国性爺合戦 稚気あふれる荒事 2003.5.3

25日千穐楽、歌舞伎座昼の部に行ってきました。

主な配役
和藤内 吉右衛門
甘輝 富十郎
錦祥女 雀右衛門
田之助
老一官 左團次

国性爺合戦」(こくせんやかっせん)のあらすじ
肥前平戸海岸の場
平戸の漁師和藤内の父親、老一官(ろういっかん)は、もと大明国の朝廷につかえていたが、わけあって、日本へ渡り渚と所帯をもった。

ある日、海岸に船が流れ着き、乗っていた元大明国の皇帝の妹、栴檀皇女から「大明国が韃靼国(だったんこく)によって滅ぼされようとしている」という知らせがもたらされる。

その頃和藤内は浜辺で、蛤をついばもうとして嘴をはさまれ身動きならなくなった鴫を眺めているうちに、兵法の極意を悟る。栴檀皇女から知らせを聞いた和藤内は、両親とともに大明国を再建するため唐土へわたる決心をする。

千里ヶ竹の場
老一官が唐土に残してきた娘錦祥女(きんしょうじょ)は、今は甘輝(かんき)将軍の妻になっていた。唐土に渡った和藤内親子は甘輝将軍を味方につけようと獅子ガ城へむかう。途中迷い込んだ千里ヶ竹の竹林では
韃靼王に献上するため虎狩がおこなわれていた。

そこで和藤内はその怪力と天照皇大神宮の護符の力で虎を手なずける。ついで虎狩の韃靼兵たちも味方につけ、一行は獅子ガ城へと向かう。

甘輝館
和藤内親子が獅子ガ城へたどり着くと甘輝は韃靼王に招かれていて留守で、警備兵は中へ入れようとしない。すると錦祥女が楼門の上に姿を見せ一行に身元を尋ねる。

老一官が「あなたは私の娘で、その証拠には私の絵姿を書いた物を持っているはず」というと錦祥女は肌身離さず持っている父の絵姿を取り出して喜びの涙にくれる。

しかし、「甘輝将軍の留守には、たとえ親兄弟でも城内に入れてはならない」と言う規則があって、一行を中にいれることができない。すると和藤内の母渚が「自分が縄にかかって城内に入ろう」と言う。

そこで錦祥女は「もし夫がお味方する時は白いおしろいを、もしだめな時は紅をといて城の中を流れる川に流しましょう」と言って、渚を預かる。

そこへ甘輝が韃靼王から、和藤内を討てと十万旗の軍をまかせられて帰館する。だが妻から留守中の話を聞いた甘輝は渚に会って、「和藤内の味方をして欲しい」という頼みを聞き、快諾する。

しかし、やにわに妻の錦祥女を手にかけようとするので、驚いた渚は必死で止め、そのわけを聞くと「女房の縁ゆえに、討つべき和藤内に味方したと言われては末代までの恥辱になるからだ」と言う。

「錦祥女は自分にとっては継子なのだから、そんな事をされてはこちらの義理が立たなくなる」と渚が言うと、「それなら味方は出来ない」と突っぱねる。

紅流しの場
話し合いの不首尾を和藤内に知らせるため、錦祥女
は自分の部屋にさがり紅をといて川に流す。すると城門のところで川の様子を見ていた和藤内がそれを見つけ、母親を取り戻しに城内へと暴れこんで行く。

元の甘輝館
甘輝と和藤内がいましも剣を交えようとすると、そこへ瀕死の錦祥女が現れ「さっき流した紅の元はこれ」と胸につきたてた短刀を見せ、父と義弟のためにわが身を犠牲にしたと話す。

それを見た甘輝はすぐ、下座になおって和藤内の家来になることを誓う。そして和藤内に廷平王国性爺鄭成功と名乗るよう勧める。

すると渚は「義理の娘、錦祥女を死なせたうえは、自分が生きていては義理が立たない」と自害する。鄭成功と名を改めた和藤内は甘輝とともに、韃靼王征伐と明王国再興を誓い合うのだった。

近松門左衛門作の浄瑠璃歌舞伎。二代目團十郎が荒事の演出を考案。吉右衛門が和藤内で荒事を演じました。

この日、吉右衛門はどことなく元気がなくて足を開いてバン!と決まる時もフワッと言う感じで音がしませんでした。二回ある飛び六方も音がしなかったので、どこか痛めたんじゃないかしらと思ってしまいました。

