京乱噂鉤爪 魅力ある新作 2009.10.16 W256

16日、国立劇場で「京乱噂鉤爪」を見てきました。

主な配役
娘・大子
恩田乱学
染五郎
明智小五郎 幸四郎
鶴丸実次 翫雀
綾乃 高麗蔵
花がたみ 梅丸
甲兵衛 錦吾
お勝 鐵之助
鏑木玄斎 梅玉

「京乱噂鉤爪」(きょうをみだすうわさのかぎづめ)のあらすじ
ここは幕末の京都。江戸市中を暴れまわった人間豹が京へ現れ人々を襲っていた。

烏丸通りの際物屋では、春岳という名高い人形師の息子でありながら、流行り物ならなんでも手を出して儲けようとする甲兵衛が、人間豹を当て込んだ商売をしようと企てている。

甲兵衛にはみすずという妹があるが、大女なのでだれもが「大子(だいこ)」と呼んでいた。大子は甲兵衛が父春岳の遺作「花がたみ」という等身大の人形を陰陽師の鏑木幻斎に売ろうとしているのを知って猛反対するが、逆に家を追い出される。

入れ替わりに店にやってきた鏑木はだれも見ていないすきに、花がたみに術をかけて動かす。また花がたみが欲しがるので、大子が落としていった鏡を懐へ入れてやる。鏑木は花がたみの美しさに見惚れ、大金をはらって人形を連れて帰る。

大子は日ごろから蛤御門の変で被災し乞食となり鴨川の岸辺に住みついている人々を哀れにおもって団子をくばって歩いていた。ここで大子は松吉と名乗る青年に出会い、平等で平和な世の中がくることを信じる松吉に惹かれ、みすずという本名を教える。その松吉が薩摩の浪人に切りつけられるところを、旅姿の同心・文次が救うが、松吉は襲われた訳も言わずに立ち去る。

化野の鏑木の別宅に日が暮れると度々訪れる公卿の鶴丸実次、それが松吉の正体だった。平和な世の中がくることを願う実次は、乞食と寝食を共にしたりしながら、鏑木に陰陽道の術を習って国造りに役だてたいと考えていた。

鏑木は実次の父・鶴丸実俊から金を引き出そうとしていたが、実俊はこれを拒んでいるという。実次が帰ると、鏑木は人形の花がたみを愛おしげに抱きしめる。鏑木を慕う綾乃という女は、これを見て自分も人形になるからと鏑木に迫るが、鏑木は花がたみにしか興味がない。鏑木は綾乃に「実俊を殺せ」と命じその場を去ると、綾乃は憎しみをこめて花がたみの首を引き抜く。だがその首は不思議な力で元に戻る。

綾乃は被衣をかぶり一条戻橋で、実俊を待ちうける。実俊の警護をしていた恒川形部は、色仕掛けで近づこうとする綾乃の正体を見破り、追い散らす。この恒川こそ、幕府の命を受け実俊を警護していた隠密廻り同心の明智小五郎で、文次も一緒だった。

かって人形遣い春岳唯一人の弟子として人形師の修行をしたことがある明智は、恩田と決着をつけるためにも今回の仕事をかってでたのだ。実俊は明智の説明にもかかわらず、鏑木が暗殺を企てたとは信じない。

大文字の送り火の当日、明智は鴨川の堤で大子と再会する。大子は兄甲兵衛が父の形見「花がたみ」を鏑木に売り払ってしまったと嘆く。そこへ松吉、実は実次が現れ二人は仲好く去っていく。

その時俄かに大雨になり、屋形船から悲鳴が聞こえる。ひさしぶりに出会う人間豹恩田と明智は睨みあうが、川が氾濫して飲み込まれる。すると千年も前になくなったはずの羅城門が目の前に現れる。その門の楼上では鏑木がなにやら術を唱えていて、そのそばに恩田の姿がある。明智は恩田に人には生来仏性があるのだと諭すが、恩田はせせら笑う。鏑木にも反抗する恩田は、鏑木の術で遠くへ投げ飛ばされる。

