四の切 海老蔵の挑戦 2006.11.13

7日、演舞場で花形歌舞伎夜の部を見てきました。

主な配役
佐藤四郎兵衛忠信
狐忠信
海老蔵
静御前 笑三郎
義経 段治郎
川連法眼 欣弥
飛鳥 延夫
亀井六郎 猿弥
駿河次郎 男女蔵

「義経千本桜」より「川連法眼館」通称「四の切」のあらすじはこちらです。

海老蔵が、猿之助に教えを請うて初役で演じる澤瀉屋型の「四の切」は、今月一番の話題演目。猿之助の「四の切」は歌舞伎の楽しさに満ちた演出ですので、海老蔵がこの型で狐忠信を演じてみたいという気持ちはよく理解できます。

幕切れに宙乗りがある澤瀉屋型の「四の切」は当代猿之助が完成させたもので、現在舞台から遠ざかっている猿之助も成田屋の後継者である海老蔵が澤瀉屋型で演じたいと申し出たことを大変喜んだと聞きますし、海老蔵が澤瀉屋の右近、段治郎、笑三郎、猿弥らの協力を得てこの役を演じたのも素晴らしいことだと思います。

果敢に狐忠信に挑戦した海老蔵ですが、忠実に澤瀉屋型で演じようという熱意が感じられ、とても面白い舞台だったのは確かです。けれども教えられたとおりにやろうと思うほど猿之助が何気なく演じていたように見えたことの難しさがわかった舞台でもありました。

まず思案ありげな表情で本物の佐藤忠信として花道から登場した海老蔵、高めの口跡が猿之助を思わせます。唇に色がなくてやつれた感じだと思いましたが、藤田洋氏の解説によると「猿之助は本物の忠信に病み上がりの男の哀愁を求める」のだそうで、なるほどと納得。

狐忠信となって中央の三段の中から忽然と現れた姿には、しっとりと露にぬれたような魅力がありました。気になったのは狐忠信になって登場した海老蔵が、早くから泣きはじめることです。猿之助はわりに淡々としていてさくさく進んでいったと思うのに、海老蔵の場合早くから泣くことで狐忠信の述懐が非常に長く感じられました。

ケレンの演技については運動能力抜群で、中でも三段を一気に飛びこえて高二重に上がったのにはびっくり仰天。このあたりは楽々と演じているように見えましたが、うっすらと口を開いていたので実はかなり苦しいのかもしれません。

澤瀉屋型では、狐忠信が姿を消している間、本物の忠信が隣の部屋の窓から顔をのぞかせますが、ここでは激しい運動で乱れる呼吸を見せないようにしなくてはなりません。二度目の出では欄間抜けで天井から姿を現し、幕切れ近くでは上手にある木のところで吹き替えと入れ替わり、吹き替えが荒法師たちを妖術であしらっている間に、宙乗りの支度を整えて花道のスッポンから再登場という、まさに早替りの連続です。

話題の宙乗りはワイヤーが切れるのではと心配になるほど激しく海老がはねるように身体を伸縮させたり、まるで泳いでいるようだったり、両手両足をまっすぐ伸ばしたり器械体操のようでもある海老蔵の宙乗りは、猿之助のそれとは全く似ていませんでした。

しかしながら猿之助の宙乗りの一番魅力のあるところは、喜びが身体中からあふれている様子という印象がありますが、海老蔵の宙乗りにはその気持ちがちゃんと表れていたのには感心。桜吹雪とともに三階の鳥屋へ消えていった狐忠信を見ていて微笑ましく思いました。ずっと暖めておいて何年か後、今度は完全に自分自身のものとしてまた再挑戦して欲しいものです。

義経を演じた段治郎は、大将の風格があり、フリル付きガウンのような小忌衣(おみごろも)が長身に映えて、口跡もあざやかでした。ただ狐忠信が泣きすぎるので、合わせたのか後半ちょっとくどくなってしまったように思いました。静御前の笑三郎は横顔がとても綺麗で、義経の愛妾という雰囲気が充分に感じられました。

夜の部の最初は松緑の武智光秀で鶴屋南北作「時今也桔梗旗揚」(ときはいまききょうのはたあげ)、通称「馬盥の光秀」(ばだらいのみつひで)。

―天下を統一しようとしている小田春永は中国の毛利攻めへ向かう途中、本能寺へたちよる。そこには先日春永の怒りをかい蟄居を命じられていた武智光秀にかわり、妹の桔梗がひかえていて春永に許しを請おうと紫陽花と昼顔の花篭を献上する。

