文七元結 味わい深い人情噺  2003.10.22

14日に平成中村座夜の部をみてきました。

主な配役
左官長兵衛 勘九郎
女房お兼 扇雀
娘お久 新吾
文七 七之助
角海老女房お角 福助
藤助 助五郎
和泉屋主人 弥十郎
家主 四郎五郎

文七元結」(ぶんしちもっとい)のあらすじ
序幕
本所割下水左官長兵衛内の場
左官の長兵衛はいい腕をもちながら酒とばくちに身をもち崩し、もうすぐ正月だというのに、今日も又ばくちに負けてすってんてん。着物まではがれて印半纏一つで家に帰ってくる。

すると家の中は真っ暗で、女房のお兼がしょんぼりとすわっている。聞けば娘のお久が昨晩から行方不明で、長屋の皆に探してもらっているとのこと。こんな貧乏な暮らしに愛想がつきたのだと、長兵衛にくってかかるお兼。

そこへ長兵衛の得意先で吉原の大店、角海老から使いの藤助(とうすけ)がやってくる。お久は角海老にいると聞き、着る物がない長兵衛は、女房の着物を脱がせて半纏と交換し、その上に藤助が貸してくれた羽織を着こんで出かけていく。

吉原角海老内証の場
長兵衛が角海老の女主人お角の部屋に行ってみると、お久がしょんぼりと座っている。つい小言を言う長兵衛に、角海老のお角は「お久は自分が身を売って両親を仲良くくらせるようにしたいと考えて、ここへ来たのだ」と言う。

それを聞いてはさすがの長兵衛も自分のふがいなさを恥ずかしく思う。お角は長兵衛に「心を入れ替え真面目になる気なら、お久の親孝行な気持ちに免じて、あちこちの借金を清算するのに必要な50両を貸してあげよう」と言う。

「来年の大晦日まではお久を小間使いとして預かるが、もしその日までに50両返せない時は、可哀想だがお久に客をとらせる」といわれ、長兵衛はありがたくその話を受ける。

本所大川端の場
長兵衛が50両の金を持って急いで家へ帰る途中、隅田川のほとりへやってくると若い男が、川に飛び込もうとしているのに出合う。それを止めて話をきいてみると、男は文七といって、小間物商和泉屋の手代であった。

店の掛取りに出かけてその帰り、つい碁に夢中になっていて、暗くなったのにきがつかず、急いで帰る道すがら怪しい男に店の金、50両をすられたというのだ。

「貸してくれる親戚もいないので、もう死ぬしかない」という文七に、「人の命は金では買えないから」と長兵衛はお久が身を売って作ってくれた血のにじむような50両を与えて立ち去る。

再び長兵衛内の場
その翌日長兵衛が「50両は見ず知らずの人を助けるためにやってしまった」といくら話してもお兼は信じず、家主も加わって夫婦喧嘩の真っ最中。

そこへ訪ねてきたのは、昨日金をやった文七とその主人和泉屋。主人が話すには、「金は取られたのではなくて、掛取りに行ったうちへ置き忘れてきたので、昨晩無事に届けられた」ということ。

この話を聞いて、着る物がないため屏風の陰に隠れて顔だけ覗かせていたお兼もようやく納得する。和泉屋の主人が50両を返そうとすると、長兵衛は「やった金を返してもらうのは江戸っ子の恥だ」と受け取ろうとしないが、お兼にせっつかれてようやく受け取ることにする。

そこへ籠がやってきて、中から綺麗な着物を着たお久が出てくる。和泉屋の主人は親思いのお久を50両の金を払って取り返してくれたのだ。そして文七にのれんわけをさせるので、お久を文七の嫁に欲しいという。

文七は元結を短く切った製品を売る店を開きたいと夢を語る。長兵衛夫婦は思っても見なかったありがたい話を聞いて、嬉し涙にくれるのだった。

 

「文七元結」は元々初代三遊亭円朝が創作、自演した人情噺で、明治35年に五代目菊五郎が初演しました。

勘九郎の長兵衛が、名人の落語を聴いているようだと思わせるしみじみとした味わい。昼間の「再岩藤」のこてこてさ加減とは全くちがう小品の面白さが感じられました。

女房のお兼を演じた扇雀だけは、少々騒ぎ気味でしたが、その他の役者も皆落ち着いた良い雰囲気。

とくに上手いなと思ったのは、長兵衛を呼びにくる藤助役の助五郎で、トントンと運ぶ会話の上手さはこの人がいてこそのものだと思いました。

文七の七之助も、すぐやけっぱちになって「私さえ死んでしまえば・・・」というところが文七の少しおっちょこちょいな性格を上手く表現していて好演。

娘のお久の信吾は、いかにも純情素朴な風情。角海老の売れない女郎たちを演じた小山三や千弥、それに夫婦喧嘩を仲裁する家主の四郎五郎もぴったりとおさまっていて、この芝居が成功したのは全員のアンサンブルの良さの賜物だと思います。

一番目の「弁天娘女男白浪」では七之助がほとんど同年齢の弁天小僧を熱演。ほっそりとしていて娘方として見てももとても綺麗で、弁天にあっていると思いましたが、どういうわけか、せりふの間がどんどんつまってしまったように思えました。

駄右衛門の「騙りめ、返事はなな何と」の後で、弁天の簪(この簪は弁天役者が自分で糸を使って落とすのです)が「う〜〜〜〜ん、ポトリ」という具合に普通は落ちる物だと思いますが、駄右衛門から弁天に目を移したらもう落ちていたといういそがしさ。

「しらざぁ言って聞かせやしょう」からの長台詞も、もっとたっぷりと聞かせて欲しかったです。十年後に、もう一度見てみたいなと思いました。

「本朝廿四孝」の「奥庭の場」は福助が八重垣姫を演じました。面白かったのは前回歌舞伎座でこの場が演じられた時はぬいぐるみだった狐ですが、今回は子役がぬいぐるみを着て出てきました。

最後もこの子役の狐が出てきて、姫を先導していくのがかわいらしかったです。ちなみに八重垣姫が兜を水に映してみると狐の顔が現れる仕掛けはありませんでした。

前に「妹背山の道行き」の時にも思ったのですが、福助の人形ぶりは熱演のあまりか、肩の動きを強調しすぎて、文楽の人形というよりはM.Jのムーンウォークを連想してしまいます。

しかし夜の部の演目はなかなか取り合わせがよく、満ち足りた気分で帰宅する事が出来ました。

この日の大向こう

大向こうの会の方がお二人、上手と下手に別れて声を掛けていらっしゃいました。上手の方は盛り上がると例えば「成駒屋」と掛けるとき「なり」を非常に高く「こまや」を普通の高さで掛けられる、気合が入った掛け声で際立っていました。

他には一般の方も何人か掛けられ、なかなかにぎやかでした。

「勢揃いの場」で勘九郎の忠信利平が花道を出てきて逆七三で傘をかついで極まった時、ちょうど私と顔が合った(と思った)ので、思わず「中村屋!」と声を掛けました。他の方は揚幕を出てくる時に掛けていらしたので、このときは私一人だったようです。

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