鳴神 歌舞伎鑑賞教室 2010.6.23 W273

10日、国立劇場の歌舞伎鑑賞教室で「鳴神」を見てきました。

主な配役
鳴神上人 愛之助
雲絶間姫 孝太郎
黒雲坊 橘太郎
白雲坊 松之助

「鳴神」のあらすじはこちらです。

第77回を迎えた歌舞伎鑑賞教室、この日は全席売り切れの盛況で、1階は中学生くらいの子供たちで埋まり、開演前はまるで鷺山のような騒ぎでしたが、宗之助の司会で「歌舞伎のみかた」が始まると、見事に静まってほっと一安心。

国立劇場のせりと廻り舞台を全てみせることからスタートするやり方は、前にも見たことがありましたが、今回特に良かったのは、次に上演する「鳴神」がどういう情況から始まるかということを上手く取りこんで説明していたことでした。

まず村人たちを出して雨が降らなくてこまっているということを説明し、雲絶間姫の師匠・安倍清行をすっぽんから登場させて「鳴神上人が戒壇建立を条件に皇子を誕生させる祈祷を行ったのにもかかわらず、朝廷が約束を守らなかったために、それを恨んで竜神を封じ込め雨を降らせないようにしているので、宮廷第一の美女・雲絶間姫が色じかけで鳴神上人を陥れることになった」と語らせるのは、このお芝居を初めてみる人にとって非常に分かりやすくて親切な方法だったと思います。

安倍清行という陰陽師は天下をねらう悪人・早雲皇子を拒絶したために古墳の中に生き埋めにされ餓死寸前のところ、愛弟子・雲絶間姫が恋人のためにと作ってきたおむすびの匂いにつられて這い出してくるというちょっとユーモラスな人物。(以前海老蔵が「雷神不動北山桜」の中で五役の中の一つとして演じた時は、食べ物ではなく女性の匂いに誘われて出てくるという海老蔵バージョンの演出になっていました。)

下座音楽の大鼓で滝の音を実演させたり、雷の音を出す雷車(らいしゃ)、見得など「鳴神」に出てくる様々なことを体験するために舞台に上がった二人の女生徒はとても協力的かつ心から興味をひかれているようで、和気あいあいとした雰囲気に終始した「歌舞伎のみかた」でした。

この後20分の休憩をはさんで「鳴神」が上演されました。愛之助の鳴神は松竹座で海老蔵の代役として演じた時に見ましたが、一度も演じたことがないこの役を立派にこなしたことは今でも記憶に残っています。その後博多座でもう一度演じたのは見ていませんが、今回は3回目の鳴神。

幕が開いたばかりのころの鳴神上人は、女人とは隔絶した世界で修行を積んだ高僧。しかも竜神も支配できるほどの恐ろしい力を持った人物なのに、今回の愛之助は台詞や間を少しつめ過ぎていて冷やかな凄みというものが感じられません。

そのため破戒してからとの差があまりつかず、絶間姫にしてやられたと聞かされてからの怒りの激しさという三段階の変化がもっとあって良いように思いました。いろいろなやり方があると思いますが、今回の演じ方では最初から、黒雲坊や白雲坊とたいした差がないただの男のように感じられました。

愛之助は良い声をもっている人で、気になる台詞のもちゃつきは大幅に改善されてきました。しかし荒れになってからの歩き方に重量感が乏しく、隈取も力強さに欠ける感があり、もっと荒事のエネルギーを全身からほとばしらせて欲しかったと思います。

ところで二世團十郎が初演したこの鳴神、八世團十郎は「独特の美貌と艶冶な芸風」でこの役を出世作としたが、三度目の鳴神上演中、舞台で仮死するという事故が起き、すぐ蘇生はしたのだが、世間では、死絵まで売り出されるということがありました。また九代目團十郎が市川家の「鳴神」を生涯演じなかったのは、八世團十郎がこの役で舞台で倒れたという、凶事の想い出でもあろうが、いまひとつ、密かに絶間姫役者と目していた八世半四郎の早世が、「鳴神」への意欲を立ち切ったという話も伝わっています。

それと興味深く感じられるのは、この鳴神の幕外の引っ込みを見せるのが、二世左團次の復活以来の定型だが、幸四郎、十一世團十郎所演のそれは、坊主との大立廻りのすえ、坊主多勢が組み上げた肩車の上に鳴神が乗り、右手を前に突き出し、絶間姫への執念を見せた「雲上飛行の見得」で幕になる演出をとっていたということです。―冨田鉄之助氏による雷神不動北山桜再見より引用

雲の絶間姫の孝太郎がこの役を手掛けるのは三度目ということですが、亡き夫との逢引を語る仕方噺などはほどよい色気で上手さを感じさせました。今回は夫婦の盃をかわす件での二人の居所がいつものやり方と違って姫の方が上手にくることで二人の力関係の変化をだしているそうですが、酒が飲めないという鳴神上人に酒を無理強いするところで居丈高に叫ぶのだけは、やはり抵抗を覚えました。

それだけで絶間姫が鳴神を罠にはめようとしにきたしたたかさだけが鼻につくような気がしてしまいます。いくら恋人・文屋豊秀と晴れて添えるようになるためだとはいっても、もうちょっとおくゆかしくて恥じらいのある女性であってほしい、そういう危ういバランスの上に絶間姫の魅力はあるのだと思います。

いつもはシシャモの干物のように硬直して^^;天に登る竜神ですが、今回は途中で身体を曲げてリアルにはねていました。

しかしながら今回の舞台は生徒さんたちもとても集中して観劇していて、歌舞伎鑑賞教室としては上々の出来でした。

この日の大向こう

この日は一般の方はごくたまにお二人ほどが掛けておられ、「鳴神」から大向こうさんがお一人だけ見えて、多すぎず少なすぎず適度に掛けていらっしゃいましたが、ツケ入りの見得では「バーッタリ」の直後ではなく、その中にちょうど収まるように何度か声をかけていらしたのが印象に残りました。

それで後でお会いした時にそのことを伺ってみましたところ、特に意識してはいらっしゃらなかったそうで雰囲気に合わせて掛けたということでした。「過去に大勢の役者さんの鳴神をご覧になったと思いますが、どなたが一番印象に残っていらっしゃいますか?」と伺いましたら「猿翁さんの鳴神がマスクも立派で良かった」と答えてくださいましたが、私も一度見てみたかったと残念に思いました。(*^_^*)

国立劇場6月の演目メモ
歌舞伎のみかたー宗之助、松之亟、嶋之亟、三津之助
「鳴神」-愛之助、孝太郎、橘太郎、松之助、

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