諸侯の贈り物の中には、毛利と戦っている真柴久吉からの「馬盥に轡でいけた錦木」があり、それを見た春永は、昔の恩を忘れない久吉の忠誠の印と褒める。だが光秀の紫陽花は不吉な花で調伏するのかと怒る。

しかし桔梗や家臣らの願いをききいれ、春永は光秀に目どおりを許す。春永は光秀に杯をとらせようと言って、久吉の馬盥で光秀に酒を飲ませ、毛利攻めに出陣して久吉にしたがうように命じる。その上、光秀の父の領地をとりあげ、小姓の森蘭丸へ与え、前々から光秀が所望していた日吉丸という名刀もあてつけるように長尾弥太郎にやってしまう。

かろうじて屈辱をこらえ酒を飲み干した光秀にむかって、春永は掛け軸をやろうと言いだす。だが光秀がその木箱を開けてみると、中には女の切り髪が入っていた。それはかつて浪人していた光秀が客をもてなす金をつくるために、妻の皐月が売った髪。

浪人していた光秀を不憫に思い、その髪の毛を買うように命じたのは実は春永で、その後光秀を召抱えたといういきさつがあった。「光秀はその恩も忘れ、自分にむかって諫言した」と春永の怒りはおさまらない。

光秀は満座の中で妻を侮辱されついに屈辱に耐えきれなくなる。春永や一行が奥へ入っていくと、光秀は髪の毛の入った箱を小脇にかかえ、何事か決意をいだいて帰っていく。

愛宕山の宿舎に帰った光秀は家来を亀山城へ引き上げさせる。皐月は桔梗から髪の毛の一件を聞いて、夫の心中を思い涙にくれる。そこへ上使として浅山と長尾の両名がやってくる。二人を迎えた光秀は、春永が自分に切腹を命じたことを悟り、急な風に灯りが消えると、暗闇の中で切腹の用意をする。

そして二人の上使の前で辞世の句「時は今、天が下知る皐月かな」を詠む。突然陣太鼓が聞こえると、それを合図に光秀は長尾から日吉丸を奪って、瞬く間に二人を切り捨てる。既に光秀は春永への謀反を決意していたのだ。

そこへ腹心の但馬守が鎧姿で走りこんできて、本能寺への出馬をうながす。形勢は圧倒的に有利と聞いて光秀は声をあげて笑い、今まで受けた屈辱を晴らそうと勇み立つのだった。―

光秀を演じた松緑は台詞の出だしごとに頭を動かす癖がなくなり、重みが出てきて良かったと思います。春永の海老蔵は申し分なく、春永(信長)そのものに見え、光秀の妻・皐月の芝雀には気品がありました。

幕切れで亀蔵の但馬守に刀を拭かせながら高笑いする光秀は、幕がしまってからも笑い続け、まるで「時平の七笑い」のようでした。顔をゆがめながら完全に悪人面で狂ったように笑い続ける松緑の光秀でしたが、こんな笑いだったかな?と疑問に思いました。

二幕目が菊之助の「船弁慶」。菊之助の静御前は、美しくはあったものの期待していたほどの魅力は感じられませんでした。弁慶は團蔵、義経を梅枝が演じましたが、なかなか気品のある義経でした。知盛の霊が襲い掛かってくるところで、後見が義経の衣装の方袖をくるくると巻き上げる竜神巻にどうしたわけかかなり手こずっていました。以前芝翫の竜神巻を、芝のぶがたしか一人で鮮やかにやってのけたのを見たことがありますが、どんなコツがあるのかしらと思います。

後シテの知盛の霊の隈取が中国の隈のようにくっきりしていたのと、使っている色が鮮やかな明るい青だったのは一考を要するように思いました。

この日の大向こう

一般の方がぼつぼつ声を掛けていらっしゃいましたが、会の方はいらしてなかったようです。今月はあちこちで歌舞伎があるため大向こうさんもひっぱりだこなのでしょうが、寂しく感じました。

「四の切」で葵太夫が出語りに登場すると男女、お二人の方から「葵太夫」と声が掛かっていました。松緑さんに「紀尾井町」と何度も掛ける方がいらっしゃいましたが、二代目へのオマージュという意味合いのこの声をあまり何度も掛けるのはおかしいのではと思いました。

11月演舞場夜の部演目メモ
●「時今也桔梗旗揚」 松緑、松也、海老蔵、亀蔵、薪車
●「船弁慶」 菊之助、 團蔵、梅枝、市蔵
●「四の切」 海老蔵、段治郎、笑三郎

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