが原因で失明し、責任を感じたおきくが自ら吉原に身を売って、その百両を拵えたのだ。

堤婆の仁三は文弥の金をねらうが十兵衛の荷物に躓いてしまい、捕まる。十兵衛は泣いてわびる仁三を不憫に思い許してやる。しかし不安をうったえる文弥に頼みこまれて、夜のうちに宿をたって、盲人には危険な宇都谷峠まで送っていくことにする。

ところが宇都谷峠で十兵衛は、のどから手が出るほど欲しい百両を文弥がもっていることを知り、貸してくれるように頼むが、文弥もこの金がどうやって出来たのかを話して、許して欲しいと頼む。

だが主家のためにどうしても百両が必要な十兵衛はついに文弥を殺し、金を奪う。その一部始終を堤婆の仁三が見ていて、十兵衛の懐から金を取ろうとする。暗闇で争ううちに十兵衛の煙草入れが仁三の手に落ちる。

二幕目
伊丹屋
鈴ヶ森

約一年後、十兵衛の妻おしづは文弥の死霊のたたりで病気になり、今では眼も見えなくなっている。おしづの世話をするために雇ったおりくは、文弥の母親だと知り、十兵衛はぞっとする。

そこへ仁三が煙草入れを証拠にゆすりにやってくる。これをだまして連れ出そうとすると、文弥の幽霊にとりつかれ「夫が自分を捨てようとしている」と思い込んだおしづが「人殺し」と叫ぶ。止めようとした十兵衛はあやまっておしづを絞め殺してしまう。

鈴ヶ森でついに十兵衛は仁三を殺す。

―その場へ十兵衛の弟、彦三(ひこそう)と恋人の古今が逃げてくる。古今は文弥の姉で廓に身売りしたおきく。十兵衛は二人に全てを打ち明け、自分を殺して仇をうてという。

そこに無事主家の宝を取り戻して帰参がかなった才三郎がやってきて、主人から拝領した百両で買い取った古今の年期証文を二人に渡し、おしづも息を吹き返したことを告げる。

十兵衛は罪をつぐなうために切腹してはてる。―今回はカットされた部分です

河竹黙阿弥作「蔦紅葉宇都谷峠」は1856年市村座で、初演されました。文弥と仁三は幕末の名優四世小團次にあてはめてかかれたものです。

今月上演されている部分にはでてきませんが、才三郎が髪結いに身をやつしていて白木屋のお駒と恋仲になったりするくだりもあって、「髪結新三」の「白木屋騒動」の世界をも取り入れた複雑な因果噺です。

序幕の鞠子の宿では、見知らぬ他人と相部屋になる江戸時代の旅籠の様子が綿密に描かれていて、世話物の面白さが充分に味わえました。ここでの勘九郎の早替りがほとんど舞台を横切るだけの時間しかかからないほどのものすごい速さ。

宇都谷峠の文弥と仁三の入れ替わり立替りの早替りも大変見事で、文弥が顔を隠して出て来るので「ああ、吹替えだな」と思っているとこちらを向いて勘九郎が顔を見せるという調子でした。最後に笠で顔を隠しながら仁三がお堂の陰から出てきて、木の後ろを通るところだけは、笠が二箇所に見えてしまったので、吹替えを使ったのだとわかったような次第です。

勘九郎は文弥は腰の低いところがいかにも按摩らしかったです。けれども「休まさせていただきます」というように「さ入れ言葉」が3箇所ほど耳につきました。台本を見たら「おやすみなされませ」と書いてあったのでやはり「さ入れ言葉」はおかしいと思います。

仁三は後に十兵衛の店にゆすりに行くところで、がらっと変わって凄みのある無頼漢になるところが良かったです。仁三の商売の護摩の灰とは、高野山の聖にばけてありがたい護摩の灰だと押し売りすることからきていて、胡麻の蝿とも書くそうです。こちらは胡麻の上に止まった蝿は見分けがつかないということです。