「国性爺合戦」は初めて見ましたが、鴫と戦う一抱えもあろうかという大蛤が出てきたり、他の動物とは全く違う柔軟な動きをする元気一杯の虎が出てきたりして、童話のようなところもあるお芝居です。

虎は「吃又」の冒頭にもちょっと出てきますが上半身だけですので、このお芝居の虎のようにジャンプしたり、吉右衛門の背丈より高く立ち上がったり、猫のように身をくねらせたりするのは初めて見ました。この虎は綱で繋がれてからも、後足で耳をかくしぐさをしたり芸の細かいところを見せていました。

千里ガ竹で韃靼の兵を従わせた和藤内が最後に大太刀を兵達の頭の上を一振りすると髪の毛が落ちて月代になるのも愉快な演出。

獅子ガ城の城門前で血気にはやる和藤内が母親に叱られると、ほっぺたをプーッとふくらませたりするところは「荒事は幼子の心で」といわれるのがなるほどと納得。吉右衛門の和藤内はいつもより顔も丸顔に見えました。

錦祥女が紅を流した後、二重屋体と小さな橋で繋がれた上手屋体の間が二つに割れて、それぞれが上手と下手斜め奥に引かれ、橋の欄干に足をかけて顔をかさで隠した和藤内が、舞台奥から押し出されてくる演出はとても珍しかったです。和藤内が花道を引っ込むと又元もとどおり館の場に復元されます。

川に紅が流れてくるのを見つけた和藤内が言う「南無三!紅が流れた」の名セリフは「短くキッパリ言うのかな?」という予想に反し「な〜むさ〜ん」とたっぷりの台詞回しで言ったのが印象的でした。

顔を隠していた傘をぱっととると、今まで「一本隈」だったのが筋が増えて「筋隈」となり、頭も菱皮という全部の髪の毛を頭頂部に掻きあげたような鬘になるのは、和藤内の感情の高ぶりを表現しているのだとか。その後、豪快に飛六方で花道を引っ込んでいきます。

それと和藤内の衣装、肌脱ぎになると下に赤地ににピンポン玉を半分に割った大きさの光るボタンがついた、長袖のパジャマのようなものを着ていて目を引きます。たしか同じ格好を「押戻」でも用いるはずで、荒事の一つの典型だと思います。

今回役者が揃っていて、申し分ない舞台だったと思います。ことに渚役の田之助が情にあふれていて良かったと思いました。なのに「継母」(ままはは)と言うセリフを言うたびに笑い出す観客がいて、何ということだ!と嘆かわしく思いました。田之助が気の毒でした。

それから和藤内の放り出した重い刀を雑兵が何人かで持ち上げようとする時、なにやら訳がわからない言葉をしゃべっていましたが突然「なんでだろう?なんでだろう?」と歌いだしたのは、助六の通人と同じで、その時代にあったことを言って良いという決まりなのでしょう。

この日の大向う

千穐楽のこの日は大向うの会の方が5〜6人みえていて、アマチュアの方も声を掛けていらっしゃいました。

この「国性爺合戦」は序幕からツケが入るので、とても掛け声が掛けやすいお芝居です。「甘輝館の場」で甘輝の富十郎さん、錦祥女の雀右衛門さん、渚の田之助さんのお三方に満遍なく声が掛かっていたのが印象的でした。渚という役は三婆におとらず重要な役だからでしょう。

大詰めで和藤内が館で甘輝と対決する場面で、たくさん声が掛かり、そのうちにどんどんタイミングが早まって、ツケが打ち終わるちょっと前に掛かり始めました。掛け声が多すぎると掛けても大勢の声の中に埋没してしまうので、どうしても早くなってしまうのかなと思います。

しかしそうするとなんだかせかされているようで、私は少し落ち着かない気分でした。役者さんは早く掛けられた掛け声をどう感じているのか知りたいなと思います。

寿会の田中さんもいらしていました。甘輝の帰館の場面で、雑兵が何人か出てきてしばらく間をおいてから、甘輝の富十郎さんが揚幕から出ていらしたにもかかわらず、揚幕から二歩踏み出したところでピッタリ「天王寺屋!」と掛けられたので、三階からは揚幕は見えないのに、そのタイミングをどうやって計っていらっしゃるのか伺ってみました。

「下座音楽を目安にしていらっしゃるんですか」とお尋ねしましたら、「それもありますけど、見ていると判るでしょ。だいたいの見当ですね。歌舞伎座ならこのあたりとか。劇場によっても違いますから」と答えてくださいました。

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