沼津 吉右衛門の十兵衛 2009.7.16 W248

13日、蒲田の太田区民ホールアプリコで公文協中央コース夜の部を見てきました。

主な配役
十兵衛 吉右衛門
平作 歌六
お米 芝雀
池添孫八 歌昇
安兵衛 吉之助

「伊賀越道中双六」―「沼津」のあらすじはこちらです。



当日のホールは蒲田駅前にある大変立派なホールでしたが、舞台の天井が高すぎるためなのか、定式幕を使わず、「沼津」も緞帳で上演されていました。これで一番困るのが、緞帳がぶ厚すぎるために閉まった状態だと幕が開く前から演奏されている下座音楽がほとんど聞こえないことです。

花道の代わりとなる舞台袖のでっぱりも、ここのは短いうえにカバ―があるのでますます見える部分が少ないですし、音響も音が響きすぎて、声を張ればよく聞こえるのですが、四方山話しなどする場面では音が散ってしまいます。平作住家の後半からの竹本は葵太夫でしたが、この人の語りは終始鮮明に聞こえ、これにはちょっと驚きました。

ともかくいろいろな環境が歌舞伎座とは全く違い、その中でやりくりしながら上演するのが巡業というものかと感じました。

吉右衛門は筋書きのインタビューで「十兵衛は実父・松本白鸚に教わり二代目鴈治郎のおじさんのお芝居も参考にしてつとめております」と語っていますが、前半のじゃらじゃらしたところは鴈治郎の影響が強く感じられ、後半印籠の薬を盗もうとしたお米を「此事は思い切らっしゃれ」と諭すあたりからは白鸚の影響なのか、がぜん男っぽく凛々しくなっていました。

話を聞いているうちに、目の前の二人が実の親妹と知るけれど、敵同士の立場にたっているからは金をやろうと思っても受け取ってはもらえまいと、十兵衛が苦慮する場面は一番吉右衛門の良さがでるところで一瞬も目をはなすことができませんでした。

筋が通っていて優しくかつ男らしい十兵衛は吉右衛門によく似合って素敵でしたが、和事のようにじゃらじゃらした演技は吉右衛門の芸質にあっているとは私には思えませんでした。笠に山印に十の字でなく、重と書いてあったほか、白と藍の縞の着物にマントのような道中合羽という拵えが珍しく感じられました。

年老いた雲助・平作の歌六は、今回が初役ということですが、年上の吉右衛門の十兵衛を相手に一歩もひかずに心をこめて演じていました。音をたてて手鼻をかんだりするちょっと見たことがない平作で、ひょうきんなところもよく出ていました。最近吉右衛門と組んでいろいろな重要な老け役を次々と着実にこなす歌六。

曾祖父にあたる3世歌六の平作とその息子の初代吉右衛門の十兵衛は絶品だったとか、その曾孫の二人による「沼津」の上演はなかなか見ごたえがありました。

お米を演じた芝雀にはもと全盛を誇った花魁らしい優雅さがありました。印籠の薬を盗もうかと思案するところは、いったん外に出たりせず、寝床の上でやっていました。十兵衛が旅だつことを決心するところで、お米は家の隅にある腰の高さの囲いのようなところに入って、半ば隠れるようにして帯をしめていましたが、あんな囲い見たことがあったかしら?とちょっと珍しく感じました。

次が染五郎の「奴道成寺」。幕が開くと最初から正面に幕、上手に鐘がつってあって、きいたか坊頭の簡単なやりとりがあったあと、幕が中央からあいて烏帽子に壺折姿の染五郎がでてきます。しばらく踊っていて烏帽子が落ちると男だと見顕されて、狂言師の頭、たっつけ袴の衣装になります。

帰ろうとする狂言師は所化たちに踊ってほしいと頼まれ三つの面を渡されます。「恋の手習い」からおかめの面をかぶって踊る時は長唄、大尽の面の時は常磐津に合わせて踊りますが、だんだんその間隔が短くなり、こんな速さでよく踊れるなぁというくらいのスピードに。後見の錦弥との息もぴったりで華やかに踊って楽しませてくれました。

最後に出てくる花四天が花道に並び、ご当地ネタの「とう尽くし」の渡り台詞で拍手をあびていましたが、毎日場所が変わるたびに違う台詞を言うのは、さぞ大変だろうと思いました。

この日の大向こう

「沼津」では4人ほどが声を掛けておられました。大向こうさんもお二人みえていました。ベテランの渋い声と間よく気合いの入った若い声が際立っていました。

吉右衛門さんは台詞の前に「あぁ」ということがあり、花道できまった時、間としてはぴったりだったにもかかわらず「播磨屋」という声がこれにかぶってしまったのはお気の毒でした。

「奴道成寺」では花子実は左近が花道へでてきて、七三で恨みをこめて振り返って鐘を中啓で指すところで、声が掛からなかったので、会の方はお帰りになったのだなと思いました。ここはとても大事な場面ですから、大向こうさんが声を掛けないということは考えられません。この踊りではほとんど声は掛かりませんでした。

公文協中央コース演目メモ
「沼津」―吉右衛門、歌六、芝雀、歌昇、吉之助
「奴道成寺」―染五郎

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