「つばくろは帰る」 川口松太郎作品 2008.8.21 W224

18日、歌舞伎座納涼歌舞伎第一部と第二部を見てきました。

主な配役
大工・文五郎 三津五郎
弟子・三次郎 勘太郎
弟子・鉄之助 巳之助
安之助 小吉
舞妓・みつ 七之助
八重菊女将・おしの 扇雀
蒲団屋・万蔵 彌十郎
すり・お銀 高麗蔵
芸妓・君香 福助

「つばくろは帰る」のあらすじ
江戸の大工文五郎は京の蒲団屋万蔵の依頼で、京に江戸前の家をたてるために東海道を西へと向かっていた。たちよった茶屋で文五郎は、つかまりそうになった女スリが苦し紛れに通りがかりの子供の懐に盗んだ財布を隠し、追手をやりすごした後その子を脅して財布を奪うところを見かけ、財布を返させる。

ところが道を急ぐ文五郎の後をその子供がついてくるので、話を聞いてみるとその子は安之助と名乗り、幼いころ別れた母親を探しにたった一人で京へいくのだという。子供一人では金を持っていても宿屋にとめてもらえず、ずっと野宿していると聞き、同情した文五郎は安之助とともに京都まで旅することにする。

一方先に京都へ到着していた文五郎の弟子・三次郎と鉄之助は、酔っ払いに絡まれていた祇園の舞妓・みつを助ける。三次郎とみつはお互いに好意を抱く。

安之助の母親・君香は祇園で芸妓をしているが、金貸しの十兵衛から借金をしていて、返せなければ妾になれとせまられていた。

京都へついた文五郎は、安之助を弟子の一人に加え、家の建築にとりかかる。しばらくたってから文五郎は安之助の母・君香を訪ねる。君香は仕送りしている江戸の親戚の家で無事に暮らしているとばかり思っていた安之助が、自分を訪ねてたったひとりで旅をしていたと聞かされ驚くが、文五郎に助けられ今は文五郎の弟子として一生懸命働いていると知って安堵する。

すぐに安之助と会うように勧める文五郎だが、君香は子供がいることを隠して祇園で働いているので会うことはできないと断る。君香がどうしても考えをかえないので、腹を立てた文五郎は金輪際安之助には会わせないと言い捨てて帰っていく。君香は一人、安之助の名を呼びながら泣き崩れる。

半年がたち、木屋町二條の文五郎の建築現場に舞妓のみつが、文五郎に会いたいという君香の手紙をもって訪ねてくる。文五郎は安之助に母親を探してやろうかと尋ねるが、安之助は会いたくないと言い、ずっと文五郎のそばにおいてほしいと泣きながら頼む。

祇園新地の中村では、八重菊の女将おしのが君香を訪ねてくる。おしのは金貸しの十兵衛から「君香が妾になれば借金は棒引きにしてやると伝えてくれ」といわれ、間にはいって苦労していた。十兵衛のいうことを聞かないと家をとられてしまうと心配するおしのに、君香は息子・安之助が今この京にきているので、安之助がいる間は十兵衛に身をまかすことはできないと言う。おしのはそういう君香の気持ちを理解して帰っていく。

やってきた文五郎に君香は安之助が世話になっている礼をのべる。安之助のことは一生ひきうけたという文五郎と君香はいつしかうちとけ、想いをうちあけあう。

それから一年たち、普請もようやく終わる。万蔵は文五郎に、君香の借金は自分が肩代わりしたと告げ、君香が十兵衛の話を断ったのは安之助と文五郎のためだったのだと話す。文五郎は安之助に改めて母親に会いたくないかと聞くが、安之助は会いたくないと言う。

そこで文五郎は普請が終わったお祝いに今日は祇園で祝宴を開こうと言う。そこへ姿を見せた君香に文五郎はさりげなく安之助の姿を見せてやる。

その夜八重菊の座敷で三次郎とみつは別れを惜しむ。その後君香と二人だけになった文五郎は、自分と夫婦になってくれないかと頼む。しかし君香は以前安之助の父親と駆け落ちし、まわりに散々迷惑をかけたのに、その夫が死に舞い戻った自分を再び受け入れてくれた祇園の人たちに、恩返ししなくては女がたたないと断る。

