「高時」 新歌舞伎十八番 2007.2.9 W177

博多座の「二月花形歌舞伎」の、3日夜の部、4日昼の部へ行ってきました。

主な配役
高時 海老蔵
衣笠 松也
入道延明 亀蔵
安達三郎 亀寿
大仏陸奥守貞直 市蔵

「高時」のあらすじ
鎌倉幕府14代執権・北条高時は政治をないがしろにし、闘犬や田楽舞に遊びほうけている。高時の屋敷の門前では自慢の闘犬・雲竜が輿に乗せられ、家来たちに守られている。

ここを浪人・安達三郎泰忠の母・渚と孫の泰松が通りかかる。二人が雲竜を見ていると、突然あらわれた二匹の犬に雲竜が襲い掛かり、気が立った雲竜は渚の足に噛み付くが、だれにもとめることができない。

そこへかけつけた安達三郎が、雲竜の眉間を鉄扇で打つと雲竜は息絶える。渚と泰松を人質に取られ、安達三郎はやむなく雲竜を殺した罪で侍たちに捕らえられる。

屋敷で愛妾・衣笠たちと酒を飲んでいた高時は、愛犬雲竜を殺されたと報告を受け、すぐさま安達親子を処刑するように命じる。だが大仏陸奥守貞直に、人の命と獣の命を引替えては不仁の君の謗りを受けるとたしなめられる。

高時も一時はこの意見に従うかに見え、衣笠や大仏は安堵する。しかし高時は「それは今後のことで安達親子の処刑は行う」と言う。しかし入道延明が「今日は二代目執権・義時の命日なので、そのような非道は先祖へ対しての不孝だ」と説得すると、高時はやっと処刑を中止する。

家来たちが去った後、高時は衣笠に催馬楽を躍らせ酒を飲んでいると、強い風がいっせいに灯りを吹き消し、雷鳴が鳴り響く。皆が灯りをとりにいなくなったところへ、たくさんの天狗があらわれる。これを招いた田楽舞の役者だと思いこんだ高時は、天狗から「浪花江」という新曲を教わる。

散々踊らされ嬲られた高時が倒れ伏すと、天狗たちはまわりを取り囲んで囃したて、踊り続ける。このさわぎを聞きつけた衣笠と入道がやってくると、天狗たちはあっという間に姿を消す。

残された無数の天狗の足跡を見て、自分が天狗に誑かされたことを知った高時が悔しがって空を見上げると、天狗の高笑いが響きわたるのだった。

2月の博多座は松緑、菊之助、海老蔵ら若手役者が中心となる花形歌舞伎公演。今回は九代目團十郎が制定した「新歌舞伎十八番」の内三演目が演じられ、海老蔵がそのうち二つ「高時」と「船弁慶」を初役で演じるのを見てみたいと思いたち、初めて九州の博多座へ行ってきました。

博多座は重厚で豪華な雰囲気の劇場で、一階中央の席は前の席と重ならないようにずらしてあり、三階席までのエスカレーター、充分な数の手洗いなど観客への配慮が感じられる芝居小屋でした。ただ廻り舞台があるはずなのに、全てが暗転もしくは幕を下ろしての舞台転換だったのはどうしてなのかと思いました。

昼の部の序幕に上演された「高時」は、狂気にとりつかれた執権・北条高時が天狗に化かされるという活歴物にしては珍しい幻想的なところがある芝居で、際立って端正な横顔を見せながら、上手の柱にもたれかかって座る癇性の高時は海老蔵にぴったりの役です。

ただし振り落とされた幕を、数人がかりでモゾモゾと役者の姿を半ば隠しながら運びさるので、せっかくの高時のこの姿がすぐに見えないのはいかにも無粋でした。文楽だと同じ振り落としでも下に手摺りがあるので、一瞬で幕は消えてすばやく場面の転換が行われますが、歌舞伎では綺麗に行かないようです。

高時の愛妾・衣笠を演じた松也は優しい感じがよかったですが、肩の線がもっと柔らかいとさらに良いのにと思いました。高時を諌める大仏陸奥守の市蔵、入道延明の亀蔵が脇で芝居を引き締めていました。

雷鳴轟く中、空中ブランコやふすまをクルッとひっくりかえして次々と登場し、高く飛び跳ねる天狗たちの面白い動きや、天狗にからかわれて空中に浮かんだり逆さにかかえられたりする高時の動きには他の芝居にはない躍動感があり、55分という短い芝居ですが、海老蔵によって100%この芝居の魅力がひきだされたように思えました。

次はこれも新歌舞伎十八番の「鏡獅子」。菊之助の小姓・弥生は品があり、楚々とした美少女でした。情感があり扇の扱いも丁寧で気持ちの良い踊りでした。後ジテの獅子の精になってからも、花道を出てきたところでちょっとあわてている感じがしましたが、毛振りは豪快でした。

隈取は眉間のところは少しぼかしてありましたが、もうちょっと荒々しく大胆なほうが良いと思いました。胡蝶の精は京蔵と京紫でした。

昼の部最後は松緑の「蘭平物狂」。この芝居の眼目はなんといっても坂東八重之助考案の大立ち廻りで全く乱れることなく完璧こなすチームワークが見事でした。勇壮なお祭りのある博多の方たちにとって、この大立ち廻りはとても親近感があるのではないかと思って見ていました。

