ゆうれい貸屋 山本周五郎作品 2007.8.29 W193

21日、歌舞伎座八月納涼歌舞伎第一部と第二部をみてきました。

主な配役
桶屋弥六 三津五郎
女房・お兼 孝太郎
家主・平作 彌十郎
魚屋・鉄蔵 秀調
女房・お勘 右之助
爺の幽霊・友八 権一
婆の幽霊・お時 玉之助
娘の幽霊・お千代 七之助
屑屋の幽霊・又蔵 勘三郎
芸者の幽霊・染次 福助

「ゆうれい貸屋」のあらすじ
江戸日本橋に程近い炭屋河岸にある桶屋の弥六の家。弥六は母をなくしてからいくら働いても楽にならない生活に嫌気がさし、仕事をなまけるようになった。今日も酔って帰ってきて家主の平作や女房のお兼にきつく意見される。しかし弥六は耳を貸さず今のままで良いのだとそのまま寝てしまったので、お兼は自分がいなくなれば弥六も改心するかもしれないと、平作に伴われて実家へ帰っていく。

日も暮れたころ、この家の片隅に辰巳芸者染次の幽霊がボーッと姿を現す。生前男にだまされた染次はその男とその家族を取り殺したが、成仏できずにさまよっているのだと言う。弥六が染次の美しさに感嘆すると、染次は弥六に女房にしてくれと頼み込む。

戸惑う弥六だが、染次はいそいそと食料の調達へと出かけていく。弥六は仏壇に向かって般若心経を唱えようとするが、なぜか出来ない。鰻の蒲焼と酒をもって帰ってきた染次は、身内の人間に経を読まれると成仏してしまうので、邪魔をしたのだと言う。そして染次は自分が女房になったら、決して浮気をしないようにと、万一したら取り殺すと釘をさして、弥六と一緒に寝間へ入っていく。

一ヶ月たち、幽霊と暮らす弥六のことを近所の人たちが噂している。家主の平作は弥六の女房のお兼が心配していると弥六に意見するが、弥六は聞こうとしないので「店賃を払わないのなら追い出すぞ」と言い残して立ち去る。それを立ち聞きした染次は弥六がまだお兼と続いているのかと疑い嫉妬するが、弥六が別れたというのを聞いて納得する。

機嫌を直した染次は溜まっている店賃を払うために、恨みを晴らしたいと思っている人に幽霊を貸しだすことを思いつき、知り合いの幽霊たちを呼び出す。

それからまた一ヶ月たったころ、弥六たちの商売は大繁盛し、幽霊たちはひっぱりだこ。だが屑屋の幽霊・又蔵は「恨み事を言いにいった先の女房に散々悪態をつかれて追い払われた」と語り、「浮世もあの世も金次第だが、何事も生きていればこそだ」と言って消え去る。年寄り夫婦の幽霊は、身内が供養してくれたので成仏できると嬉しそうに消えていく。

その夜、弥六が家へ帰ってみると、娘の幽霊・お千代が来ていて弥六を誘惑しようと強引に言い寄る。そこへ染次が帰ってきたからさぁ大変!嫉妬に狂った染次はものすごい形相で弥六を八つ裂きにしようと襲い掛かる。弥六が必死で仏壇のリンをたたき鳴らすと、染次は退散する。

そこへ近所の人々や家主の平作、女房のお兼が入ってくるので、弥六はこれからは真面目になって一生懸命働くから、一緒に般若心経を読んでくれと頼み、夜が明けるまで染次たちが無事成仏するようにと祈るのだった。

第二部の最初に上演された「ゆうれい貸屋」は山本周五郎の小説を劇化したもので、昭和34年に二代目松緑や七代目梅幸によって初演。

怪談というよりは、老若男女の幽霊たちが活躍する滑稽噺で、江戸の庶民の暮らしを彷彿とさせる軽妙なお芝居でした。三津五郎がつんつるてんの半纏一丁で幽霊を貸し出して商売する調子の良い男・桶屋の弥六をいかにも江戸っ子らしい台詞廻しで演じました。