文五郎はその恩をかえし終わったら、江戸の自分のところへきてほしいと言う。衝立の蔭でねていた安之助の顔をみながら君香は子守唄を歌う。その唄を聞いて目をさました安之助に、文五郎は君香を母として対面させる。君香は安之助をしっかりだきしめ、どんなに苦労しても一緒に暮らしたいという。それを聞いた文五郎は静かにその場を立ち去る。

翌朝早く、雪がつもった街道を三次郎と鉄之助が急いでいるところへ、文五郎が追い付く。安之助を君香のところへおいてきたという文五郎が京になごりを惜しんでいるのを残して、二人は先へ行く。

すると残してきたはずの安之助が旅じたくをして後を追ってきて、自分は大工が好きで文五郎のもとで修行したいのだと告げると、母は許してくれたのだという。喜んだ文五郎と安之助が遠ざかっていく後ろ姿を、君香がそっと見送るのだった。

川口松太郎作の小説「つばくろは帰る」は昭和46年に二代目松緑の希望で劇化、初演されましたが、歌舞伎として上演されるのは今回が初めてということです。

故坂東吉弥の孫で安之助を演じた小吉は、以前三津五郎の踊り「籠屋」で犬に扮してその可愛らしくて達者な踊りが目をひいたことを思い出しますが、ちょっとさがった眉毛がみるからにほのぼのとした印象を与える容ぼうは、逆境にめげずに明るく、幾分ちゃっかりと生きていく安之助にはぴったり。

一向に会おうとしない母親に対してもいじけたりせず、自分のやるべきことをやっていく素直で健気な安之助の役には、実の親を知らず養親からも14歳で独立した作者の生い立ちが反映されているそうです。

文五郎の三津五郎は情けに篤く、酸いも甘いも噛みわける江戸の大工の棟梁をかっこよく演じていました。弟子三次郎の勘太郎は喧嘩っぱやくて正義感のかたまりのような若者、巳之助は陽気でお調子者のその弟分、この二人は江戸のころ、いかにもこんな若者がいそうな感じでした。

安之助の母で芸妓の君香の福助は京の芸妓というよりは江戸の芸者という雰囲気でしたが、明日は文五郎たちが江戸へ引き上げるという夜、安之助と親子として対面するところは、情があってほろりとさせられました。旅だっていく息子と文五郎の姿を遠くから見送る表情は晴れ晴れとしていて、気持ちの良い幕切れでした。

祇園の舞妓・みつを演じた七之助は三次郎との淡い恋のやりとりも初々しく、清涼感がありました。仲間の舞妓たちの松也、新吾、芝のぶたちもはんなりとした雰囲気をよくだしていたと思います。京に江戸風の建物を建てたいという変わった人物で君香のために骨をおってくれる万蔵の彌十郎にはゆったりとした大きさと温かみを感じました。おしのの扇雀もこういう落ち着いた役にしっくりと合っていました。茶屋のばあさんの菊十郎がこの人ならではの味を出していました。

「つばくろは帰る」は威勢の良い江戸の大工と祇園のは花街という、異色の組み合わせも新鮮でおもしろく、特別な事件はないけれど、ほんのりと人の心を温かくしてくれるお芝居で、こういうお芝居はもっと演じられてよいように思います。

第一部の序幕は、福助の「女暫」。車鬢にピンクの花のかぶり物、向い雀のもようの着物の福助はきりっとしていて綺麗でしたが、がんばりすぎて声が地声になったり割れたりで苦しく残念でした。しかし最後の幕外の引っ込みは半分素に戻って勘三郎の舞台番とのやりとりも楽しく愛嬌いっぱいの福助でした。勘三郎はオリンピックネタもほんの少し混ぜたりしていましたが、肝心の「やっとことっちゃうんとこな」はあっさりと演じていました。