四条河原町で踊り狂う人の群れの中に姿を現した恩田は突然鶴丸実俊に襲いかかる。人間豹をネタに散々儲けて打ちこわしにあい、都を落ちのびようとしていた甲兵衛とお勝夫婦は実次を狙う倒幕派の侍に殺される。

兄夫婦の死を悲しむ大子に実次は、本当の身分を打ち明け詫びる。実次は一人ぼっちになった大子に求婚する。花がたみを探して鏑木の別宅近くへやってきた実次と大子を綾乃が遅い、大子に切りつける。だがとどめを刺そうとする綾乃を恩田が邪魔し、実次に竹やりで刺されて綾乃は死ぬ。恩田はなぜか実次を襲わず立ち去る。だが大子は息絶える。

鏑木の別宅では、命令に従わなかった恩田が鏑木の術で鏡の中に閉じ込められ痛めつけられてていた。鏑木は日本をのっとろうと方々へ偽の密書を送りだす。明智はその密書を奪って乗り込んでくる。

鏑木に騙されていたと知った実次もここへやってくるが、二人とも鏑木に術をかけられ身動きできなくなる。すると人形の花がたみが突然動きだし、大子の鏡を鏑木に突きつける。自らの術にかかった鏑木は恩田のいる鏡の中に追い込まれ、ついに恩田に殺される。

ここは鏑木の怨念のため、日食で暗くなった如意ガ嶽。懸賞金めあての民衆によって大文字焼きの火床近くに追い詰められた恩田は「人として生きられない存在はこの国では生きる場所がないのか」と嘆く。そして自ら火をはなって炎につつまれ、壮絶な最期をとげる。

燃える大文字を見ながら明智は、恩田が殺そうと思えばできたのに自分を殺さなかったわけを考えていた。すると日食が終わり再び明るさの戻った京の町へ、空からお札が降ってくる。それにまじって恩田の鉤爪を発見した明智は恩田が死んだことを悟る。

明智は自分を助け、鏑木を殺し、結果として世の中を救った恩田には人間としての情があったのだと思いつつ、人間豹恩田の最期を見送るのだった。

昨年11月に国立劇場で上演された江戸川乱歩原作「江戸宵闇妖鉤爪」(えどのよいやみあやしのかぎづめ)の続編です。実は前篇を体調不良のため見られず後篇だけではどうかと思いましたが、面白いお芝居で充分楽しめました。

染五郎は「西郷と豚姫」のお玉を連想するような温かく純な心を持つ大女・大子を誠実に演じていて好感がもてましたし、大子が転ぶとコロコロとダルマさんのように転がるのも嫌味がなくユーモラス。女形でも声を無理に高くしていなかったので、ひっくりかえることもなく割合楽に聞けました。

全く違う役の恩田に替るのも驚くほどの早業で、ことに大子が死んでから恩田として現れる場面などはどういう手法なのか全く分からなかったほど。

人間豹恩田乱学の野獣のような動きも新鮮で、ことに劇場の上空をすごいスピードでグルグルと上下に回転しながら斜めに横断する宙乗りは、恩田がとんぼ返りをしながら逃げる様子と重なって見え大迫力。こんな宙乗りは前代未聞です。真下で見ていると恐ろしいほどで、江戸時代の歌舞伎はこんな風に観客をあっと言わせたのだろうと感じました。ただ恩田が人間らしい感情に目覚める変わり目があまり分からなかったのがちょっと残念な気がしました。

恩田の最期は大文字焼きの火とともに爆死するというのも、遠く飛ばされた恩田の鉤爪を明智が拾ってその死を悟るというのも、きわめて歌舞伎的。このお芝居は歌舞伎としての魅力を十分に持っていると感じさせました。死んだ恩田を悼む明智の思い入れたっぷりの独白にはついていけませんでしたが、今回は脇にまわった感のある明智小五郎の幸四郎はおおむねすっきりと演じていました。