芸者の幽霊・染次の福助は姿も良くあだっぽくてはまっていました。娘の幽霊に言い寄られた弥六に嫉妬して取り殺そうとする迫力もすさまじく、気風の良い深川芸者という役どころは福助にとてもよく似合うと思います。しかしながらドスのきいた地声を使わなければもっと良いのにと思いました。

勘三郎の屑屋の幽霊にはほのぼのとした愛嬌がありました。綺麗な娘の幽霊・お千代の七之助が弥六に馬乗りになって迫るのにはびっくり。

爺の幽霊の権一もうらぶれた感じがあっていたと思います。弥六の女房・お兼の孝太郎は姿形は桶屋のお上さんらしかったですが、声の調子がちょっと高すぎるようでもう少し抑えられたら良いのにと感じました。家主の彌十郎、隣の魚屋の秀調、その女房お勘の右之助と全員のアンサンブルも良く、後味のさっぱりした世話物でした。

第一部は昭和43年の懸賞演劇脚本の当選作、指宿大城作の「磯異人館」で始まりました。

―幕末の鹿児島を舞台に、生麦事件で詰め腹を切らされた藩士の遺児たち、集成館ガラス方の岡野精之介(勘太郎)と集成館警護役の岡野周三郎(松也)兄弟と琉球から薩摩藩に人質として来ている王女・琉璃をめぐる話。

清之介とお互いに想いあっている琉璃は、ある日精之介から桜島の噴火の炎のような暗紅色のガラスを作りたいという夢を聞かされる。だが藩の命令で琉璃は英国人技師ハリソンと無理やり結婚させられることになる。精之介は失意のうちにもパリの万博に出品する見事な切子を作り上げ、琉璃に励まされてヨーロッパに留学することを決意する。

一方兄弟を「罪人の子」と目の敵にする作事奉行・折田要蔵親子とのいざこざで、兄弟はお互いを助けようとして折田親子を殺してしまう。その時深手をおった精之介は弟の罪を被るから、留学するはずだった自分の代わりに弟をロンドン行きの船に乗せてくれと親友の才助に頼む。

そして同じ船でハリソンとの結婚のためにロンドンへ旅立つ琉璃に、完成した炎のように紅い切子の簪を贈って別れを告げた精之介は、船が出て行く汽笛を聞きながら、立腹を切って自害する。―

ちょっとひょうきんで悲しみの中でも前向きに生きようとする精之介は勘太郎にぴったりでしたが、いつも問題を起こす弟・周三郎(松也)の方が生き残って精之介が犠牲になってしまうラストはなんだかすっきりとしませんでした。亀蔵の英国人ハリソンはどんな感じかと思いましたが意外にも存在感がありました。他にあまり例のない鹿児島の歴史を取り込んだお芝居ですが、ちょっとつめこみすぎのように感じました。

第一部の二幕目は水上勉作・舞踊劇「越前一乗谷」。上手手前に大きな義太夫のひな壇、下手に三台のお琴。この音楽は独特でお琴が優雅でした。大セリの穴の前は傾斜のついた舞台になっていて踊りそのものもユニークでした。

―織田にほろぼされた朝倉義景の妻・小少将が今は尼となって昔を偲ぶ。5年前、織田との決戦で敗色が濃くなった朝倉義景は一乗谷へ退却しようとする。が一族の式部大輔景鏡は一乗谷を捨てて大野へおちのびるように進言するので、一行は大野へ退却する。

平泉寺で別れの宴を催している時、平泉寺や景鏡が敵に寝返ったと知らせが入り、義景は小少将と二人の息子の愛王丸に自害するよう命じる。だが小少将は朝倉の血が絶えないよう、愛王丸を逃がしてほしいと願う。義景は二人をおちのびさせることにするが、小少将は自分の父が裏切ったことを詫び、自害しようとする。義景はそれを止め「必ず生きよ」と言い聞かせる。

二人を逃がした後、義景は討ち死する。裏切り者の式部大輔は愛王丸は助けるものの、小少将を側女にする。小少将はその後羽柴藤吉郎の傍女となるが、毎日を泣き暮らす。そんな小少将に藤吉郎は「愛王丸はすでに処刑された」と伝える。小少将は自害しようとするが、藤吉郎に止められる。するとどこからか「必ず生きよ」という義景の声が聞こえてくるのだった。―