女鯰の若菜の七之助は声が朗々と安定していて裏返ることもなく、いつか七之助の女暫を見てみたいと思いました。轟坊震斎の勘太郎もしっかりとしていて、この兄弟は最近本当に頼もしく安心してみていられます。ウケの範頼は彌十郎で、立派ではありますが声に悪の凄味が足りないように感じました。三津五郎が御稚児さんのような格好の手塚太郎を若々しく演じていました。

次の「三人連獅子」は中村屋の親一匹に子が二匹というのとは違う、楳茂都流(うめもとりゅう)の振り付けによる父と母と子の獅子によるもので、橋之助が長男国生、扇雀と家庭的な雰囲気を醸し出しながら踊りました。

第一部の最後は岡鬼太郎作「らくだ」。落語から題材をとったお芝居で、亀蔵の死人ぶりがものすごくて、涙がでるほど笑えました。三津五郎のひとくせありげな手斧目の半次と、最初はぼけっとしていて半次にこきつかわれますが、酒を飲むと途端に態度が大きくなる屑やの久六の勘三郎との掛け合いが絶妙でした。おぎんばあさんの小山三も健在。

家主の市蔵と大柄な女房おいくの彌十郎は座っているだけでおかしく、彌十郎の女形は身替座禅の奥方・玉野井以来ひさしぶりに見ました。

第二部の最後は勘三郎の舞踊劇「大江山酒呑童子」(おおえやましゅてんどうじ)。串田和美の美術が珍しく楽しい演出の踊りでした。勘三郎の童子が酒を飲みながら踊る、そのリズミカルな足どりの見事なこと。「高杯」を思い出しましたが、たとえば巨大な和太鼓を体いっぱいに使って演奏する人のような高揚感があって、そういえばこういう踊りってあんまり見ないなぁと思いました。

すっぽんから上がってきた勘三郎、御所人形のような丸みのある感じが可愛らしく、にっと笑う笑顔も嫌味がなかったです。逃げる童子が衝立の蔭にかくれるとひょっこり人形が出てくるのは串田演出ではおなじみですが、それが出てくるたびにだんだん小さくなって、最後にボッと燃えてしまうというのが今回勘三郎のやりたかった方法だとか。鬼の住処がだんだん近づくにしたがってサイズが大きくなっていくのは、「忠臣蔵」の四段目で城の門がパタパタと小さくなっていくのと反対ですが、こういう漫画チックなやり方ももっと取り入れられてもよいように感じました。

最後に殺されてしまった童子をのせた大きな台が、垂直につりあげられると上からなにやら赤い玉のようなもの?が滝のように童子のまわりに降り注いだのはなんだかわけがわからなかったですが、頼光主従とともに絵面にきまってはなやかに幕となりました。

この日の大向こう

第一部には会の方は2~3人見えていて、一般の方も少し声を掛けていらしたようです。「三人連獅子」で三人が花道から本舞台へ行って初めてきまったときにかかった「成駒屋」という声が素敵にきまっていました。

第二部は大向こうさんはお二人、第一部とは別な方々がいらしていました。「つばくろは帰る」で君香と文五郎がひしと抱き合うシーンで「ご両人」と声がかかりましたが、タイミングは悪くなかったもののなんとも気が入っていない声で「あ~~がっくり」。と思ったらすかさず大向こうさんの渋い声が「大和屋」とかかって救われた思いがしました。

8月歌舞伎座第一部・第二部演目メモ
第一部
「女暫」―福助、彌十郎、勘太郎、七之助、三津五郎、高麗蔵、市蔵、亀蔵、松也、新悟、巳之助、勘三郎
「三人連獅子」―橋之助、扇雀、国生
「らくだ」―三津五郎、勘三郎、亀蔵、松也、市蔵、彌十郎、小山三
第二部
「つばくろは帰る」―三津五郎、勘太郎、七之助、福助、彌十郎、扇雀、巳之助、小吉
「大江山酒呑童子」(おおえやましゅてんどうじ)― 勘三郎、扇雀、福助、七之助、松也、橋之助、勘太郎、巳之助、新悟

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