意外だったのは梅玉の鏑木玄斎で、冷酷な敵役を見事に演じ切ったのには驚かされました。「金閣寺」の松永大膳などを見てみたいと思いました。妖術を使う陰陽師を嘘っぽく感じさせない重厚さで、自分を慕う綾乃を残酷なまでにいたぶり、人形の花がたみに執着する鏑木の異常ぶりを躊躇なく演じて、乱歩の妖しくおどろおどろしい雰囲気を出していました。

今回高砂屋の部屋子、梅丸が舞踊「京人形」から趣向を借りたと思われる人形・花がたみで、高麗屋の部屋子、錦成がきはもの屋の丁稚役で大活躍。梅丸は踊りで品の良さを鏑木を鏡で追い詰める場面では迫力を感じさせ、錦成は錦弥と掛けあいで義太夫のまねごとをするという難しい役でリズム感の良さを示しました。

このお芝居は岩豪友樹子の脚本ですが、岩豪は以前国立劇場の募集脚本の「斑雪白骨城」を見た時から歌舞伎として全く違和感のない魅力的な脚本を書く人だと注目していましたが、期待を裏切らない優れた出来栄え。歌舞伎に新しい風を呼び込むためにこういう脚本家にどんどん歌舞伎の新作を書いてもらうべきだと思います。

幸四郎が筋書きの中で「現代においては歌舞伎の新作を書く場合に、いわゆる写実演劇とか、現代歌舞伎とかを意識しちゃって書かれるケースが多いのです。ところが彼女はそこを飛び越えて、乱歩と歌舞伎を直線で結んじゃった。それが逆に僕の心を捉えたんです」と書いていますが、まさに同感です。九代琴松こと幸四郎は「夢の仲蔵」でも良い仕事をしましたが、もっともっと新作での活躍を望みたいところです。

江戸川乱歩原作の前篇と違い、今回は染五郎の原案による全くのオリジナルとか。江戸を追われて、京に行った人間豹・恩田は、幕末の混乱に乗じて日本をのっとろうとする陰陽師に操られるけれど最後に人間的な気持ちに目覚め、陰陽師を殺し自爆して果てるという筋は、シンプルでわかりやすく、いろいろな趣向が生かしやすいと思いました。恩田が現れる場面では録音ではありますが轟わたる和太鼓(英哲風雲の会)が不安、焦燥や恐怖を表現していたのも、ぴったりでした。

忘れてならないのは鏑木の隠れ家の場面の鏡を多用し不気味な人形たちを飾った大道具で、乱歩の世界を一目で印象付けていました。しかし大詰めで恩田が大文字のかがり火に火をつける場面だけは、薪をつみあげたものがなんだか鳥かごのように見え、これはちょっと違うだろうと思いました。衣装は他の登場人物すべて着物の中、恩田だけシェークスピアの世界から抜け出たようだったのには工夫を感じました。

それにつけても前作「江戸宵闇妖鉤爪」が見てみたかったといまさらながら残念に思います。近いうちにぜひ再演してほしいと願っています。ラストで空からお金が降る場面では、客席上空からも銀色のお金が降ってきたのが美しく目に残りました。

この日の大向こう

大向こうの会の方もいらしていて、一般の方も加わりとても良い感じに声が掛かっていました。新作歌舞伎はどこで声を掛けたら良いのかわからないようなものもありますが、このお芝居はところどころ録音による音楽もありましたが、竹本や、常磐津もふんだんに使われていて、新作でありながら声が掛けやすいツボをふまえていると思いました。

幕は全て緞帳で最後だけが定式幕でした。定式幕が引かれても客席は明るくならずそのままカーテンコールになりました。珍しかったのは黒衣の人たちも出てきて、頭巾をとって挨拶したことでしょう。恩田の染五郎だけは一人すっぽんから登場し、盛大な拍手と掛け声をあびていました。

10月国立劇場演目メモ
「京乱噂鉤爪」
染五郎、幸四郎、梅玉、翫雀、高麗蔵、錦吾、鐵之助、歌江

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