宇都谷峠の殺しの場では「殺す所も宇都谷峠、しがらむ蔦の細道で、血汐の紅葉血の涙、この引明けが命の終わり、許してくだされ文弥殿」と十兵衛の三津五郎は黙阿弥の七五調の名科白を、鮮やかな科白まわしで気持ちよく聞かせてくれました。

伊丹屋店先の場では吉之丞のおしゃべりな口入婆・お百の、ねっとりした味わいがこの場に色合いを添えていました。

おしずの孝太郎も出番は短いものの、死霊にとりつかれた重苦しさを感じさせて良かったです。ここでおしずのために瘤市という按摩を呼び入れるが、おしずは按摩を嫌うので仕方なく十兵衛が肩を揉ませるところで、いつの間にかこの按摩が文弥の幽霊と入れ替わります。ここで勘九郎がどこから出てくるかがうっすら見えてしまったのはちょっと残念でした。

大詰めの鈴ヶ森では、十兵衛が仁三に切り付けたところで二人共刀をおさめきちんと座って「まず本日はこれぎり」と切り口上になりました。

しかしこの狂言はあまり知られていない上に、そもそも十兵衛がなんで文弥を殺してまで金をとらなくてはならなかったのかも、殺す直前ほんの短い間に語られるにすぎません。その上切り口上では、どうなったのかさっぱりわけがわからなかった観客も多かったのではと思います。

十兵衛の犯した罪は全てお主のためだったのだということは、ややこしくても最後の大団円をつけた方が、やはりわかりやすいのではと思いました。

―ところで9日から大詰めの演出が変わったと聞いて、24日にまた見に行きました。

鈴が森で十兵衛が仁三に切りつけて殺し、上手の草むらに死体を蹴込んで立ち去ろうとすると、中央に立っている大きな「南無妙法蓮華経」と書いてある石碑の真ん中にむごたらしい血まみれの文弥の亡霊が浮かび上がり、連理引きで十兵衛を引き戻します。

そこへ捕り方の役人(三役目)に早替りした勘九郎と文弥の母親が追いつき、もうこれまでと観念した十兵衛は切腹。文弥を殺して金を奪った理由を語って、文弥の母親に許しを請い、百両を手渡して文弥の姉を廓から請け出してくれるように言い残して落ちいるという演出でした。

上に書いておいた原作とは違いますが、なかなか上手くまとまっていたと思います。特に文弥の亡霊が石碑の中に現れるのは、最後に見せ場があって良かったです。―

それから前回の宇都谷峠の場の出がスッポンからロッククライミングのように文弥と十兵衛が出てくるという斬新な趣向でした。あの演出は宇都谷峠の険しさを上手く表現していて印象的でしたので、今回普通に花道をでてきたのにはちょっとばかりがっかりしました。スッポンを人間が出てくるのは本来の使い方ではないでしょうが、又見てみたい演出です。

他には「恋女房染分手綱」(こいにょうぼうそめわけたづな)通称「重の井(しげのい)子別れ」。芝翫の重の井に孫の国生が三吉を演じました。三吉の役はなかなかの大役ですが、国生はしっかりと極めるところは極めていて頼もしく感じました。

弥十郎が演じた家老は、上から下まで真っ赤な扮装の赤爺で珍しかったです。橋之助が腰元で出てきましたが、法界坊の女船頭で見て以来の久しぶりに見る女形でした。

そのほかには福助と橋之助兄弟が「男女道成寺」(めおとどうじょうじ)を踊りました。

この日の大向こう

この日、掛け声は昼より少なくて会の方は3人でした。夜の部が宣伝不足のせいか若干空席がめだち、掛け声も少し寂しかったのは残念でした。

「重の井子別れ」の三吉の引っ込み、花道七三で女の方が「ちび成駒!」と声を掛けられましたが、私は掛けるなら「豆成駒」のほうが感じが良いのではと思いました。幕切れにやはり女の方が「日本一」と掛けられたようです。

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