戦いの場面で名もない郎党に扮した三津五郎と勘三郎の二人が扇を刀に見立てて競うように踊るのがとても印象的でした。義景の橋之助の最期も美しかったと思います。

第二部の最後は渡辺えり子の新作「新版・舌切雀」。おとぎばなしの「舌切雀」の骨格だけを残して、自由に書き換えたお芝居です。まず真っ暗な中から浮かび上がったひな壇。森の色鮮やかな情景にはオ〜ッ!というジワ。

ここは鳥たちが楽しく暮らしている夏の森。森を治めているのは孔雀の王様(孝太郎)で、皆が雀のすみれ丸が花鳥の祭りに姿をみせないのを心配している。すると空から舌を切られて口のきけなくなったすみれ丸が落ちてくる。人の心を読むという賢者が呼ばれてくるが、皮肉屋の賢者は一向にすみれ丸の心を読もうとしない。

里では仲の良い森彦とお夏の夫婦のところへ森彦の母親・玉婆が今日もいびりにやってくる。昨日夫婦に助けられた雀のすみれ丸は玉婆のあまりの強欲さに意見する。玉婆は怒り鋏ですみれ丸の舌をちょんぎる。

傷ついたすみれ丸はお夏のたった一つの嫁入り道具の「不思議なたんす」に逃げ込む。そのたんすは一番上の段を開けると本物の春の世界、二番目には夏の世界、三段目には秋の世界、そして一番下には冬の世界が広がっている不思議なたんすだった。

森彦が引き出しの中にすみれ丸を見つけて手を差し伸べると、そのまま引き出しに吸い込まれてしまう。帰ってきた森彦は不思議の森でもらった小さな葛篭から山海の食べ物を出して村の皆にご馳走しようとする。

それを見た玉婆は、なぜ大きな葛篭をもらってこなかったのかと森彦を責め、自分も葛篭をもらおうと妹分・蚊の蚊よと一緒にたんすの森へ入っていく。しかし玉婆は孔雀王に悪行を責められ、罰として今まで森の賢者として小人の姿にされていた殿様に替わって賢者となり、声にならない人の心を読む役目を言いつけられる。蚊よと仲間たちは退治され森に平和が戻ってくる。

あちこちにグイッとひねりが加えてある大人のためのおとぎ話といった感じで、俳優祭の北千住観音を思い出させる、分身のぬいぐるみをつけ芋虫のような姿で登場した皮肉屋の賢者(小人)の三津五郎にはあっけにとられました。作者としてはいろいろなメッセージを込めたのだと思いますが、速いスピードで思いがけない方向へ花火のように展開していくのでついていくだけで精一杯という感がありました。

最初から清太夫が赤緑白のド派手な裃に頭巾姿で普通の裃の太夫たちにまじって座っているので何だろうと思いましたら、オウムの役を兼ねていました。この作品でも玉婆の勘三郎と急に小人から大きくなった賢者三津五郎が二人して競うように踊ったのが一番の見ものでした。

この日の大向こう

朝のうちは声を掛ける方も少なく、会の方お一人だけが掛けていらっしゃいました。途中でもう一人いらしてお二人になり、下手と上手で掛けていらしたようです。演目もあまり歌舞伎っぽくないものだったので、一般の方は掛けられなかったのかも。主に出と引っ込み、それと長台詞の後で声が掛かっていました。

第二部の「ゆうれい貸屋」は新歌舞伎ではありますが、世話物風の雰囲気が濃いためか、3〜4人の方が良いタイミングで声を掛けられていたようです。会の方はやはりお二人でした。「舌切雀」では客席から笑い声や拍手が絶えることがなく、掛け声はあまりめだちませんでした。

歌舞伎座八月演目メモ
第一部
「磯異人館」 勘太郎、七之助、松也、猿弥、橋之助、亀蔵、芝のぶ、家橘
「越前一乗谷」 橋之助、福助、勘太郎、勘三郎、三津五郎、彌十郎、亀蔵、市蔵、

第二部
「ゆうれい貸屋」 三津五郎、福助、勘三郎、七之助、孝太郎
「舌切雀」 勘三郎、三津五郎、孝太郎、福助、勘太郎、七之助

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