松緑の蘭平が息子の繁蔵を必死で呼ぶところに親の情が感じられ、在原業平を演じた菊之助は凛々しく存在感がありました。与茂作の亀三郎は口跡があざやかで、最近お祖父様の十七代目羽左衛門にとても似ていらしたなぁと思います。「蘭平物狂」の繁蔵をなかなか立派に演じた子役の名前を見たら、清水大喜とあったのにはちょっとびっくり。^^;

夜の部の最初は新歌舞伎で宇野信夫作・演出「おちくぼ物語」。平安時代の「落窪物語」をもとに書かれたお芝居で昭和34年歌右衛門、先代幸四郎によって初演されました。貴族の娘でありながら、継母にいじめられ落ち窪んだ部屋に入れられているため、おちくぼと呼ばれている美しい姫が都一の貴公子・左近少将と結ばれ幸せを掴むというお話。

言葉が現代語なので、源氏物語の時と同じような違和感がありましたが、やさしいけれど芯のしっかりしたおちくぼ姫を菊之助が好演。海老蔵の左近少将は御簾の陰から覗かせる横顔に色気があり素敵でした。

帯刀(たちわき)の亀寿、阿漕の松也、中納言を演じた團蔵、北の方の右之助、その兄・典薬助(てんやくのすけ)の亀蔵、鼻の少輔の市蔵、三の君の京蔵、四の君の京紫とそれぞれが役にあっていて楽しい舞台でした。

次は海老蔵の「船弁慶」。喝食の鬘に壷折衣装で登場した前シテの静御前は、髪の形のせいか海老蔵が女形を演じる時にいつも気になる首のたくましさが目立たず、美しい静でした。長いまつげをふせ憂いにみちた顔は義経と別れなければならない静の悲しみを充分に表現していました。

後ジテの知盛の霊もすばらしく、弁慶の祈祷の力で遠ざけられるところでは12月に演じた「紅葉狩」の鬼女を思い出させるようなところがありました。隈取にも勢いがあって申し分なく、幕外の引っ込みの力強さにはまさに胸のすくような思いがしました。

夜の部の最後も新歌舞伎で、木下順二作「彦市ばなし」。松緑の彦市、橘太郎の子天狗、亀蔵の殿様。熊本の民話をもとに作られた新歌舞伎で、熊本弁?がのんびりとした雰囲気を醸し出していました。松緑の明るくてひょうきんな持ち味は彦市に似合っています。

以前海老蔵が殿様を演じた時には、この殿様は本当は賢いのではという印象を受けましたが、亀蔵の殿様はどこまでもお人よしの殿様のように感じられました。橘太郎も花道の引っ込みで、飛び六方をやろうとしてばったり転ぶところなどなど、愛嬌一杯の天狗の子でした。

全体に短めで面白くわかりやすい演目が並んだ博多座二月花形歌舞伎は、かたひじはらずに楽しめる舞台だったと思います。

この日の大向こう

3日夜、最初の「おちくぼ物語」は新歌舞伎でもあり、遠慮がちな声がボツボツと掛かっていました。「船弁慶」になると地元の大向こうグループ「飛梅会」の方4人がいらして、さかんに威勢の良い声を掛けていらっしゃいました。満員のため後ろに立って掛けていらしたとか。

「おちくぼ物語」で花道をひっこんでいく海老蔵さんと菊之助さんに「御両人」と声がかかりました。「彦市ばなし」で子天狗を演じた橘太郎には声が掛からなかったようですが、「橘屋」と掛けて欲しいと思いました。

4日昼は序幕からさらに大勢の声が聞こえました。会の方はこの日は5人いらしていたそうです。「高時」で主役の海老蔵さんが出てくる前に次々と脇役の役者さんに名前で声がかかったのは、歌舞伎座ではまずないことだと思って聞いていました。

―この件についてちょっと疑問に思ったので、知り合いの大向こうさんに伺ってみましたら「主役を立てるのも大向こうの役割のひとつで、 掛ける大向こうの常識の範囲内、センスの有無にもよりますが、 自ずから(同じ屋号の)弟子筋の端役には掛けませんね」というお話でした。―

「飛梅会」のメンバーは全部で14〜5人で、4〜50代の方が主体だと伺いましたが、開場から八年たった今、この大向こうさんたちのお蔭でずいぶんお芝居の雰囲気が華やかになったと嬉しく思ったしだいです。

博多座花形歌舞伎演目メモ
昼の部
●「高時」 海老蔵、松也、亀蔵、市蔵、亀寿
●「春興鏡獅子」 菊之助、京蔵、京紫、升寿、菊十郎、橘太郎、梅之助
●「蘭平物狂」 松緑、菊之助、右之助、亀三郎、松也、
夜の部
●「おちくぼ物語」 菊之助、海老蔵、松也、亀寿、團蔵、亀蔵、右之助、京蔵、 京紫
●「船弁慶」 海老蔵、團蔵、松也、亀三郎、亀寿
●「彦市ばなし」 松緑、亀蔵、橘太郎

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